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2021.07.01

アジア犯罪学会(ACS2020)全体講演レポート_Prof. John Pratt【犯罪学研究センター】

ポピュリズムに対する解毒剤としてのパンデミック:移動規制とCOVID-19(新型コロナウイルス流行)

龍谷大学がホスト校となり、2021年6月18日(金)〜21日(月)の4日間にわたり国際学会「アジア犯罪学会 第12回年次大会(Asian Criminological Society 12th Annual Conference, 通称: ACS2020)」*をオンラインで開催しました。2014年の大阪大会に次いで国内では2回目の開催となる今大会では、アジア・オセアニア地域における犯罪学の興隆と、米国・欧州などの犯罪学の先進地域との学術交流を目的としています。
大会の全体テーマには『アジア文化における罪と罰:犯罪学における伝統と進取の精神(Crime and Punishment under Asian Cultures: Tradition and Innovation in Criminology)』を掲げ、「世界で最も犯罪の少ない国」といわれる日本の犯罪・非行対策と社会制度・文化に対する理解を広めることを目指しました。
【>>関連ニュース】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8690.html

LIVEで行われた本大会の全体講演(Plenary Session with Q&A Session)の概要を紹介します。

[PL03] ポピュリズムに対する解毒剤としてのパンデミック:移動規制とCOVID-19(新型コロナウイルス流行)
(Pandemic as an Antidote to Populism: Punishment、 Immobilization and Covid-19)

〔講演者〕ジョン・プラット(ヴィクトリア大学ウェリントン 犯罪学研究所 教授、ニュージーランド)
John Pratt (Professor of Criminology、 Institute of Criminology、 Victoria University of Wellington、 New Zealand)
〔司 会〕浜井浩一(龍谷大学 法学部 教授)
Koichi HAMAI (Professor of Criminology、 Ryukoku University、 Japan)
〔日 時〕2021年6月19日(土) 14:45-16:15
〔キーワード〕ペナル・ポピュリズム、ポピュリズム政治家、専門家(犯罪学者)、移動制限、科学的知見、特効薬、パンデミック、ポスト-パンデミック、新型コロナ、刑事政策、社会的連帯



ジョン・プラット(ヴィクトリア大学ウェリントン 犯罪学研究所 教授、ニュージーランド)

ジョン・プラット(ヴィクトリア大学ウェリントン 犯罪学研究所 教授、ニュージーランド)

【報告要旨】
 多くの西洋社会―特に本報告で主に焦点を当てるアングロアメリカーにおけるポピュリズムの隆盛は、民主主義的政策に対する、つまり1945年以降もたらされた多くの自由に対する脅威となっている。この自由には、人権の保障、法の支配の順守、政府を批判し、政府に説明をもとめるための表現や報道の自由が含まれる。そして、ポピュリズムに基づく刑事政策は厳罰化を促進するだけでなく、刑法の適用範囲も拡大する。それは、公共空間での移動の制限と禁止や、有期刑の終了後にも無期限に拘禁するというように、新たな犯罪を行う前に、特定の犯罪を行うリスクがあると考えられる人たちの移動を制限するために用いられうる。
 民主主義的規範からの重要な転換とも位置付けられるこうした政策を念頭に置くと、COVID-19(新型コロナウイルス)に対する政府の反応は、民主主義と刑事司法手続にとってさらなる脅威を引き起こすようにもとらえることができる。ウイルスと戦うために導入されたロックダウンに伴う移動制限の付加は、公的空間での移動の自由の統制、あるいは自宅拘禁と同じ効果を持つ外出禁止命令など、強制力を伴う規制権限を与えられた警察(時には軍)による、特定の犯罪リスクのある人だけを対象としたものではなく、国民全体を対象とした規制ともいえるものである。
 しかし、パンデミックは、ポピュリズムによる独裁的な政治体制に対して、それとは異なる体制の可能性を指し示す機会が与えられたといように考えることができるかもしれない。実際、ウイルスはポピュリズムに対する解毒剤として機能している。ポピュリズムは、科学、合理性、専門知識を無視してデマをまき散らしながら、男らしく強いリーダーシップだけが輝かしい未来を作り出すことができるといった国家主義的展望を前提としている。しかし、これを実現するためには、必要に応じて法の支配を越えた超法規的な措置によって国民の敵を統制下におかれなければならない。COVID-19(新型コロナウイルス)はそのような敵のひとつであるが、ウイルスはポピュリズムがまき散らすデマを笑い飛ばすだけである。現実の脅威であるCOVID-19の前で、ポピュリズムは、無能さをさらけ出すしかない。逆に、COVID-19(新型コロナウイルス)は、説明責任をきちんと果たしながら行動する政府と専門家の科学的知識によってのみ、排除することができる。そして、そうした政府と専門家が協力するプロセスの中で、大部分の市民が行動規制を求められるような状況にあっても、社会的な連帯がむしろ強化されることで、ポピュリズムが繁栄する余地がなくなっていくのである。これによって、ポスト・パンデミック時代には、これまでとは異なる、より抑制的な刑罰運用の枠組みの機会が提供されるかもしれない。

