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2020.06.11

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】新型コロナパンデミックを犯罪学する2

スウェーデンの選択

犯罪学は、あらゆる社会現象を研究の対象としています。今回の「新型コロナ現象」は、個人と国家の関係やわたしたちの社会の在り方自体に、大きな問いを投げかけています。そこで、「新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム」を通じて多くの方と「いのちの大切さ」について共に考えたいと思います。

今回は、浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)のコラムを紹介します。本稿は、『季刊刑事弁護』103号(現代人文社より2020年7月刊行予定)にに寄稿した『新型コロナパンデミックを犯罪学する』の番外編として執筆されたものです。
※要約版である『新型コロナパンデミックを犯罪学する1』とあわせてご覧ください。

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新型コロナパンデミックを犯罪学する2
スウェーデンの選択


 欧米先進国の多くが都市封鎖を選択しているのに対して、都市封鎖をせずに社会活動を維持する集団免疫政策を実施している代表的な国がスウェーデンである。ただし、スウェーデンは、都市封鎖はしていないが、現在の日本が緊急事態宣言解除後に推奨している「新しい生活様式」、つまり社会的距離をしっかりと保ち、多数の人が密に集まることを避ける対策を実践しながら、普通の社会生活を保持しようとしているのである。当然、都市封鎖をしている近隣諸国よりはコロナへの感染リスクや感染者の死亡リスクは高くなる。本稿執筆時点(6月8日)で、人口が約半分の隣国ノルウェーと比較すると、スウェーデンで確認された感染者が5倍強、死亡者が約19倍(ノルウェーが238人に対してスウェーデンは4,659人)*1となっている。しかも、イタリアなどの南欧諸国が重篤患者を受け入れられない医療崩壊を起こしたのに対して、スウェーデン政府は現時点で医療崩壊を起こさず集中治療室(ICU)にも余裕があるとしている。なぜこのような政策の選択が可能なのか。5月13日の統計でスウェーデンにおいてコロナに感染して死亡した者のうち70歳以上の者の割合は約88%となっている。実は、スウェーデンでは徹底したトリアージが行われ、コロナに感染し重篤化した80歳以上の高齢者や70歳以上で基礎疾患のある者に対しては、ICUを積極的に使用しないようにしているとの報告がある*2。コロナ感染による死亡者の半数以上は、介護施設で集団感染(クラスター)により死亡した高齢者である。人々の社会生活に対する規制を最小限にとどめ、外出自粛や店舗の休業などを求めず、経済活動を維持しながらコロナとともに生活すること、そして集団免疫を得ようとする政策を選択するということは、高齢者、特に70歳以上で基礎疾患を持つ高齢者の死亡リスクを許容するということにつながっている。
 数か月単位で見れば、この政策によってスウェーデンにおいて死亡する高齢者の数は大きく増加する可能性がある。しかし、おそらく数年単位の移動平均をとって、高齢者の死者数の推移をみれば、その増加はどの程度であろう。日本においても、インフルエンザに罹患するなどして肺炎で死亡する80歳以上の高齢者は年間8万人存在するのであり、同じことはスウェーデンにも言える。

 都市封鎖をする選択としない選択、どちらの方法が正解なのか。これに対する答えはすぐには出ない。経済状況、高齢者人口の割合、人権意識等、国情によって採り得る対策は異なってくる。ただ、もしスウェーデンが集団免疫(herd immunity)を獲得することに成功すれば、コロナによる大規模な感染拡大を経験した国の中で、社会生活や経済活動を停止させなかった分だけ市民生活へのダメージは最小限に抑えられ、経済的なダメージも低く抑えることができるかもしれない。集団免疫を獲得するためには、市民の60%が抗体を持つ必要があるといわれている。しかし、集団免疫を獲得できる感染率を示す集団免疫(率)は、基本再生産数(感染した1人の感染者が、誰も免疫を持たない集団に加わったとき、平均して何人に直接感染させるかという人数)等から算出されるが、北海道大学の西浦博教授は、新型コロナウイルスに関しては、年齢構造に加え、家庭やコミュニティーなどの社会構造の違いといった異質性の要素を導入した集団免疫度の計算手法を用いると、感染者が20-40%程度であっても集団免疫が獲得される可能性について指摘している*3。スウェーデン保健当局の調査によると、5月の段階でのストックホルムでの抗体保有率は、7.3%である*4。ちなみにニューヨーク市で実施された抗体検査によると19.9%の者に抗体が見つかっている。ニューヨーク市だけに限って言えば、集団免疫に近い状態にあるのかもしれない。

