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2021.07.30

アジア犯罪学会(ACS2020)基調講演レポート_Prof. David Garland【犯罪学研究センター】

「Penal Populism(ポピュリズム刑事政策)」は、何が問題か?

龍谷大学がホスト校となり、2021年6月18日(金)〜21日(月)の4日間にわたり国際学会「アジア犯罪学会 第12回年次大会(Asian Criminological Society 12th Annual Conference, 通称: ACS2020)」*をオンラインで開催しました。2014年の大阪大会に次いで国内では2回目の開催となる今大会では、アジア・オセアニア地域における犯罪学の興隆と、米国・欧州などの犯罪学の先進地域との学術交流を目的としています。
大会の全体テーマには『アジア文化における罪と罰:犯罪学における伝統と進取の精神(Crime and Punishment under Asian Cultures: Tradition and Innovation in Criminology)』を掲げ、「世界で最も犯罪の少ない国」といわれる日本の犯罪・非行対策と社会制度・文化に対する理解を広めることを目指しました。
【>>関連ニュース】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8690.html

LIVEで行われた本大会の基調講演(Keynote Session with Q&A Session)の概要を紹介します。

[KY02] 「Penal Populism(ポピュリズム刑事政策)」は、何が問題か?
(What's wrong with "penal populism"? Politics, the public, and penological expertise.)

〔講演者〕ディビッド・ガーランド(ニューヨーク大学 教授(法社会学),アメリカ)
David Garland (Professor, School of Social Sciences, Education and Social Work, Queen's University Belfast, UK)
〔司 会〕ディビッド・ブルースター(金沢美術工芸大学 専任講師)
David Brewster (Senior Lecturer, Kanazawa College of Art, Japan)
〔日 時〕2021年6月19日(土) 9:00-10:30
〔キーワード〕ポピュリズム刑事政策,政治,世論,専門家



ディビッド・ガーランド(ニューヨーク大学 教授(法社会学),アメリカ)

ディビッド・ガーランド(ニューヨーク大学 教授(法社会学),アメリカ)

〔報告要旨〕
この基調講演では、政策決定のプロセスで生じる、「Penal Populism(ポピュリズム刑事政策)」と犯罪学の専門的知見との対立について検討する。私の報告では、刑事政策の策定における専門家の知識と大衆の気分との間の適切なバランスについて考えたい。特に、役に立つかどうかというよりもモラルが問題となるような判断を必要とする政策措置について検討したい。また、「世論」の性質 ―つまり、世論は世論調査で測られたもの以上に意味を持つものなのか?それとも・・・- や民主的政策における世論の適切な役割に関して理論的に考えてみたい。さらに、「Penal Populism(ポピュリズム刑事政策)」が、政策形成にどの程度影響を与えうるのかということについて制度的かつ相対的に検討するとともに、「Penal Populism(ポピュリズム刑事政策)」が広く知られるようになってきた歴史的状況についても簡潔な考察を行う。最後に、政策形成や政治的な議論における刑事政策の専門家(犯罪学者)の専門家としての責任について検討を行う。この点に関しては、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック下における公衆衛生学の専門家の功績が参考になるので、この点について考察する。犯罪学は、市民の信頼に値するような社会科学的知識を持つ学問としての確かな地位を確立できるのだろうか?また、犯罪学者は、公共政策と政治的議論に関わる際に、どのようにふるまうべきなのだろうか?

【質疑応答(Q&A)要旨】

(問1)犯罪学では、何がエビデンスなのかについて独断的かつ厳しい議論が存在するが、犯罪学におけるエビデンスについてどのように考えるか。
(答1)異なるタイプの問いには、異なるタイプの方法が必要だと私は思う。再現可能な確固としたひとつの方法論が存在するとは考えていない。しかし、これまでの犯罪学研究は、私たちが「合理性の実現 reality of congruence」の方向性に向かって世論や常識を動かすために必要となる、犯罪や犯罪防止、そして刑罰に関して基本的理解を積み上げてきているのではないだろうか。


