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2021.09.22

「第1回 刑務所と芸術研究会」開催レポート【犯罪学研究センター】

日本の矯正施設における芸術活動を阻む壁は何か

【ポイント】
・諸外国では、受刑者の芸術活動が盛んに行われており、教育や社会復帰につながるものとされたり、あるいは、そうした活動や作品が広く社会に公開されることで、社会における犯罪や刑事司法をめぐる問題を問い直す場を生み出すなど、さまざまな捉え方がある。
・しかし、日本の矯正施設(特に刑務所)は、応報的な刑罰のためにあるという社会認識のためか、ある種の余暇活動とも思われる表現活動はあまり注目されてこなかった。
・日本の矯正施設において芸術活動をしていくには、どのような法的な壁、あるいは施設管理・運営上の壁があるのか? 第1回研究会では、文化政策や刑事政策の専門家、矯正施設の現場の実務者、弁護士の4名のコメンテーターと議論を展開。

龍谷大学 犯罪学研究センターは、2021年9月から「刑務所と芸術研究会」の実施に協力しています。本研究会主催者の風間勇助 氏(東京大学大学院博士課程2年/犯罪学研究センター嘱託研究員)は、「刑務所と芸術」をテーマに、アートマネジメントの観点から、刑務所(矯正施設)の内と外との対話の回路をどのように作りうるのかについて研究しています。

9月12日(日)に実施した第1回研究会では、「矯正施設における芸術活動を阻む壁は何か」をテーマに、“文化権”や“(現行制度上の)国民と人権”、“色鉛筆訴訟”、“社会化とノーマリゼーション”などのトピックについて、多様な報告が行われました。

実施概要: (>>EVENTページ
■第1回 刑務所と芸術研究会「刑務所と芸術を考える‒‒阻む壁、実践、社会的意義」

日時:2021年9月12日(日)14:00〜16:00
テーマ:「矯正施設における芸術活動を阻む壁は何か」
【話題提供者】:
風間勇助(東京大学大学院博士課程2年/犯罪学研究センター嘱託研究員)
【コメンテーター】:(五十音順)
・石塚伸一さん(龍谷大学法学部教授、犯罪学研究センター長、弁護士)
・黒原智宏さん(弁護士、色鉛筆訴訟の代理人)
・中島学さん(札幌矯正管区長)
・中村美帆さん(静岡文化芸術大学准教授)


下記は、当日の話題提供および報告の要旨を抜粋したものです。

■風間氏による話題提供:


風間氏の報告スライドより

風間氏の報告スライドより

第1回の企画趣旨として、日本における「文化権の保障の可能性」*1を挙げ、「矯正施設の被収容者をとりまく法律、法的身分の違い」を説明したあと、「日本の刑務所における表現活動の環境上の課題(阻む壁)」として、①表現の機会・②伝達(コミュニケーション)の機会・③学習の機会の3側面から現状を紹介しました。
その上で、コメンテーターの4名に対し、「文化権の保障を阻む壁は何か」というテーマに関連して、それぞれの専門領域からのコメントを求めました。

■中村准教授による報告:
『文化政策研究からみた「文化権」「刑務所」「芸術」』

はじめに、文化権(cultural right)について、国際社会で発展してきた歴史や日本における条文の問題点にふれ、その意味合いによって「自由的文化権」と「社会的文化権」などの要素で構成されると説明しました。そして、議論の前提として、「人権の保障=自己実現」ではなく、人権が保障されることで自己実現を考えられるようになること。すなわち、自分がどう生きたいのか、何をしたいのかということを考えられるようになるのが重要だと述べました。その上で、刑務所(矯正施設)において文化権が認められうる理由として、単に「文化権保障の重要性」に焦点を絞った議論だけでなく、「何が阻まれているか(制度に由来する環境の制限)/何が足りないか(個々の被収容者にとっての不足)」という視点で捉えていく必要性に言及しました。
中村准教授は、研究会の総括として、多文化共生が謳われる社会における「国民」という言葉の重さについて改めて強調しました。また、「関わる職員の感度・予算の裏付けの透明性・アカウンタビリティ(説明責任)」など、文化政策研究やアートマネジメントと、矯正施設での取り組み・刑事政策には共通点が多く、いずれも社会全体の課題ではないか、とコメントしました。

