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2021.06.30

アジア犯罪学会(ACS2020)基調講演レポート_Prof. Shadd Maruna【犯罪学研究センター】

パンデミック期における収容者の釈放と出所者の社会復帰:英国の刑務所から得た知見

龍谷大学がホスト校となり、2021年6月18日(金)〜21日(月)の4日間にわたり国際学会「アジア犯罪学会 第12回年次大会(Asian Criminological Society 12th Annual Conference, 通称: ACS2020)」*をオンラインで開催しました。2014年の大阪大会に次いで国内では2回目の開催となる今大会では、アジア・オセアニア地域における犯罪学の興隆と、米国・欧州などの犯罪学の先進地域との学術交流を目的としています。
大会の全体テーマには『アジア文化における罪と罰:犯罪学における伝統と進取の精神(Crime and Punishment under Asian Cultures: Tradition and Innovation in Criminology)』を掲げ、「世界で最も犯罪の少ない国」といわれる日本の犯罪・非行対策と社会制度・文化に対する理解を広めることを目指しました。
【>>関連ニュース】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8690.html

LIVEで行われた本大会の基調講演(Keynote Session with Q&A Session)の概要を紹介します。

[KY01] パンデミック期における収容者の釈放と出所者の社会復帰:英国の刑務所から得た知見
(Rehabilitation and Prison Release during the Pandemic: Perspectives from British Prisons)

〔講演者〕シャッド・マルーナ(クイーンズ大学 社会科学・教育・ソーシャルワーク学部 教授,イギリス)
Shadd Maruna (Professor, School of Social Sciences, Education and Social Work, Queen's University Belfast, UK)
〔司 会〕津島 昌弘(龍谷大学 社会学部 教授)
Masahiro Tsushima (Professor, Faculty of Sociology, Ryukoku University, Japan)
〔日 時〕2021年6月18日(金) 17:00-18:30
〔キーワード〕刑務所,コロナ,デジスタンス(離脱)



シャッド・マルーナ(クイーンズ大学 社会科学・教育・ソーシャルワーク学部 教授,イギリス)

シャッド・マルーナ(クイーンズ大学 社会科学・教育・ソーシャルワーク学部 教授,イギリス)

【報告要旨】
 この1年は,すべての社会にとって,壊滅的とも言える1年間でした。しかし,刑務所ほど壊滅的となった場所は他にないでしょう。英国の多くの刑務所では,パンデミックのほぼ全期間にわたって,収容者との対面による更生プログラムは中断されています。今回の報告では,2020年3月にロックダウンが始まって以来,最初に英国の刑務所内で許可された研究プロジェクトの一つを取り上げます。それは自然実験とも言えるでしょう。報告では,現在の悲惨な状況が刑務所の収容者の生活に何をもたらしたのか,現時点での状況証拠について検討します。The User Voice Organisationとの共同によるこの研究では,研究の企画からデータ分析,結果の発信にいたる全ての研究過程において,現収容者と出所者に支援をしてもらっています。本研究の目標は,パンデミック期において,社会で一番にその存在が見落とされ,放置されている人たちの声を代弁することです。

 基調講演の前半では,講演者ならびにデジスタンス(離脱)研究に関する詳細な紹介があり,それに続く後半部分において,上記の研究報告がなされました。講演の後に,参加者との質疑応答に入りました。

【質疑応答(Q&A)要旨】
(問1)基調講演の中で紹介された,現在進行中の,コロナ禍の刑務所調査についての詳細(調査の目的,手法,ならびに予期される結果など)を紹介していただけないでしょうか?
(答1)この調査は,英国経済社会研究会議(ESRC)から,コロナ禍における緊急を要する研究として,助成を受けている研究プロジェクトです。一つの目的は,元収容者の離脱研究において,その調査の企画運営・解釈に出所者が従事するということです。調査に携わる出所者は,調査の基礎を学びます。具体的な調査としては,アンケート,インタヴュー,参与観察,調査日誌(の解読)があげられます。

(問2)上記の質問・回答に関連する質問です。調査の結果を社会運動に,具体的には,刑務所改革につなげようと考えていますか?
(答2)そう考えています。コロナ以前の刑務所内の状況は最悪であった。それが,コロナ感染拡大によって,刑務所はロックダウンされてしまった。しかし,コロナ後の社会の回復過程には,刑務所においても同様に,新たな価値規範の生成の必要性が高まることになり,そこに本調査の成果を活かす余地があると考えます。

(問3)出所者の状況について紹介をしてもらえるでしょうか?
(答3)まずコロナ禍における犯罪発生に関する状況です。強盗を含む犯罪発生率は低下,ドメスティック・バイオレンスを増加している,と言われています。また,元収容者の社会統合に欠かせない,雇用,教育,支援のための会合などはロックダウンのため,サーヴィス提供が困難となっています。

(問4)マルーナ先生が提唱するリハビリテーション・モデルに,1960年代のレイブリング理論が影響しているように思われます。実際のところ,どうなのでしょうか??
(答4)はい,強く影響しています。K.エリクソンが言っていますが,社会でスティグマを一度貼られると容易には剥がせない,という点など,まさにそうです。しかし,J.ブレイスウェイトは,(スティグマではなく)日本の恥の概念に着目し,それを社会的再統合の儀礼(謝罪と包摂)に取り入れることで,元犯罪者の立ち直りに応用することができる,と提唱しました。私の考えは,ブレイスウェイトの理論に大きく依拠しています。

(問5)社会運動,ここでは元収容者の立ち直りのやり方には,大きく2つあると思います。一つは,いわゆる「パワーオーヴァー・タイプ」であり,当事者が社会への敵意を示し,状況を変革させるやり方で,もう一つは,例えば,「回復」のように新たな価値観を示すことで,当事者と社会との間の壁を取り除くやり方です。マルーナ先生は,我々に,どちらのやり方をおすすめしますか?
(答5)後者です。実際に私が採用しているアプローチです。社会と元収容者の壁をなくすことが重要だからです。しかし,必ずしも二択というわけではなく,黒人やLGBTQなどの社会運動史が示すように,当事者も,ときには(不可欠なステージとして)怒りや批判を乗り越えていくことになりますので,前者も否定できません。

(文責:津島 昌弘)

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◎本大会の成果については、犯罪学研究センターHPにおいて順次公開する予定です。
なお、ゲスト・スピーカーのAbstract(英語演題)はオフィシャルサイト内のPDFリンクを参照のこと。
ACS2020 Program https://acs2020.org/program.html


*アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)
マカオに拠点をおくアジア犯罪学会(Asian Criminological Society)は、2009年にマカオ大学のジアンホン・リュウ (Liu, Jianhong) 教授が、中国本土、香港、台湾、オーストラリアなどの主要犯罪学・刑事政策研究者に呼びかけることによって発足しました。その使命は下記の事柄です。
①    アジア全域における犯罪学と刑事司法の研究を推進すること
②    犯罪学と刑事司法の諸分野において、研究者と実務家の協力を拡大すること
③    出版と会合により、アジアと世界の犯罪学者と刑事司法実務家のコミュニケーションを奨励すること
④    学術機関と刑事司法機関において、犯罪学と刑事司法に関する訓練と研究を促進すること
このような使命をもつアジア犯罪学会は、現在、中国・香港・マカオ・台湾・韓国・日本・オーストラリア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・アメリカ・スイス・パキスタン・インド・スリランカなどの国・地域の会員が約300名所属しており、日本からは会長(宮澤節生・本学犯罪学研究センター客員研究員)と、理事(石塚伸一・本学法学部教授・犯罪学研究センター長)の2名が選出されています。