【質疑応答(Q&A)要旨】
(問1)日本を含めQAnonなどの陰謀論にはまり込む人たちがいます。陰謀論についてはどのようにお考えですか。これに対抗する手段は。
(答1)SNSの影響力の増大など、陰謀論は危惧すべき問題だと思いますが、それにはまり込むのは少数だろうと考えます。それほど心配はなくてもいいのではないでしょうか。その上で、対抗すべき方法としては、事実をきちんと伝えていくことしかないのではないでしょうか。

(問2)パンデミック後に、再びポピュリズムが台頭してくることは考えられませんか。
(答2)その心配はなくはないですが、トランプにせよ、ボルソナーロにせよ、コロナ対策に失敗し、次第に支持を失っています。日本でもそうだと思いますが、このパンデミックが起こるまでは、誰も公衆衛生の専門家の名前なんて知りませんでした。しかし、今や、彼らのことを知らない人はいません。事実を伝え、正しく危機に対抗しようとする姿に、人々は政府よりも専門家の意見を重視するようになっていると思います。ニュージーランドでは専門家を信頼して行動する政府に対する信頼も増しています。結果として極右政党の支持は大きく減少しています。

(問3)日本では、政府(首相)と専門家との確執が大きな問題となっています。彼らはお互いを信頼し合っていないように見えます。特に、オリンピックの開催にあたっては、政府は専門家の意見を無視して開催に邁進しているように見え、多くの国民が不安を感じています。ここにポピュリストたちが付け入る隙があるのではないでしょうか。
(答3)少し悲観的過ぎるような気がしますが、そういう可能性もあるのかもしれません。ただ、欧米先進国での世論調査を見ると、国民がロックダウンの解除に慎重な一方で、政府が解除に前のめりになるという、ポピュリズム時代とは真逆な現象が起きていることを考えると、国民は政府よりも専門家の意見に重きを置くなど、国民のほうが冷静なのかもしれません。そう考えるともう少し楽観的でもいいのではないでしょうか。

(問4)ガーランド教授の講演を聞かれたと思いますが、彼の講演の内容もプラット教授の講演と多くの点で共通しています。ガーランド教授は、パンデミックが専門家の社会的地位や国民からの信頼を獲得することで、国民が正しく教育され、よい形でのポピュリズムが生まれると話していましたが、彼の講演をどのように聞きましたか。
(答4)彼の講演はいつも示唆に富んでいます。今日の彼の講演にあった、専門家の科学に基づいた意見によって民意を適切に導く可能性については興味深いと思います。パンデミックの危機によって、突然社会の注目を集めるようになった公衆衛生の専門家たちは、科学に基づいたぶれない共通の知見を国民に対して披露し、信頼を勝ち取りました。ただし、公衆衛生にはその科学的知見によって社会に貢献してきた長い歴史があります。それに対して犯罪学の歴史は浅い。公衆衛生の専門のように信頼を勝ち取ることは、そう簡単なことではないかもしれません。医者と警察官の信頼を比べればその違いは歴然としているように思います。ただ、不可能ではありません。ガーランド教授も、国民にどのような物語を語るのかが重要といっていました。国民を教育するためにはジャーナリストたちの協力が必要でしょう。ただし、これまで何人かの犯罪学者が試みてきましたがそれほど大きな成功を見ていません。昨日、マルーナ教授が彼の講演の中で話していたように、社会運動的な取り組みが必要なのではないでしょうか。ニュージーランドでも限定的ではありますが、若者たちのキャンペーンに政府が耳を傾けたことがあります。私が「Penal Populism」を出版した際に、様々なジャーナリストや政治家から話を聞きたいと呼ばれましたが、彼らもポピュリズムは無視できません。それほど効果があったようには実感できませんでした。ただ、若い人の考え方には一定の影響を与えることができたかもしれません。どちらかというと、もう一つの著作「Contrasts in Punishment (2013)」のほうが、影響力があったかもしれません。政府関係者が学び(視察)に行く国がアメリカから北欧に変わったのは意味があったと思います。