(問2)公衆衛生学と比較して、社会科学の対象は一般的な真理を語ることが困難だと思う。私たちはこの文脈に由来する特殊性(固有性)に対してどのように取り組むべきだろうか。
(答2)確かに人間の相互作用には、考慮が必要な文脈ごとの固有性がある。ほとんどの犯罪学は国ごとに異なり、ほとんどの違いは国際による違いである。したがって、私たちが一般化するときには必ずしも世界共通である必要はない。つまり、私たちが取り組んでいる政策の大部分は、国全体もしくは特定の地域に関するものである。
私が講義で示した例はすべて、きわめて一般的で、非常にシンプルなものだった。しかし、今回の私の論点は、犯罪学者が新しい法律についてしばしばコメントを求められたり、注目を集めている犯罪の原因についての対応や新たなトレンドに対するコメントを求められたりする時にある。私たちは非常に限られた回答をする傾向があり、自分が好む政治的志向に基づいて答えることが多い。こうした取材は、記者が聞いていることが何であれ、専門家としていくつかの基本的な事柄を繰り返す絶好の機会であるということを私は言いたい。新型コロナウイルス(COVID-19)の流行中の公衆衛生学の専門家は、非常に素晴らしく統制がとれていた。彼らはいろいろなタイプの質問をされても、ほとんど毎回、そうした質問を一旦置いて、彼らが一般市民に理解させたい基本的なメッセージを繰り返した上で、最初の質問、つまり基本に立ち返り、専門家として伝えなくてはならないことを伝えていた。こうした多くの「広報を担う専門家」の繰り返しによって、最終的に彼らの伝えた基本的な情報が社会の常識になっていった。これが今回、起こったことである。したがって、犯罪学者がメディアとかかわる時、私たちもこうした機会をうまく利用して、同じようにふるまうべきである。


(問3)このデジタル時代に世論を変化させようとするならば、私たちから最も距離を置いているような人たちに対して語りかけるために、ソーシャルメディアという課題があると思うが、これを乗り越えるにはどのようにすればよいか。
(答3)その質問は非常に根本的で、私たちの民主主義が今日直面している最大の課題でもある。これは、デジタル時代の世界では、社会に一般的な合意が存在し、事実と証拠に基づいた政策が見当たらなくなってきているからである。正直に言うと、私にその解決策があれば、おそらくホワイトハウスで働いているだろう。しかし実際、私たちはわずかに異なる問題も有している。米国や英国の犯罪学では、実際のイデオロギー的な議論はほとんど存在しない。全般的にみて、ほとんどの犯罪学者は中道左派、リベラルで、行われる会話も刑事司法政策を支持するのではなく批判するものがほとんどである。結果として、あたかも犯罪学という体系そのものが、政策立案のプロセスに対する批判的敵対者として存在しているかのようであるといってもいいだろう。政治の世界において、思想的に対立している存在と安定して話し合うことは不可欠である。しかし、今の犯罪学にはこうした姿勢が欠けていると私は思う。きわめて保守的な刑事政策が存在しているが、私たちがそうした政策を単にばかげたものであるとか、情報不足であると決めつけるだけで、その背景にある心情や緊急性をきちんと理解しているとは言えないのではないだろうか。


