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2021.06.30

アジア犯罪学会(ACS2020)全体講演レポート_Prof. Anqi Shen【犯罪学研究センター】

現代中国における国内移民、犯罪および刑罰:女性出稼ぎ労働者と犯罪活動への関与

龍谷大学がホスト校となり、2021年6月18日(金)〜21日(月)の4日間にわたり国際学会「アジア犯罪学会 第12回年次大会(Asian Criminological Society 12th Annual Conference, 通称: ACS2020)」*をオンラインで開催しました。2014年の大阪大会に次いで国内では2回目の開催となる今大会では、アジア・オセアニア地域における犯罪学の興隆と、米国・欧州などの犯罪学の先進地域との学術交流を目的としています。
大会の全体テーマには『アジア文化における罪と罰:犯罪学における伝統と進取の精神(Crime and Punishment under Asian Cultures: Tradition and Innovation in Criminology)』を掲げ、「世界で最も犯罪の少ない国」といわれる日本の犯罪・非行対策と社会制度・文化に対する理解を広めることを目指しました。
【>>関連ニュース】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8690.html

LIVEで行われた本大会の全体講演(Plenary Session with Q&A Session)の概要を紹介します。

[PL01] 現代中国における国内移民、犯罪および刑罰:女性出稼ぎ労働者と犯罪活動への関与
(Internal Migration, Crime, and Punishment in Contemporary China: Migrant women and their involvement in criminality)

〔講演者〕アンキ・シェン(ノーザンブリア大学法学部,イギリス)
Anqi Shen (Professor of Northumbria Law School, Northumbria University, United Kingdom)
〔司 会〕宮澤 節生(神戸大学名誉教授, アジア犯罪学会会長)
Setsuo Miyazawa (Professor Emeritus, Kobe University, Japan; ACS President)
〔日 時〕2021年6月18日(金) 18:45-20:15
〔キーワード〕中国の国内移民、女性出稼ぎ労働者、マルチ商法犯罪、新自由主義、戸籍制度、緊張理論、フェミニスト理論



アンキ・シェン(ノーザンブリア大学法学部,イギリス)

アンキ・シェン(ノーザンブリア大学法学部,イギリス)

【報告要旨】
中国の経済改革―すなわち「新自由主義への転換」-は1970年代後半に始まった。それによって,都市化と,そして主に農村地域から比較的経済的に発展している都市部への大規模な国内移民の傾向に拍車がかかった。女性は,何千もの出稼ぎ労働者のなかでも不可欠な要素である。こうした「農村労働者」の村から都市部への脱出によって,急速な社会変化とともに新たな課題が生じた。主要都市や広範な都市部において,農村からの出稼ぎ労働者―男女ともに―は社会から置き去りにされる。社会から置き去りにされた人たちは弱者になりがちであり,法を犯しやすくなる傾向がある。二極化し,性別を常に意識する社会状況では,特に出稼ぎ労働者の女性が多くの圧力を受ける。中国に関する移民研究では,多くの研究が農村から都市への出稼ぎ労働者の女性の経験を調査してきた。経験とはつまり,彼らがアウトサイダーとして暮らしている都市でのチャンスや葛藤や希望のことである。法社会学・犯罪学研究では,中国に焦点を当てた先行研究が,出稼ぎ労働者の犯罪行為,出稼ぎ労働者の若者における違法薬物問題,「農村労働者」の犯罪被害,出稼ぎ労働者の逸脱行為における犯罪を誘発する構造的要因に対応するための公共政策の不備に関して検討を行ってきた。にもかかわらず,犯罪行為を行った出稼ぎ労働者の主体的経験にはほとんど注意が向けられてこなかった。また,法を犯した女性は放置されてしまうことが多い。
今回のミニレクチャーで,私は,犯罪行為を行った出稼ぎ労働者の女性について、新自由主義的社会の文脈で検討する。あるケース研究を用いて,出稼ぎ労働者の女性が関与した違法なマルチ商法事案について、フェミニストの視点から検証したい。マルチ商法事案は今日,中国の法を犯した女性たちの間で急速に広まっている。ケース研究の詳細について検討する前に,中国特有の社会経済学的状況を簡潔に説明する。その後,女性の違法なマルチ商法への関与,その動機,犯罪行為の中で果たした役割,そしてもちろん,犯罪に関与した結果として得たものと失ったものについて議論するため,このケース研究の詳細を報告する。こうした説明が,女性の犯罪行為,新自由主義の主観性,自己高揚,欲深さー新自由主義の弊害―,社会的排除,ジェンダー・バイアスとの間の関連を明らかにする手助けになればと思う。これらは,地方の出稼ぎ労働者の女性が新たな都市部の環境の中で経験するが,彼らはその土地に所属しておらず,正式かつ現実的なメンバーシップを持っていないのである。

