Need Help?

News

ニュース

2020.05.02

第18回「CrimRC(犯罪学研究センター)研究会」をオンライン上で開催【犯罪学研究センター】

新時代の犯罪学・創生:“つまずき”からの主体的回復を支援する学融領域の構築について

2020年4月9日、犯罪学研究センターは、第18回「CrimRC(犯罪学研究センター)研究会」をオンライン上で開催し、25名が参加しました。

今回の研究会では、「新時代の犯罪学・創生:“つまずき”からの主体的回復を支援する学融領域の構築」を目的とした科研申請内容について、研究代表者の石塚伸一教授(本学法学部 /犯罪学研究センター長)をはじめ、各ユニットの代表者から報告がありました。


当日の発表内容

当日の発表内容


オンライン開催のようす

オンライン開催のようす

はじめに、石塚教授からプロジェクトの全体構想についての報告が行われました。
19世紀の犯罪概念は街の中で起きる犯罪を想定していましたが、最近のアディクション(嗜癖・嗜虐行為)では孤立の傾向が問題視されています。このプロジェクトは人生で多くの人が体験する“つまずき(deviance)”から、その人を主体的に回復させるということを、“立ち直り(desistance)”と捉え支援し、究極的に犯罪を減少させることを目指す学際的・学融的学問領域としての「新時代の犯罪学」の創生を目的としています。「あらたな学融領域創生のために、同じパラダイム*1を共有するコミュニティによって“研究→教育→応用”というサイクルを成し遂げる必要がある」と石塚教授は提言します。後継者の養成、研究、社会実装*2を繰り返しながら、パラダイムの共有をしていくことで、通常科学は存続していくという考えから、石塚教授は、昨今の日本における犯罪状況を踏まえ「19世紀に由来する犯罪対策としての伝統的犯罪学や、刑事政策は限界を迎えている。つまり、これはパラダイムのクライシス(危機)だ」と述べました。しかし、この危機は逆に変革の条件が整った契機でもあり、犯罪学へのニーズに変化が生じていることの現れであると言えます。

従来の犯罪学は、ロンブローゾの「生来性犯罪人説*3」以来、犯罪の個人的素質及び犯罪原因を解明し、どのように対応をするかが研究課題であり、それらの知見に基づいて警察官、刑務官などの矯正・保護の職員や裁判官、検察官などの法曹実務家を犯罪対策の担い手として教育することが、犯罪学や刑事政策の課題でした。これを応用すると、刑罰による応報・抑止・隔離・無害化(改善)が刑事司法の実践場面となります。しかし、今の犯罪人と呼ばれる人たちは法違反者であり、先祖返りではなく社会の変化に敏感な人といえます。石塚教授はこれを「アディクト」と捉え、「先祖返りからアディクト、適応に乗り遅れた人から適応しすぎた人という風に捉えていく、ということになると、孤立の病から回復の支援を理論化していくことが新たな研究領域となる。このパラダイムを共有した人たちが後継者を養成するようになると、刑事司法の専門職だけではなく、当事者も含む関係者と呼ばれるより広い領域の人たちが、一般市民に新しい犯罪学を提供していくことになる。そして、この研究が応用されることによって、“つまずき”からの“立ち直り”支援に繋がる」と述べました。


石塚教授の資料より「犯罪学のパラダイム転換」

石塚教授の資料より「犯罪学のパラダイム転換」


新時代の犯罪学・刑事政策の射程として、今までのように犯罪発生から捜査、裁判、矯正・保護、そして再犯防止という刑事政策の流れのみに注目するのではなく、子どもの保育、教育からの落ちこぼれ、ギャンブル依存等、私たちのライフスタイルの中にある事前段階のつまずきにも注目。石塚教授は「犯罪や非行に関する知見は、その前兆である多様な逸脱行動を感知することによって、保育や子育て、教育や福祉において、その効果を発揮する。犯罪学の予防機能は、意識的であるか、無意識であるかを問わず、わたしたちの日常的活動の中で作用している。“つまずき”からの回復支援という領域設定は、このような問題意識を反省的に具現化したものである」と強調しました。


石塚教授の資料より「新時代の犯罪学・刑事政策の射程」

石塚教授の資料より「新時代の犯罪学・刑事政策の射程」


石塚教授は「危機の克服のための新しい犯罪学を、それも日本発の犯罪学という形で創生することが出来る可能性がある。従来の犯罪学は、19世紀のヨーロッパで起こった現象について対応するための学問として形成されたが、今後はなぜ日本では犯罪が少ないのかを発信することが出来るのではないか。それを発信するために、若手研究者を中心として、新しい犯罪学領域の担い手を増やしていくことが、日本における新時代の犯罪学・創生の戦略である」と主張し、自身が総括するプロジェクト体制について説明。組織は研究部門として「人間科学」「社会科学」「総合科学」、教育部門として「人材育成」、国際部門として「国際化」のグループで構成されます。さらに最終的な目標を犯罪学の学部、あるいは大学院を作るという、教育基盤を形成することを目的とするグループとして「犯罪学構想」があります。
具体的な目標として、
 (1)新たな時代における犯罪減少と犯罪者像を構築(総合科学班)
 (2)科学的・学融的・国際的視点から犯罪減少・原因を調査研究・分析検討(社会科学班)
 (3)主体性を尊重した多様な対人支援(人間科学班)
 (4)どのように犯罪や非行の未然防止・再犯予防を実現するのか(人材育成班)
 (5)新たな学術領域を開拓し、「研究→教育→応用」の通常科学としてのサイクルを構築(統括班・企画室)
 (6)新しいメディアやシンポジウム・研修会を通して、研究と教育の成果を情報発信(統括班・ブランディングチーム)
以上の6つを掲げます。