■黒原弁護士による報告:
『拘置所内で色鉛筆の使用ができなくなった33歳の死刑囚の訴え(色鉛筆訴訟)』

2021年7月30日、拘置所内で色鉛筆の使用ができなくなった33歳の死刑囚である奥本さんが、「色鉛筆を使えるようにして欲しい」と、拘置所から国に訴えを起こしました(通称:色鉛筆訴訟)*2。黒原弁護士は、これまで死刑囚との面会などを通じて裁判のやり直しを求める活動に関わっており、この色鉛筆訴訟の代理人弁護士も担当しています。
奥本さんは、宮崎市で2010年に同居家族3人が殺害された事件で殺人などの罪に問われ、2014年に最高裁において死刑判決が確定しました。奥本さんは、第一審(裁判員裁判)の判決確定後から色鉛筆を用いた作画を開始し、のちに「奥本さんとその家族を支える会オークス」が奥本さんの絵をもとに絵葉書セットやカレンダーなどを製作販売し、その収益を被害弁償金の一部として遺族の方に届けることを開始しました。
黒原弁護士は、奥本さんとの関わり合いの中で「拘置所という隔離された空間にあっても、表現とそれに対する反応は、彼の生活の一つの喜びであり、被害弁償の目的からみても、自己実現につながっていたことは疑いようがない。作画という行為を通じて、罪と向き合ってきたのではないかと感じた」と言います。さいごに「寂しい言い方をすると、日本国において確定死刑囚は、はたして一国民構成員として考えられているのだろうか。刑務所の被収容者や未決者と同様の権利保障の是非を指摘する声があるだろう。しかし、表現物を発出し、他者からの反応をもらうことでコミュニケーションが成り立つ。コミュニケーションを通して他者へのプラスの影響があるとすれば、それは価値があることだ」と述べ、奥本さんに再び色鉛筆を手にとって作画に向かってもらえるよう、10月から始まる訴訟に向けた準備を進めていくことを報告しました。

■中島氏による報告:
『矯正施設の管理上生じる制限(壁)とは何か』

はじめに、「矯正施設の目的は、被収容者が社会に戻って、社会の一員として、再犯をしないで生活をし続けられるようなサポートをすべきでないか」との考えを示しました。
その上で、日本の矯正施設における個々の受刑者や在院者に対する制限は、「施設の管理運営」、「施設内の規律秩序の維持」、「少年の場合は本人の健全育成、受刑者の場合には矯正処遇の適切な実施」といった大きく3つの視点で制限を課していく形になると説明。また、矯正施設の機能を「□(四角)/○(丸)/△(三角)」で表現しました。□(四角)は施設の管理運営を指し、施設全体を守るという意味で使われるので、例えば火事を出さないことや伝染病の予防などが含まれます。つぎに、○(丸)は規律秩序の維持を指し、人と人との関わりを想起させます。この丸が崩れてしまうと×になってしまうので、丸をどう維持するのかが大切です。そして、△(三角)は個々のニーズや全体の状況です。「□(四角)/○(丸)/△(三角)」。これらの機能をバランスよく調整しながらの、矯正施設の管理運営、そして施設の中での矯正処遇・矯正教育の実施がどれだけ困難性を帯びているものかということが少しでも理解いただけるのではないか、と参加者に現状を報告しました。
この3つの機能や制限の上で、中島氏自身は「介入」「関与」という2つ関わり方、いわゆる処遇がなされているのではないかと整理しました。「介入」は、施設側が主体となって受刑者に(管理運営上や規律秩序の維持の必要性に応じて)強制的に実施すること。「関与」は、相手のニーズに応じてどう対応していくかということで、これは三角に比重が置かれています。
矯正職員が介入をする場合には、「□(四角)/○(丸)/△(三角)」の視点から目的性等を比例原則によって判断しますが、関与については施設長の裁量権に拠るところが大きいことから、矯正施設ごとにクラブ活動の数や内容が異なります。それはある種のニーズに対応してきたからであり、三角や丸にかかる部分に関しては、背景に施設それぞれの独自性があると説明しました。
中島氏は、研究会の総括として、「刑務所や少年院のクラブ活動は、塀の中で行われるものではあるものの、そこで得られた知見には社会にも還元できるものがあると思う。中には、社会のさまざま人たちの生きづらさや困難性などに応答しうるものもあるのではないか。今日の研究会を通じて、塀がありながらもそれを越えたところで、相互の成長や逸脱の解消のようなものが図れるような働きに関与したいという思いを強くした」と述べました。