(問5)パンデミックはウイルスという明確なターゲットがあります。ウイルスとそれを媒介して感染を拡大させる人とを区別することが可能です。犯罪学のターゲットは、犯罪を起こす人であり、人と犯罪原因を分離させるのが難しいという問題点を抱えていると思いますがどうお考えですか。
(答5)その通りだと思います。ウイルスは現実のリスクであり、すべての人がそのリスクに曝されていますが、犯罪はそうではない。ポピュリストにとってもウイルスよりも人のほうが悪魔化しやすいと思います。

(問6)Penal Populismでは死刑も支持されがちですが、今回のパンデミックが死刑廃止運動に与える影響はあると思いますか。
(答6)死刑問題は、どちらかというとモラルの問題が大きいと思います。その意味では、Penal Populismとは異なる問題としてとらえるべきではないでしょうか。ということで、パンデミックが死刑廃止運動に与える影響はあまり考えたことがありません。

(問7)(宮澤会長)ニュージーランドの死刑廃止に結びついたものは何だと思いますか。
(答7)ニュージーランドで死刑が廃止されたのはイギリスと同じ時期で1960年代ですが、それ以前から死刑の執行は少なくなっていて最後の執行は1957年です。大きなキャンペーンが行われたというよりは、一つの流れの中で廃止された印象です。北欧などでは第一次世界大戦の後に死刑が廃止されていますが、同質性が高く、人々の社会的距離の小さな社会では死刑はそもそも必要ないのではないでしょうか。ニュージーランドでも極右政党が死刑の復活を主張したりしますが、あまり影響力はありません。
(宮澤会長の回答)今指摘された北欧などにある条件は、同質性が高く犯罪も減少しているなど日本にも当てはまりそうですが、現実には日本政府は死刑を存続させようとしています。別の話ですが、公衆衛生の分野では専門家の意見が一致している。それに対して刑事政策に対する刑事司法の専門家の意見はばらばらであり、これも犯罪学者の意見が政策に反映されない要因なのかもしれません。日本では弁護士の中に死刑に賛成する者たちもいます。

(問8)(佐藤舞さん)パンデミックがポピュリズムの解毒薬になる点について、オーストラリアやニュージーランドではそうであっても、アジアの国には当てはまらないのではないですか。日本はもちろんですが、フィリッピンでもパンデミックの期間に刑事司法手続外での官憲による殺害事件が増えています。この違いはどこからくると思いますか。
(答8)難しい質問ですね。もちろん、解毒効果は国によって異なると思います。ニュージーランドが最もうまくいっている例だと思います。首相が500万人のリーダとして先頭に立ち、社会的な連帯を訴えはした。それによって感染拡大を抑えることに成功した。解毒剤として機能するためには、社会的な連帯が深まることが条件になるのでしょう。実のところ、日ごろから社会的距離をとりがちな日本で最近感染が拡大しているのは私にとってはちょっとした驚きです。フィリッピンについては、パンデミック以前からの専制的な大統領が続いているので、強い男を演じようとする姿勢の延長線上に司法手続外での殺害が増えているのではないでしょうか。ということで、パンデミックがどのような影響を与えるのかはもちろん社会の状況によって違うのでしょう。いずれにせよ、社会的な連帯が鍵で、政府がそこに人々を導くことができるかがポイントなると思います。

(文責:浜井浩一)

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◎本大会の成果については、犯罪学研究センターHPにおいて順次公開する予定です。
なお、ゲスト・スピーカーのAbstract(英語演題)はオフィシャルサイト内のPDFリンクを参照のこと。
ACS2020 Program https://acs2020.org/program.html


*アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)
マカオに拠点をおくアジア犯罪学会(Asian Criminological Society)は、2009年にマカオ大学のジアンホン・リュウ (Liu, Jianhong) 教授が、中国本土、香港、台湾、オーストラリアなどの主要犯罪学・刑事政策研究者に呼びかけることによって発足しました。その使命は下記の事柄です。
①    アジア全域における犯罪学と刑事司法の研究を推進すること
②    犯罪学と刑事司法の諸分野において、研究者と実務家の協力を拡大すること
③    出版と会合により、アジアと世界の犯罪学者と刑事司法実務家のコミュニケーションを奨励すること
④    学術機関と刑事司法機関において、犯罪学と刑事司法に関する訓練と研究を促進すること
このような使命をもつアジア犯罪学会は、現在、中国・香港・マカオ・台湾・韓国・日本・オーストラリア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・アメリカ・スイス・パキスタン・インド・スリランカなどの国・地域の会員が約300名所属しており、日本からは会長(宮澤節生・本学犯罪学研究センター客員研究員)と、理事(石塚伸一・本学法学部教授・犯罪学研究センター長)の2名が選出されています。