人間・社会・総合科学の全16ユニットがそれぞれの研究を2年間行い、新たに犯罪学の構想、人材育成、国際化という実践的社会実装という領域に展開していくことを計画しています。石塚教授は「今回の新しい変革領域というのは、新しい学問分野を作ることであり、そのブランディングとしてユニットをさらに細かく分け、第1期は研究者・対象領域の量的拡大、第2期は質的向上に重点を置き、2つのベクトルから新時代の犯罪学を創生することだ」と述べ、報告を終えました。


石塚教授の資料より「新時代の犯罪学プロジェクト」

石塚教授の資料より「新時代の犯罪学プロジェクト」


次に、各ユニット長からのユニット構想の報告がありました。
「犯罪学構想班」(代表者:古川原明子/本学法学部・准教授)は、新時代の犯罪学構想の構築を課題に、各研究班の研究成果を有機的に関連付け、新時代の要請に答えることのできる新たな犯罪学を構想するための調査研究を実施します。そして第2期には①新犯罪学構想の立案、②新教学主体創立の準備作業を課題とします。

「人間科学班」(代表者:相澤育郎/立正大学法学部・助教)は、新時代の犯罪学と人間科学、人間諸科学の知見を応用した対人援助理論の構築と実装を課題とした、“つまずき”からの“立ち直り”のために、法・福祉・心理・教育・保育・精神性(宗教)等の多様な側面からの支援をフォローする研究組織です。第2期には①対人支援に関する理論の構築と臨床への応用ガイドラインの策定、②実務家養成のための関係機関とのネットワーク構築を課題とします。

「社会科学班」(代表者:上田光明/龍谷大学 ATA-net 研究センター・博士研究員)は、新時代の犯罪学と社会科学を課題に、犯罪をめぐる知見を科学化し、新しい犯罪現象を科学的に分析するための調査研究を行います。
上田研究員は「時代によって、犯罪概念は拡大し、さらには新しい犯罪概念もでてくる。それらに対応していく必要がある」と述べ、国際自己申告非行調査(ISRD)*4、エビデンス・ベイスト・ポリシー(EBP)*5、ヘイトクライム、ジェンダー、性犯罪、高齢者犯罪の観点から調査研究を行い、第2期では、①伝統的犯罪領域と新しい犯罪領域の犯罪現象の科学的把握、②エビデンスに基づく政策立案による犯罪学の科学化を課題とします。

「総合科学班」(代表者:丸山泰弘/立正大学法学部・准教授)は、犯罪や逸脱行動の原因を多くの視点から捉え、犯罪学の学際的知見を豊富化し、学問の障壁を越えて新たに学融的な「犯罪者像」を構築するための調査研究を行います。 法科学、司法心理、アディクション、治療的司法の観点から調査研究を行い、第2期には、多様な学問領域の障壁を克服するための課題共有と新たな「犯罪者像」の構築を課題とします。
丸山准教授は「法科学・司法心理領域での犯罪者として確定する前(裁判段階)のアプローチと、犯罪学領域での犯罪者であることを前提としたアプローチとでは、捉えている人間像が違うので、どのように相互するか議論が必要な点である。また、アディクションの行動を逸脱行動として捉えるかどうかは、前提する人によって変わるので深く追求する必要がある」と述べました。

「犯罪学人材育成班」(代表者:森久智江/立命館大学法学部・教授)は、新時代の犯罪学と社会科学、犯罪現象からの「学び」の社会的共有と相互作用のあり方を課題に、科学的な目で犯罪現象を観察し、合理的な思考によって、対象を分析検討できる人材を養成するための学習と教育の方法と内容を開発する調査研究を行います。矯正教育、犯罪学カリキュラム、ダイアローグ(語り)、当事者研究、模擬裁判、プリズン・アートの観点から調査研究を行い、第2期においては、①当事者間のコミュニケーションや表現活動のガイドラインの策定、②犯罪学教育の方法論とカリキュラムの確立、③犯罪現象にかかる社会課題共有・検討のためのガイドラインの策定とスキームの社会実装を課題とします。
森久教授は「昨今の社会情勢から見ても、不安定な部分というのが様々な人に現れてきている状況にあると考える。これは新しいことに挑戦する1つの契機でもあり、犯罪学講座のようなリテラシーを学ぶということに加え、市民に向けて犯罪学に関する様々な知見を、地域社会の中で根付かせるにはどうしたら良いかを、今後検討していきたい」と述べました。

