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2019.08.02

法学部公開講演会「性と労働を考える〜セックスワーク・スタディーズ〜」を開催【犯罪学研究センター協力】

“Nothing about us without us!”からはじめる個人と社会の関係

2019年7月13日、本学深草キャンパス22号館102教室において、要 友紀子氏(SWASH*1代表)を講師に迎え「性と労働」をテーマに講演していただきました(法学部主催、犯罪学研究センター協力)。公開で行われた当講演会には、学生や一般の方を合わせて約80名が参加しました。
【イベント概要>>】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-3742.html

講演に先立ち、石塚伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長)が、講師の紹介と趣旨説明を行いました。石塚教授は、2019年7月10日に学内で行われた「2019年度第1回ハラスメント防止に関する研修会」や自分の周囲のエピソードに触れながら、「私たちは社会生活において、性別に固定された役割分担を当たり前のものとして受け入れる傾向にあるのではないか。性と労働について、いま一度考えなおしてみよう」と述べました。


石塚伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長)

石塚伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長)


セックスワークは、1970年代にキャロル・レイ氏*2によって提唱された言葉で、性的サービスを提供する仕事全般を指します。この名称は、従来差別的な意味が付与されていた「売春婦」などの言葉を、「労働」という観点から中立的に捉え直すために作られました。現在日本におけるセックスワークの当事者団体は約10団体。ほとんどの団体が当事者間のみのクローズドな活動を主とするのに対し、要氏が代表を務めるSWASHは、現役/元セックスワーカーとサポーターで構成しており、支援・研究・調査・ロビー活動・研修などプロジェクトごとに、多様な関係者(研究・医療・行政など)と共同で活動を展開しています。
要氏は「SWASHは、セックスワーカーの国際的なネットワーク組織(NSWP*3にも所属している。セックスワーカーが存在する国・都市・地域の多くに当事者団体が存在し、現在世界には263団体ある」と述べ、海外の状況について説明していきました。


要氏の発表資料より1

要氏の発表資料より1


要氏は、セックスワークに関わる法律が国や地域によって千差万別であることを、国や地域固有のルールを挙げながら説明。なぜこんなにも国によって性行動に関する規定が異なるのか?その理由について「性に関わる法規定が、世界各地の性道徳をもとに考えられてきたからではないか」と指摘しました。


要 友紀子氏(SWASH代表)

要 友紀子氏(SWASH代表)

また、「もしも各地の性に関わる法規定が人の普遍的権利である人権擁護の観点から立法されていれば、ここまで国によってバラバラにならなかっただろう。性道徳や何らかのバイアスに基づいた法的整備は、現実に起こりうる問題のすべてに必ずしも対応しておらず、万全とは言えない」ことを参加者に訴えかけました。

つづいて要氏は、性道徳に関わるテーマとしてジェンダーの問題を取り上げました。ジェンダーとは社会的・文化的に作られた「男らしさ」「女らしさ」という性差を指しますが、要氏は、「性自認の問題や性自認に基づく行動は、周りや社会環境が変えようとして変えられるものではない」と主張。「男女の属性にとどまらない性の多様性や個別の状況に理解を示さないまま、ジェンダー不平等の是正だけを目指すことは、男女という属性によって社会構造を把握することにつながり、個別具体的な状況を理解することを困難なものにしてしまう」と危機感をあらわにしました。また、「とかく性の問題は、自身の実像の問題や性のトラウマの問題に影響されやすい。セッククスワークを批判・問題化する際には、社会道徳的な見地や個人的な嫌悪感から考えるのではなく、個人の価値観の多様性を念頭において考えてもらいたい。人というのは “誰かにとっての幸せは誰かにとっての迷惑・抑圧である”という葛藤を抱えながら社会で生きているということを認識してほしい」と述べました。


要氏の発表資料より2

要氏の発表資料より2


要氏は「セックスワークという労働に従事することは、個別の事情と本人の生き方の問題であるため、他者が社会的道徳や個人の価値観にもとづいて、セックスワーカーの意思決定を一律に非難・制限してはならない。セックスワークについて考える上で大切なのは、“Nothing about us without us!”*4の視点だ」と改めて主張しました。

さいごにまとめとして、学生に伝えたい3つのポイントが提示されました。

1. 解放には「○○からの解放」と「〇〇としての解放」がある。
→例)セックスワーカーからの解放(当事者が職業から解放されること)、セックスワーカーとしての解放(当事者の社会的差別・偏見からの解放)
セックスワークからいかに抜け出すかという他者・第三者中心の関心ばかり焦点化されるが、セックスワーカーの権利・安全・健康の保障、差別解消の問題も大切。

2. 性に関して、ネガティブな情報だけでなくポジティブな情報も大事である。
→性に関してネガティブな経験を減らすためには、自分にとって何が嫌かを明確にすることだけに留まらず、どのような性的関係や性的行為(スキンシップやコミュニケーション)であれば心地良いと思えるかを考えよう。他者からの強い働きかけに対して、主導権を握るには、自分はどうしたいかが明確であることが必要。
3. I must ではなく、I want で生きよう。
→多様性のある社会形成のためには、各自の「自分はこうあらねばならない」という思い込みをいかに取り除くか、生きづらさをなくすかが大事。


要氏と石塚教授による質疑応答のようす

要氏と石塚教授による質疑応答のようす

このあと質疑応答の時間が設けられ、参加者からは、セックスワークの現場における性感染症やAIDSに関する取り組み、セックスワーカーを取り巻く問題についての質問があり、要氏にはその一つひとつに丁寧に回答していただきました。

今回の講演会は、性の問題に限らず、一人ひとりの個人が尊重され、社会の中で生きるためにはどのような視点が必要かについて考える、大変有意義な機会となりました。

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【補注】
*1 SWASH:
Sex Work And Sexual Healthの略。性産業で働く人の健康と安全のために活動するグループとして1999年から活動を開始。要氏は2005年より同団体の代表を務めている。
http://swashweb.sakura.ne.jp/

*2 キャロル・レイ:
Carol Leigh(1951〜)。アメリカのセックスワーカーにしてアーティスト。セックスワーカーの権利擁護、AIDS啓発、人身売買撲滅など、様々な団体の設立やキャンペーンの企画に携わる。
http://www.bayswan.org/Scarlot_Resume.html

*3 NSWP:
Global Network of Sex Work Projectsの略。1990年11月に設立された非営利組織。スコットランドのエジンバラに拠点を置く。5つ(アフリカ、アジアと太平洋、ヨーロッパ、ラテンアメリカと北アメリカ、カリブ海)にまたがる国または地域にあるセックスワーカーが主導する組織のための国際ネットワークを構築し、セックスワーカー(女性・男性・トランスジェンダー)の声を、各々の地域のコミュニティにつなげるための活動を支える。
https://www.nswp.org/

*4 “Nothing about us without us!”(ラテン語:“Nihil de nobis, sine nobis”):
世界中の様々な当事者グループの活動で使用されているスローガン。「グループのメンバーが全面的かつ直接的に参加しない限り、いかなる代表者も方針を決定しえない」というメッセージ。ヨーロッパに古くからある政治的伝統・ことわざが元となっている。スローガンが英語に翻訳され使用されはじめたのは90年代の障がい者の権利運動がきっかけであると言われている。セックスワーカーの団体のほかにセクシャルマイノリティー・LGBT運動にも使用されている。