司会者注:本講演は、2019年のACS Distinguished Book Award Honorable Mentionを受けたAnqi Shen, Internal Migration, Crime and Punishment in Contemporary China: An Inquiry into Rural Migrant Offenders, Springer, 2018の第4章に基づいている。シェン教授は、2016年4月に中国のある刑務所の受刑者のランダム・サンプル42人をインタビューし、そのうち、マルチ商法犯罪に加担したことで有罪となり、受刑していた2人の女性のデータをこの講演において用いた。
 中国の急速な都市化は、地方から都市部への労働力の移動を必要とした。しかし、中国では戸籍制度があって、農村戸籍の者は都市では社会福祉制度によって保護されず、経済的・社会的機会も限られているため、多くの出稼ぎ労働者が、マートンの緊張理論における「犯罪的革新」に出ざるをえない。しかも、出稼ぎ労働者の中での女性の機会は男性よりも限られているため、女性はより大きな「犯罪的革新」への圧力を受けることになるが、女性が肉体的能力を必要とする路上犯罪を行うことは困難であるため、経済犯罪・規制違反犯罪を行うことが多くなる。その典型的形態が、マルチ商法組織への加入である。すなわち、女性出稼ぎ労働者は、都市に対する地方、男性に対する女性という、二重の意味で弱者なのであり、その意味で、緊張理論とフェミニスト理論が結合される。マルチ商法組織は、合法的企業の外観と内部構造を有するために、それらの女性は、経済的利得だけではなく、社会的自己実現をも目的として、それらの組織に加入しており、実際には加入のために多額の投資を求められて回収できず、大きな損害を被っているにもかかわらず、逮捕前も有罪判決後も、犯罪を行ったという認識はまったく有していない。以上が講演内容の要旨である。]

【質疑応答(Q&A)要旨】
(問1)中国で受刑者のインタビューを行ったということ自体、驚くべきことである。受刑者をインタビューすることは、権威主義的性格が低い国でも容易ではない。どのようにアクセスを得たのか、説明していただきたい。
(答1)たしかに困難な調査であり、多大のコミット、決意、努力、そして幸運を必要とした。自分は調査地の地元政府が組織した法の支配に関するセンターのメンバーで、この調査は出稼ぎ労働者の状況に関する大規模調査の一部で、地元政府からの資金を得ていた。それに自分は、イギリスに来る前に10年以上刑事司法に関係しており、弁護士でもあったので、人脈があって、信頼も受けていた。そのうえ、この刑務所は女子施設も有していて、調査に最適だった。しかし、サンプル数は縮小せざるをえず、インタビューは、いつ停止されるかもしれないという可能性があったので、常に緊張感があった。そのうえ、刑務所は辺鄙な山間部にあって、照明のない夜間に車で行くこと自体、大変だった。

(問2)あなたは、インタビューした二人の女性受刑者のマルチ商法犯罪は「投資活動」であると述べている。何に投資していたのか。誰が組織を作ったのか。彼らは処罰されたのか。
(答2)投資の対象は、健康関係製品、不動産、あるいはどこかの島など、多様にありうるが、現実には投資活動は行われておらず、新規会員から資金を集めることだけが目的になっている。しかし、外観も内部組織も正常な企業であって、受付、マーケティング部門、法務部などもあり、彼女たちは違法な組織で活動していたという認識はまったくない。どのような行為が処罰されるかという点について法解釈は確立しておらず、多少とも管理的な活動をしていると組織者として処罰される可能性がある。トップの者は、詐欺でも処罰されている。