 一つ言えることは、現在の日本においてスウェーデンが採っている対策を政府が選択することは不可能だということである。日本は世界一の高齢化社会である。『令和元年版高齢社会白書』*5によると2020年における65歳以上の高齢者の割合は、スウェーデンが約20%であるのに対して日本は約29%である。しかも国政選挙での国民の投票率が低い日本において、現政府が政権を維持できているのは、高い投票率を維持している高齢者層の支持を受けているからである。国会議員にも高齢者は少なくない。都市封鎖をせずに集団免疫の獲得を目指すということは、死亡リスクの高い高齢者の犠牲をある程度覚悟することを意味している。当然、高齢の両親や祖父母を失った家族の怒りは、都市封鎖を選択しなかった政府に向けられることになる。彼らの多くは政府が都市封鎖を選択していれば、自分たちの家族は死なずに済んだかもしれないと考える。日本のメディアは、そうした家族の思いを取り上げ、遺族とともに政府を激しく非難することになるだろう。
 スウェーデンでも同じ思いをしている家族は少なくないはずである。現に、スウェーデン政府の選択に対する批判は遺族や専門家からも出ている*6。特に、言葉や文化風習の違いから当初政府の方針を十分に理解できなかった移民層に多くの感染者が出たことに対する批判は、スウェーデン国内外から出ている。にもかかわらず、都市封鎖を選択することなく社会生活を維持する政策はなぜ可能だったのか。それは、現在の政府の政策が多数の国民によって支持されているからである。
 その理由は様々考えられるが、スウェーデンに詳しい人たちの意見を総合すると、次の点に集約されるだろう。世界価値観調査*7などによると、スウェーデンでは個人主義的傾向が強い一方で、政府の透明性が高く、政府機関に対する信頼度が高い。政府機関に対する信頼度の高さは、筆者らが実施した刑事司法に対する信頼度調査でも示されている*8。また、スウェーデンに限らず北欧では、政策決定において専門家の意見が重視される傾向が強く、政策決定に至るプロセスやそこで使用されたエビデンスなどの情報公開や透明性も高いので、結果として政府に対する信頼度も高くなっている*9。スウェーデンでコロナ対策の陣頭指揮をとっているのは、感染症が専門の医師でもある国家主席疫学者のアンデシュ・テグネルである。そして、彼が中心となって公衆衛生局が毎日定時に会見を行い、あらゆる質問に対して、できる限りデータを示すことによって説明を尽くし、国民に対しては、各自の責任で社会的距離の維持などの徹底した対策を採るなどの行動変容を求めている。

 スウェーデン在住の翻訳家 久山葉子は自身の記事の中で、政府の対応を「科学的根拠 に終始する」、「失敗は認め、すぐに対処する」とした上で、テグネルについて「とりわけ顔色を変えないことで有名なのが、国家主席疫学者のアンデシュ・テグネル氏です。どんな質問にも科学的根拠を示して堂々と答える姿に、「この人がこの国でいちばんコロナに詳しいんだ。この人の言葉を信じて大丈夫だ」と思わされます。先述のとおり、一時は批判も激しかったのですが、どれだけ批判されても持論を曲げることはありません。」と記載し、最後に「Källkritik(シェルクリティーク)」というスウェーデン語を引用しながら、スウェーデンにおいてファクト・チェック、国民一人ひとりが、事実を確認して自分の判断で行動することを幼少期からの教育で徹底されていることが、この世界とは異なるコロナ対策の選択を可能としているのではないかと指摘している*10。フェイクニュースに踊らされ、何かあればすぐに政府の責任を追及することが大好きな私たち日本人にはできないことである。

