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2021.07.07

アジア犯罪学会(ACS2020)全体講演レポート_Prof. Doris C. Chu【犯罪学研究センター】

女子受刑者の更生プログラムへのポジティブ心理学的介入の適用

龍谷大学がホスト校となり、2021年6月18日(金)〜21日(月)の4日間にわたり国際学会「アジア犯罪学会 第12回年次大会(Asian Criminological Society 12th Annual Conference, 通称: ACS2020)」*をオンラインで開催しました。2014年の大阪大会に次いで国内では2回目の開催となる今大会では、アジア・オセアニア地域における犯罪学の興隆と、米国・欧州などの犯罪学の先進地域との学術交流を目的としています。
大会の全体テーマには『アジア文化における罪と罰:犯罪学における伝統と進取の精神(Crime and Punishment under Asian Cultures: Tradition and Innovation in Criminology)』を掲げ、「世界で最も犯罪の少ない国」といわれる日本の犯罪・非行対策と社会制度・文化に対する理解を広めることを目指しました。
【>>関連ニュース】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8690.html

LIVEで行われた本大会の全体講演(Plenary Session with Q&A Session)の概要を紹介します。

[PL05] 女子受刑者の更生プログラムへのポジティブ心理学的介入の適用
(The Application of Positive Psychology Intervention to Female Inmates’ Rehabilitation Program)


〔講演者〕ドリス・C・チュウ(国立中正大学 犯罪学部 教授,台湾)
Doris C. Chu (Professor, Department of Criminology, National Chung Cheng University, Taiwan)
〔司 会〕平山 真理(白鴎大学 法学部 教授)
Mari Hirayama (Professor, Faculty of Law, Hakuoh University, Japan)
〔日 時〕2021年6月20日(日) 14:45-16:15
〔キーワード〕ポジティブ心理学,介入,立ち直り(resilience),薬物乱用治療,希望,エンパワーメント
positive psychology; intervention; resilience; substance abuse treatment; hope; empowerment



ドリス・C・チュウ(国立中正大学 犯罪学部 教授,台湾)

ドリス・C・チュウ(国立中正大学 犯罪学部 教授,台湾)

【報告要旨】
 ネガティブな感情,ストレス,ポジティブなストレス対処能力の不足は,違法薬物使用とその再発に関連があることが分かっている。実証的研究によってポジティブ心理学的介入における要素―たとえば1日ごとに良いことを3つ思い出すこと,自己力や自己効力感を高めることーは心の健康や立ち直りを増進しうるということが明らかになった。近年,臨床医や研究者らは,出所者や元薬物使用者の社会復帰支援のための治療プログラムに対してポジティブ心理学の原理を取り入れている。
 ポジティブ心理学とその関連概念(マインドフルネス,ヨガ,グッドライフ・モデル)の薬物乱用治療と出所者の社会復帰への応用は,まだ初期段階にある。長期的なデータを使用する系統的な研究は十分ではない。公表されている研究の大部分は西洋諸国で実施されており,アジアの国々での実証研究はまれである。
本報告で私は,ある実証研究を共有したい。この研究では,台湾の薬物事案の女性受刑者に対して実施した,自己力に基づくポジティブ心理学的介入の結果を検討した。この実証研究では,準実験的介入デザインを採用した。実験(介入)群には台湾の女性刑事施設の61名の受刑者が参加した。比較群には同じ刑事施設の,同程度の特性(年齢,収容期間,前歴)をもつ60名の受刑者が参加した。実験群に割り当てられた女性受刑者は6セッションの介入に参加した。6セッションには楽観的でいること(1日ごとに良いことを3つ),希望を持つこと,最もよい自分を視覚化すること(自分の強みを特定して生かすこと),他者に思いやりをもち,感謝の気持ちを示すこと,目標をもつこと,レクリエーション(Seligman et al., 2005; Lewis, 2007; Papazoglou & Andersen, 2014; Huynh et al., 2015)・感情の制御・立ち直り・エンパワーメントが含まれている。介入の効果を検討するため,介入前と介入後に調査が実施された。その結果,6セッションの介入を行った受刑者らは,統制群と比べると,個人の成長度,エンパワーメント,Mindful Attention Awareness Scaleの得点が有意に高いことが分かった。
 本研究は刑事司法機関や臨床医にとって有益であり,女性受刑者の幸福を促進する,ポジティブ心理学的介入の効果について実証的なエビデンスを提供している。本研究の知見は,女性受刑者に対する治療プログラムに含まれるコースや戦略に示唆を与えうるだろう。