(問3)彼女たちはマルチ商法行為をしたことについて犯罪の認識はないということだが、他の犯罪行動と比較考慮してこの犯罪を選んだということはないかのか。
(答3)彼女たちは初犯者で、マルチ商法行為は、他の犯罪との比較で選んだというのではなく、正常な企業に入社したという認識である。何らかの境界を越えたという認識はあるかもしれないが、犯罪行為を選択したという認識はない。

(問4)二人の女性は新規メンバーを組織に勧誘したということで有罪になっているが、刑期はどれほどか。日本では、組織を開設・運営した者は3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金またはその両方、業として勧誘した者は1年以下の懲役または30万円以下の罰金、単に勧誘した者20万円以下の罰金である。彼女らはすでに釈放されたか。釈放されたとすれば、故郷に戻ったか。
(答4)中国法では、マルチ商法組織を組織した者で、監禁をしたり、自殺者を出したりするなどの重大な状況を伴う場合は、5年以上の有期刑と罰金となり、そのような重大な状況がなく勧誘したにすぎない者は5年以下の有期刑と罰金になりうる。自分がインタビューした女性の一人は6ヶ月で、もう一人は1年だった。すでに釈放されていると思うが、釈放後の情報を得ることはできない。しかし、インタビューによれば、彼女たちは自分の能力に大いに自信があり、故郷に戻らずに都会でチャンスをつかみたいと考えていた。とくに一人は、所属組織で活動していた間に公認会計士の資格まで取っていた。あくまで自力で成功しなければならないという発想は、まさに新自由主義である。

(問5)問題の根源が戸籍制度であることは明確ではないか。日本でも戸籍制度はあるが、中国の制度のように社会福祉や経済的・社会的機会を制約する制度ではない。中国政府は何らかの対策を立ててこなかったのか。
(答5)中国政府も問題は認識しているが、農村からの出稼ぎ労働者全体を救済する力がないので、一定の教育や経済力を有する者に対する対策にとどまっている。彼女たちのような低学歴者や、ランクの低い大学の出身者まではカバーしていない。

(問6)彼女たちの行動は緊張理論でも説明できるかもしれないが、組織に入ってから手口等を学んだとすれば、学習したもので、分化的接触理論も当てはまるのではないか。
(答6)彼女たちは違法行為を行っているという認識はまったくなく、合法的企業の業務を行っていたという認識であって、犯罪行動を学習しているわけではないから、緊張理論のほうが適切であると思う。

(問7)彼女たちの行動の背景にあるのは新自由主義ではなく、中国の伝統的文化が背景にするのではないか。
(答7)経済的成功がすべてに優先するという発想は、1970年代以後の改革によって生じたものであって、何らかの伝統的文化に基づくものではない。現在では、新自由主義的発想は社会的弱者によっても広く共有されており、自己の状況を改善するのは自己責任であって、政府に負担をかけるべきではないという発想がきわめて強く、自己の不遇な状況は甘受すべきものと考えるのが一般的である。このような社会構造が近未来に変化する可能性は低い。

(文責:宮澤 節生)

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◎本大会の成果については、犯罪学研究センターHPにおいて順次公開する予定です。
なお、ゲスト・スピーカーのAbstract(英語演題)はオフィシャルサイト内のPDFリンクを参照のこと。
ACS2020 Program https://acs2020.org/program.html


*アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)
マカオに拠点をおくアジア犯罪学会(Asian Criminological Society)は、2009年にマカオ大学のジアンホン・リュウ (Liu, Jianhong) 教授が、中国本土、香港、台湾、オーストラリアなどの主要犯罪学・刑事政策研究者に呼びかけることによって発足しました。その使命は下記の事柄です。
①    アジア全域における犯罪学と刑事司法の研究を推進すること
②    犯罪学と刑事司法の諸分野において、研究者と実務家の協力を拡大すること
③    出版と会合により、アジアと世界の犯罪学者と刑事司法実務家のコミュニケーションを奨励すること
④    学術機関と刑事司法機関において、犯罪学と刑事司法に関する訓練と研究を促進すること
このような使命をもつアジア犯罪学会は、現在、中国・香港・マカオ・台湾・韓国・日本・オーストラリア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・アメリカ・スイス・パキスタン・インド・スリランカなどの国・地域の会員が約300名所属しており、日本からは会長(宮澤節生・本学犯罪学研究センター客員研究員)と、理事(石塚伸一・本学法学部教授・犯罪学研究センター長)の2名が選出されています。