(問4)専門家を過小評価するポピュリズム刑事政策から逃れるために、国家はどのようなことができるだろうか。そのためには、専門家の見解がどうしても必要な極限に達するぐらいの状況、すなわち新型コロナウイルス(COVID-19)のような未曽有の危機、もしくは大量拘禁などが必要だと思うか。
(答4)難しいが、良い質問だ。ポピュリズム刑事政策が完全に支配し、専門知識が敗北した状況ではなくて、両者が競合するようなときには、一定の緊張状態があると思う。ドナルド・トランプ政権下の米国ですら、いかなる政府でも、行政府や為政者などが完全に犯罪学のエビデンスや専門知識を無視する政府を私は知らない。専門家やエビデンスが異議を唱えているにもかかわらず、為政者がポピュリストであるために、注目を集めている対策や提案、法律が通るというのは、よくあることだった。言い換えれば、ポピュリストの政策が普及する時期があり、ポピュリストの政策がアジェンダを設定しているようにみえる画期的な何かがあったときである。しかし、100%がポピュリズムで、専門知識が0%というケースはひとつもなかった。ポピュリストが成功している時期でさえ、政策立案者たちに対する犯罪学による専門的な助言はその背景で続けられているというのが事実であると思う。私たち犯罪学の専門家が正しければ、軽率な判断やエビデンスに基づかない政策、懲罰的なだけの政策では効果がないということは、時間が経つにつれてよりはっきりするだろう。こうした失敗の観点から揺り戻しや見直しが起こり得る。もちろん、ドナルド・トランプが選挙に負けたことを認識しないように政府が、目の前の失敗を失敗として認識してないということは起こりうるかもしれない。また、権力側にいる人たちすべてが失敗に目をつぶり続けるという状況にもなりうる。その場合には、臨界点を超えた危機、つまり危機的混乱によって「いつも通りのこと」が通用しなくなり、それを機に目を覚ましてポピュリズムと専門知識の役割について再考するような危機が必要だというあなたの質問に対する答えはイエスになるかもしれない。まだそこまでに至ってはいないと思うが、そうなる前に、信頼や正当性、説得力を勝ち得るために公共の場で競い合うことは私たちの役割のひとつだと思う。


(問5)学術的な言葉遣いと普通の人たちの言葉遣いとの隔たりについてどのように考えるか。私たちが使っている用語や定義を見直し、より理解しやすいように改定する必要はあるだろうか。
(答5)それは素晴らしい論点だと思う。私の講演でもそれを扱うべきだった。というのも、それこそが公衆衛生学の専門家らがしていたことの一つだったからである。彼らは常にわかりやすくて明確であり、一般用語を使って専門的情報を伝えていた。彼らは大抵の時間を使って疫学的な進展や遺伝学・生化学のプロセスの発展についてとりあげて、ワクチンがどのように作用するのかを説明していた。技術的に正確で、独自の用語や定義があることが当然の科学的言語から、彼らが伝えようとしている科学的な情報を正確に届けるために理解しやすい一般的な表現への忠実な翻訳に彼らは成功していた。私たちの多くは専門用語を多用するという罪を犯しており、複雑な考えを直接的でシンプルな言葉で伝えることができるという知識人をあまり評価していないと思う。特別な意味を持つ用語が存在することはたしかだが、あなたがその用語を使用すると、人々を混乱させ、さらにその用語を説明しなければならなくなる。コミュニケーションの明瞭さや、言葉のわかりやすさを重視するという考えは非常に重要だと思う。専門用語をできる限り避けて、専門用語をわかりやすく説明することができないのであれば、はじめから明確でわかりやすい用語を使って、専門用語を使わない方が合理的である。


(問6)ポピュリズム刑事政策時代における犯罪率の低下についてどのような説明ができるか。
(答6)良い質問だ。2つの異なる種類の現象がある。ポピュリズム刑事政策の時代、これは何を指しているのか。私たちがポピュリズム刑事政策時代について語る時、概して、政策的議論のスタイルの変化について語っている。これは「スリーストライク法 three strikes and you’re out」「真実量刑 truth in sentencing 」「ミーガン法 Megan’s law」というような対策や法律の規定であり、ポピュリストの議論のスタイルがこうした法律の制定の成功をもたらしたのである。なぜ犯罪が増えるのか/減るのかという問いは、一般的にこうした変化とは別物であり、ポピュリストが問題にするようなものとは関係のない要因によって説明される。犯罪を減少させるメカニズムは警察活動の変化や逮捕の可能性の変化などと関係がある可能性があるかもしれないが、再犯者に対する重罰化と関係があるとは思えない。言い換えれば、犯罪率に影響を及ぼすプロセスは、言説の一形態としてのポピュリズム刑事政策という現象や、それによって制定されたポピュリズム刑事政策的な法律は全く異なるのである。犯罪が発生しそうな状況で、専門家の意見がその発生を防止するのに十分な働きをしないように思われる場合、ポピュリズム刑事政策が行われる可能性が非常に高い。これが1990年代に犯罪率が上昇してポピュリズムの言説による政治が可能になったときに起こったことであると私は考えている。しかし、そこに因果関係が存在するとは考えていない。したがって、ポピュリストの言説がいくつかの法律を生み出すときに、犯罪率が下がるとは思わないし、別な何かが存在すると思う。