■石塚教授による報告:
『改善更生と再社会化 〜自由刑の純化〜』

「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」には、処遇の原則が規定されています。石塚教授は、受刑者は「改善更生の意欲の喚起と社会生活に適応する能力の育成を図る(同法30条)」という点が、死刑確定者は「心情の安定」(同法32条)という点がキーワードとなると説明。受刑者には、自覚と自主性という姿勢まで求められていますが、このようなところに一つの限界が生じます。つまり収容者の主体性が育まれる環境でないと、改善更生はおろか社会生活に適応することはできないのではないか、という点を指摘しました。
石塚教授は、「ノーマライゼーションの視点、すなわち、刑務所の内と外(社会)の環境を近づけることで、施設内で制限されているいろいろな権利保障のあり方を考えることが大事だ」と主張。その理由は、あまりにも外と違うような習慣を刑務所で身に着けてしまうと、出所後、再社会化する時に受刑者に悪影響を及ぼすからです。あらゆる規則によって行動が逐一統制される、刑務所の生活様式が人に及ぼす影響はそれほど深刻です。
そして、「犯罪からの立ち直りには、社会に適応できるよう個々人の回復能力を強化していくことが求められている。主体的に行動することが権利として保障されること。それこそ、刑務所の内と外にいる国民が等しく、国に対して求めていることではないか」と述べました。
石塚教授は、死刑廃止を前提とした終身刑の導入についても賛成する数少ない刑事法の学者です。研究会の総括として、「“一生刑務所にいるということは、その人の生きる希望を失うことだから、それは時間をかけた死刑と同じだ”と言う人がいる。しかし、社会から隔絶された環境でも、生きているからこそ感じられることがあるはずだ。その感情こそが表現や他者への伝達に繋がり、波紋のように広がっていく。罪を償わなければならないけれども、どんな環境でも人が生きていてくれるということを、みんなが大切にする社会が良いなと思う」と期待を込めてコメントしました。


写真:上段左より風間氏・石塚教授・中島氏/下段左より黒原弁護士・中村准教授

写真:上段左より風間氏・石塚教授・中島氏/下段左より黒原弁護士・中村准教授


研究会終了後のアンケートでは、参加者から次のようなコメントが寄せられ、これからの日本の矯正施設における芸術活動を考える上で、さまざまな波紋が広がっています。

参加者の声(一部抜粋):
・権利が制限されている受刑者の更生・支援に、文化権をどう根付かせ国民の理解を得るか、また、文化権など権利の問題について考えることは、社会の問題になっていくという視点がおもしろかった。
・犯罪者に対して他と比べた異質さにフォーカスした報道が目立つように感じる。確かに犯したその罪は許されきれないことだと思うが、今日、受刑者のアートに取り組む姿勢にクローズアップした話を聞いたことで、そのひたむきな姿勢と作品は「普通」「正常」とされる私たちとそう変わりないように考えさせられた。
・「芸術」ってそもそもなんなのか?と考えた時、やはりその人が生きることそのものだったり、時には生きる糧になったりもするものだと思う。矯正施設の人と共に行う「芸術活動」というのは、やはり彼らもみんなと同じ人間であり、生きることを肯定される存在であることを、改めて認識する場であるとも感じる。


第2回 刑務所と芸術研究会は「実践:刑務所の文芸作品コンクールとは」をテーマに9月26日(日)、第3回 刑務所と芸術研究会「社会的意義:アートプロジェクトとしての“プリズン・アート”?」をテーマに10月9日(土)に行われます。
この問題に興味のある方はどなたでも、どの回からでも参加可能です。ぜひふるってご参加ください。

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【補注】
*1 文化権:
文化芸術基本法の基本理念では、「文化芸術を創造し、享受することが人々の生まれながらの権利」であることから、あらゆる人々が文化芸術にアクセスできるよう、国はその環境整備を図ることが明記されているが、矯正施設の被収容者は法的な身分が異なるため、その権利がどのように保障されうるのかについては、さまざまな議論・解釈がある。
参照:文化庁 文化芸術基本法 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/kihon/geijutsu_shinko/index.html

*2 色鉛筆訴訟:
死刑確定囚を含む被収容者が、収容施設内においてどのような生活行動ができるかは、「刑事 収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」、「刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則」に定められている。そして、この法律・規則を実施するために法務省が定めた「被収容者に係る物品の貸与、支給及び自弁に関する訓令」が存在する。
この訓令に基づいて、奥本さんは、これまで、色鉛筆(多色セットを含む)及び鉛筆削りについて、自弁(=自ら購入)して、自らの所有物品として使用することができていた。その色鉛筆は24色からなり、筆圧の強弱を使い分けて色の濃淡を出すことができたほか、重ね塗りをすることで中間色を生み出すことができ、 奥本さんの作画活動の前提をなしていた。しかし、鉛筆削りで自殺者が出たことを契機に、今年2月から未決及び死刑確定の鉛筆削り、色鉛筆の房内所持が認められなくなった。それを受けて、2021年7月30日、奥本さんを原告に、色鉛筆と鉛筆削りの使用を禁止する訓令の取消し及び色鉛筆と鉛筆削りを使用できる地位の確認を求めて、東京地方裁判所に訴訟を提訴した。