【質疑応答(Q&A)要旨】
(問1)今回のご報告は、薬物犯罪による女子受刑者を対象としているが、いわゆる「被害者なき犯罪」である。薬物犯罪ではなく、具体的な被害者がいる犯罪においては、このStrength Based Psychologyによる介入はどのような効果が期待できるか?被害者に対して罪を償うこと、また被害者の視点を意識した矯正教育との関係は?
(答1)
 本報告で調査対象とした女子受刑者たちは、実験群、統制群ともに「薬物犯罪受刑者」であることは確かであるが、しかしこの受刑者たちは薬物犯罪以外にも他の犯罪を行った者もいる。違法薬物を得る手段として、他の犯罪を犯した者もいる。詐欺や暴力犯罪を犯した受刑者については、確かに被害者に対する「Empathy」(被害者へ思いを馳せること)が重要となるのはその通りであろう。しかし、やはりそれらの犯罪に対しても、Strength Based Psychologyによる介入の主要な部分は当てはめることができるのではないか、と考えている。

(問2)刑事施設におけるStrength Based Psychologyによる介入の重要性はご報告によってよく理解できた。一方、受刑者たちが出所した後も、このアプローチを適用して、追跡研究する予定はあるか?再入率への影響も調査するとよいのではないか?
(答2)
 受刑者たちが釈放された後も、Strength Based Psychologyによる介入の効果を調査できればよいとはもちろん考えている。しかし、いくつかの障壁があるのも確かである。例えば、出所後の元受刑者の情報にアクセス手段がかなり限られていることである。元受刑者情報の秘匿の必要性は高い。また、受刑者たちの刑期が長い(社会に戻るまで長期間を要する)ことも指摘しなければならない。
 また、この研究のさらに発展的な適用分野としては、男子受刑者に対する効果も検討すべきである。しかし、男子と比べて女子の方が、プログラム参加への積極性の度合い(Engagement)が高く、効果も高いと認識している。
また、警察官や刑務官がそのトレーニングを受ける際にも、このアプローチが果たす役割はあると考えている。

(問3)Strength Based Psychologyによる介入は、刑務所文化―とくにこれまであまりにも男性の視点に立ち過ぎていた文化―そのものを変えることも期待されているのではないか?
(答3)
 その通りである。このようなプログラムを刑事施設の中で実施すること自体が、刑事施設そのものをもっとリラックスした雰囲気のものに変えることができる可能性もある。台湾における女子刑務所においても、より効果的と思われる矯正教育プログラムの教室が実施されるようになったり、また矯正職員にも女性が増えてきた、と言える。

(問4)台湾における刑務所文化の変化についてもう少し説明頂きたい。とくに「開かれた刑務所」という視点は見られるようになったか?例えば、わが国の刑事施設視察委員のように、外部のオンブズマン組織は存在するか、また、刑事施設から地域社会にアウトリーチするなどの動きはあるか?
(問4)
 近年の法改正で、刑事施設に外部の人間で組織される監視委員会が設置されるようになった。受刑者の苦言や提案をもとに、刑事施設の改善に向けた提言を行っている。

(問5)台湾において、受刑者が出所後、社会に再統合するための取り組みは、政府主導で、民間団体によるもの、どのようなものがあるか?
(答5)
 とくに近年、政府も出所後のSocial Networkの重要性について気づき始めている。また、受刑者と家族の結びつきをサポートする取り組みも重視されている。これらの考え方に基づいた様々な介入が今後より増えていくことを期待している。

(文責:平山真理)

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◎本大会の成果については、犯罪学研究センターHPにおいて順次公開する予定です。
なお、ゲスト・スピーカーのAbstract(英語演題)はオフィシャルサイト内のPDFリンクを参照のこと。
ACS2020 Program https://acs2020.org/program.html


*アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)
マカオに拠点をおくアジア犯罪学会(Asian Criminological Society)は、2009年にマカオ大学のジアンホン・リュウ (Liu, Jianhong) 教授が、中国本土、香港、台湾、オーストラリアなどの主要犯罪学・刑事政策研究者に呼びかけることによって発足しました。その使命は下記の事柄です。
①    アジア全域における犯罪学と刑事司法の研究を推進すること
②    犯罪学と刑事司法の諸分野において、研究者と実務家の協力を拡大すること
③    出版と会合により、アジアと世界の犯罪学者と刑事司法実務家のコミュニケーションを奨励すること
④    学術機関と刑事司法機関において、犯罪学と刑事司法に関する訓練と研究を促進すること
このような使命をもつアジア犯罪学会は、現在、中国・香港・マカオ・台湾・韓国・日本・オーストラリア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・アメリカ・スイス・パキスタン・インド・スリランカなどの国・地域の会員が約300名所属しており、日本からは会長(宮澤節生・本学犯罪学研究センター客員研究員)と、理事(石塚伸一・本学法学部教授・犯罪学研究センター長)の2名が選出されています。