「国際化班」(代表者:斎藤 司/龍谷大学法学部・教授)は、新時代の犯罪学と社会科学の国際化と東アジアにおける拠点形成を課題に、世界で最も犯罪の少ない国の一つである日本の犯罪学・刑事政策学を国際化し、世界の犯罪学共同研究・教育の拠点を東アジアに創成するための調査研究を、アジア・オセアニア地域、ヨーロッパ地域、北アメリカ地域に分けて行います。龍谷大学は、英国のカーディフ大学、タイ国のマヒドン大学、ドイツのハレ大学およびゲッティンゲン大学などと研究者および学生のレベルで学術交流を重ねています。また、海外からの研究者、実務家および学生の留学を受け入れ、2020 年 には「アジア犯罪学会第 12 回年次大会」を開催予定。
斎藤教授は「諸外国とのネットワーク構築だけではなく、情報を受信し続けてきた体制を、受信しつつも積極的に発信するという形に変えることが重要である。そのためには、研究成果を発信している諸外国のやり方・組織体制、制度構築を検討すべきである。さらには、どんな時でも研究の発信・交流が出来るような体制や拠点作りをする必要がある」と主張。第2期においては、①日本の犯罪学ブランドの国際化、②東アジアにおける共同研究・教育の拠点の形成を課題とします。

総括として、石塚教授は「犯罪学は世界的に展開されている学問領域であるにもかかわらず、日本では未だ確立されていない。新時代の犯罪学の創生のためにも、また世界的な市場に参入するためにも、それぞれの領域での課題を明らかにすることが必要だ」と主張。今回のプロジェクトは旧来の刑事司法に凝り固まった日本の犯罪学を、刑事司法の枠組みから飛び出させて量的拡大をすることによって幅広い分野の人と関わり、第2期では関わる人が全員が新しい担い手となることを想定しています。
さらに石塚教授は、「このプロジェクトは計画研究ユニットの分担者36名分の研究に加えて、公募研究分担者18名分の研究を含めた全54研究の中から、領域を広げ海外発表をするもの、最先端の所へ提供するものを18研究選択する。このプロジェクトが終了してもさらに次の段階として、犯罪学に関する大学院や、関連するような学部を立ち上げる計画へと移行するつもりである」と今後の展望を述べ、報告を終えました。

________________________________________
【補注】
*1 パラダイム:
トーマス・クーン(Thomas Samuel Kuhn、1922年7月18日 - 1996年6月17日)によって提唱された、科学史及び科学哲学上の概念。ある時代のものの見方・考え方を支配する認識の枠組み。

*2 社会実装:
研究で得られた新たな知見や技術を実態経営や実態経済の中に活かしていくことで、社会や経済に便益をもたらすことを目指す研究開発。

*3 生来性犯罪人説:
犯罪学の祖であるイタリアのチェザーレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso、 1835年11月6日 - 1909年10月19日)は、『犯罪人論(L'uomo delinquente)』(1876)において、犯罪人についての解剖学的調査結果や精神医学的知見に基づいて、犯罪人の中には一定の身体的・精神的特徴を具備した者がおり、このような者は必然的に犯罪におちいるものであるとし、これを隔世遺伝説によって説明する〈生来性犯罪人説〉を主張した。発表当初より批判されていたこの主張は、現在では否定されている。ロンブローゾ学説は犯罪についての因果科学的考察に基づく刑事政策的措置を主張したことに歴史的意義がある。

犯罪原因としての個人的資質については、昨今の脳科学や遺伝子研究の興隆の中で、犯罪生物学、神経犯罪学の研究動向が注目されている。
【>>関連イベント】公開シンポジウム「人はなぜ暴力を振るうのか、その対策とは」(2017.10.31開催)において、神経犯罪学の世界的権威であるペンシルベニア大学教授のAdrian Raine(エイドリアン・レイン)教授※が講演。

*4 国際自己申告非行調査(International Self-Report Delinquency Study: ISRD):
非行経験や被害経験に関する自己申告調査を世界各国の中学生に対して実施し、その結果を比較しようとする国際プロジェクト。自己申告調査は、犯罪加害者・被害者の特徴やその背景の解明、学問的な理論検証に強みを持ち、さらに国際比較によって、日本と諸外国との類似点や相違点を引き出すことが可能となる。ISRDプロジェクトは、青少年の非行防止対策を考える上で、有用な基礎的知見を提供できる。
【>>関連ページ】ISRD-JAPANプロジェクト

*5 エビデンス・ベイスト・ポリシー(Evidence-Based Policy: EBP):
政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで科学的合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること。
________________________________________
※Adrian Raine(エイドリアン・レイン)教授については、下記参照。
『新時代の犯罪学 共生の時代における合理的刑事政策を求めて』(石塚伸一編著, 日本評論社, 2020)所収の浜井浩一『犯罪生物学の再興ーーエイドリアン・レインによる講演「暴力の解剖学」』
『暴力の解剖学―神経犯罪への招待』(エイドレアン・レイン(著), 高橋洋(訳), 紀伊國屋書店, 2015)