(問7)犯罪学と健康科学にはいくつかの違い、とくに2つの違いがある。一つ目に、社会科学や犯罪学よりも、健康科学はずっと長い歴史がある。二つ目に、健康とは何かということについて、健康科学は普遍的な合意を得ている。身体の健康と社会の健康は全く異なる。世界をどうやって管理すべきかということについては、常に意見の相違や規範的な問題がある。そうしたことが、健康科学と犯罪学の間の類似性を問題のあるものにしていないだろうか。
(答7)あなたの質問の前提は正しいと思う。しかし、公衆衛生学が他の考慮すべきことを完全に無視して国民の健康を最大化するためだけに尽力しているとは思わない。言い換えれば、公衆衛生学は、社会の中での人間の活動や社会的娯楽をできるだけ阻害しないようにしながら、私たちの身体的健康を最大化しようとしている。概して、犯罪学は犯罪の理解とコントロール、犯罪被害の最小化に寄与したいと考えているが、もちろん完全にコントロールしようとするのではなく、もし弾圧的な刑罰の方法をとるのであれば、それによって犯罪を完全に抑止しようとはしないというのが犯罪と犯罪学者との関係である。したがって、公衆衛生学には公衆衛生を促進しようという同意はあるが、すべてを犠牲にしてというわけではなく、犯罪学には犯罪を減少させようという同意はあるが、こちらもすべてを犠牲にしてというわけではない。その意味では類似性がある。健康な身体とはどういうものか、健康な社会とはどういうものかということについての合意のレベルという点で公衆衛生学と犯罪学とでは大きく異なっているというあなたの意見には同意する。しかし、公衆衛生学がしていることと、犯罪学がしていることの間には、類似性が存在する。公衆衛生学も犯罪学も、身体や社会の健康を改善したいと思っているが、すべてを犠牲にしてというというわけではなく、健康を生み出すための代償あるいは、犯罪をコントロールすることに伴う他の価値を考慮しながら、バランスを保とうとしているのである。

(文責:ディビッド・ブルースター/協力:浜井 浩一)

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◎本大会の成果については、犯罪学研究センター特集ページ「アジア犯罪学会 第12回年次大会(ACS2020) プログレスレポート」で一覧できます。
なお、ゲスト・スピーカーのAbstract(英語演題)はオフィシャルサイト内のPDFリンクを参照のこと。
ACS2020 Program https://acs2020.org/program.html


*アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)
マカオに拠点をおくアジア犯罪学会(Asian Criminological Society)は、2009年にマカオ大学のジアンホン・リュウ (Liu, Jianhong) 教授が、中国本土、香港、台湾、オーストラリアなどの主要犯罪学・刑事政策研究者に呼びかけることによって発足しました。その使命は下記の事柄です。
①    アジア全域における犯罪学と刑事司法の研究を推進すること
②    犯罪学と刑事司法の諸分野において、研究者と実務家の協力を拡大すること
③    出版と会合により、アジアと世界の犯罪学者と刑事司法実務家のコミュニケーションを奨励すること
④    学術機関と刑事司法機関において、犯罪学と刑事司法に関する訓練と研究を促進すること
このような使命をもつアジア犯罪学会は、現在、中国・香港・マカオ・台湾・韓国・日本・オーストラリア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・アメリカ・スイス・パキスタン・インド・スリランカなどの国・地域の会員が約300名所属しており、日本からは会長(宮澤節生・本学犯罪学研究センター客員研究員)と、理事(石塚伸一・本学法学部教授・犯罪学研究センター長)の2名が選出されています。