 一人ひとりの死を統計的に分析し、国家にとって何が最も適切かを疫学的に判断するのであれば、スウェーデンの採った政策は一つの選択肢として間違ってはいないのかもしれない。都市封鎖をすれば、隣国のノルウェーなどのように死者の数を相当数少なくすることができたかもしれないが、国民の社会生活や経済に与える影響は更に深刻であったはずである。今以上に多くの失業者や自殺者を出した可能性もある。しかし、都市封鎖をしない政策を実行するには、そのリスクに対する国民の理解が不可欠である。数理モデルを使って経済を含めたリスクを統計的に分析した上で、この選択にもある程度の妥当性があったとしても、それは統計上の数字の話であり、家族を失った人たちにとっては、その選択によって唯一無二の命が奪われたと感じるに違いない。施設で寝たきりの高齢者の場合、たとえ、コロナに感染して死亡しなかったとしても数年以内に死亡するかもしれない。だからといって、家族の死を受け入れることのできる人は少なくとも日本には多くないであろう。その家族の感情を受け止める覚悟と国民の大多数の支持がなければ、このような政策を採ることはできない。少なくとも、大多数の国民がその選択に納得していることが不可欠である。
 現在、スウェーデン政府は、都市封鎖をしない政策を採り、多数の死亡者を出したことで、隣国等から強い批判を受けている。メディアの多くは、スウェーデンの試みは失敗したと報道している*11。テグネル自身も、初期対応の失敗によって想定以上の死亡者を高齢者から出したことを認め、その点については異なる対処方法があったと述べている*12
 スウェーデンの選択が最終的に評価されるかどうかは、今後の動向、これ以上の感染拡大と死亡者を抑え込めるかどうか、そして、集団免疫を獲得できるかどうかにかかっているが、政府に対する信頼、つまり、徹底した透明性とエビデンスの開示、そして国民一人ひとりのファクト・チェックの精神と国民一人ひとりが政府とともに責任を負う覚悟が、この選択を可能としていることは間違いない。これは、今後、緊急事態宣言が解除されたものの、第2波、第3波に備えなければならない私たちが考えなくてはならない問題でもある。

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【補注】
*1 人口が10倍の日本の5倍の死亡者数となっている。ジョンズ・ホプキンス大学のサイトによると人口10万人あたりで見ると、スウェーデンが46.3人なのに対して、ノルウェーが4.5人、日本が0.7人となっている。
*2 https://forbesjapan.com/articles/detail/34187/1/1/1
*3 https://toyokeizai.net/articles/-/352503
*4 https://www.folkhalsomyndigheten.se/nyheter-och-press/nyhetsarkiv/2020/maj/forsta-resultaten-fran-pagaende-undersokning-av-antikroppar-for-covid-19-virus/
*5 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/html/zenbun/index.html
*6 The Japan Times (APR 20, 2020)
https://www.japantimes.co.jp/opinion/2020/04/20/commentary/world-commentary/grim-truth-swedish-model/#.Xr9slGj7SUk
*7 http://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp
*8 浜井浩一・津島昌寛、2012、「社会調査(世論調査)の 理論と仕組み」『季刊刑事弁護』70号、132-137
*9 Pratt, John D. and Eriksson, Anna. (2013) Contrasts in Punishment: An Explanation of Anglophone Excess and Nordic Exceptionalism, Routledge.
*10 https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=71226
*11 https://wired.jp/2020/06/04/sweden-coronavirus-herd-immunity/
*12 https://www.bbc.com/news/world-europe-52903717


浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)

浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)


浜井 浩一(はまい こういち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター 国際部門長・「政策評価」ユニット長、矯正・保護総合センター長
<プロフィール>
法務省時代に矯正機関などで勤務。法務総合研究所や国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)の研究員も務め、国内外の犯罪や刑事政策に精通。犯罪統計や科学的根拠に基づいて犯罪学を研究中。
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【特集ページ】新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム
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