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2021.10.20

【河合潤教授(京都大学)に聞く】和歌山カレー事件と『鑑定不正』連続研究会を開催【犯罪学研究センター】

裁判官は、科学者の不正を見抜くことができるのか?

【ポイント】
・1998年7月に和歌山県で発生したいわゆる「和歌山カレー事件」の再審請求の中で最も重要な争点になってきたのは、有罪の決め手とされた「ヒ素の鑑定」の正確性と死因に関わる証拠
・河合潤教授は、本件の再審請求の段階でこれらの科学鑑定のデータを検討して意見書を提出し、これらの意見書をまとめて著書『鑑定不正―カレーヒ素事件』(日本評論社・2021年8月)を出版。河合教授は意見書、著書の中で本件における多くの「鑑定不正」を指摘
・第1回研究会では著書の内容紹介を含む本件の「鑑定不正」の実態を取り上げ、第2回研究会では参加者からの質問に回答

龍谷大学 犯罪学研究センターは、2021年9月17日18:00より「【河合潤教授(京都大学)に聞く】和歌山カレー事件と『鑑定不正』第1回研究会「河合潤『鑑定不正』の紹介」、2021年9月24日18:00より「【河合潤教授(京都大学)に聞く】和歌山カレー事件と『鑑定不正』第2回研究会「河合潤、読者の質問に答える」をオンライン上で開催しました。
一般の方、研究者、実務家、メディア関係者など、第1回、第2回研究会でのべ約220名が参加しました。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9184.html

実施概要:
■第1回研究会「河合潤『鑑定不正』の紹介」
日時:2021年9月17日(金)18:00-19:30
内容:
・企画の趣旨と著書紹介:石塚伸一(本学法学部教授、犯罪学研究センター長、弁護士)
・著者講演:河合潤(京都大学大学院工学研究科教授)
・質疑応答
※終了後にWEBアンケートを実施(本の感想と質問)
■第2回研究会「河合潤、読者の質問に答える」
日時:2021年9月24日(金)18:00-19:30
内容:
・経緯とアンケート紹介
・著者による回答
・総括



◆企画趣旨
まず石塚伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長、弁護士)より企画趣旨の説明がありました。
和歌山カレー事件は、1998年7月、和歌山県の自治体主催の夏祭りで提供されたカレーを食べた住民のうち4名が死亡、63名が重症、後遺症が残った方もいた事件です。本件で被告となった林真須美さんは、2002年の和歌山地裁での第一審で死刑判決を受け、2005年の大阪高裁での第二審では控訴棄却、2009年の最高裁で死刑判決が確定しました。石塚教授は、これまで刑事司法における科学の役割に関する研究を行っており、林さんの弁護団には最高裁の段階から加わっています。

本件では、林さんが青色の紙コップに亜ヒ酸を入れて、それをカレー鍋の中に入れたとされました。林さんの夫が以前シロアリ駆除業者であったことから、確かに林さんの関連場所にはヒ素がありました。しかし、そのヒ素がカレー鍋に混入されたものと同一であるといえるのか、また同一だったとしても、林さんがそのヒ素をカレー鍋に混入したといえるのかを明確に示す証拠が必要です。そのため、①林さん関連のヒ素と用いられたヒ素が同一物であるとする鑑定、②林さんの毛髪から亜ヒ酸が検出されたとする鑑定が証拠採用され、③「林さんがコップを持って鍋に何かを入れたら湯気が出て、のけぞった」という証言からカレー鍋に混入した際にヒ素が頭髪についたことが認定され、有罪判決が下りました。
本件裁判のポイントとして、法律審である最高裁で事実鑑定にまで踏み込んでいる点があります。最高裁は、上記の証拠・証言から①カレー鍋に混入されたヒ素と組成上の特徴を同じくする亜ヒ酸が被告人の自宅等から発見されていること、②被告人の頭髪からも高濃度のヒ素が検出されており、その付着状況から被告人が亜ヒ酸を取り扱っていたことを推認できること、③夏祭り当日、消去法的に被告人のみがカレーの入った鍋に亜ヒ酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋の蓋を開けるなどの不審な挙動をしていたことが目撃されていたこと、それらを総合することで合理的な疑いを差し込む余地のない程度に証明されていると認められるという事実認定を行いました。この①は、科警研の異同識別鑑定、中井泉教授のSPring-8による鑑定、谷口一雄教授・早川慎二郎助教授による職権鑑定という3つの鑑定、②は山内博助教授(当時)の鑑定、中井教授の鑑定という2つの鑑定によって、それぞれ裏付けられているとされました。
河合潤教授(京都大学大学院工学研究科)には本件の再審請求段階から協力を仰ぎ、この①と②の点について鑑定意見書の作成を依頼しました。
今回、河合教授が出版した『鑑定不正―カレーヒ素事件』には、この意見書の内容が紹介されています。

◆著者講演
つぎに河合教授より著書の内容に関する講演が行われました。

全体の構成 『鑑定不正』は、「カレーヒ素事件は不正な鑑定による冤罪事件だ」という結論を出した本です。林真須美死刑囚の存在は、司法やマスコミがこうした不正な鑑定についてどう扱っているのか、学会は真面目に取り上げようとしているのか、ということを判定するリトマス試験紙だ、と考えています。
本書は全8章構成で、1章は裁判の経過、2章は2017年の再審請求で亜ヒ酸の異同識別鑑定が信用できないものだと認められ、大きな転換を迎えた和歌山地裁決定を解説しています。
さらに、この点を詳しく述べたのが3章の「亜ヒ酸は同一ではなかった」です。科警研は鑑定のなかでいろいろなトリックを使っていました。しかも亜ヒ酸は希少なものではなく、同じ製造会社製の別のドラム缶を入手してそれを分析していたこともわかっています。この章では、実は科警研が林さん関連のものとカレー鍋から検出されたものを分析して「亜ヒ酸は同一ではなかった」ということを知っていたことを明らかにしています。さらにほかの鑑定人の用いた分析方法も、亜ヒ酸が同一か同一でないかを鑑定できるような精度がなかったということなど、トリックをひとつひとつ暴いています。
4章は「科警研鑑定と中井鑑定の関係」についてです。中井鑑定はSPring-8を使っての鑑定でしたが、これは鑑定可能な精度がなく、科警研鑑定をカンニングして鑑定書を作成したということを指摘しています。
6章は「林真須美頭髪鑑定の問題点」です。頭髪は聖マリアンナ医科大学の山内助教授(当時)と、東京理科大学の中井教授の2人が分析したところ、両方の鑑定結果が一致しました。この一致によって、確かに林さんの頭髪にヒ素が外部付着していて、それが林さんがヒ素を扱っていたという動かぬ証拠だと理解されました。しかし、山内鑑定には大きくいうと4つのごまかしがありました(このごまかしは後述)。また中井鑑定はX線分析を行いました。分析の際、X線が強く出る部分に鉛を貼っておくのですが、鉛のほうを測定してしまっており、さらにその誤りを選択励起、つまり故意に鉛をヒ素だとして鑑定したということを指摘しています。
3章と6章が少し難しい内容ですが、要は両方とも実は鑑定人による意図的な過失だったということを指摘しています。3章はこれまでにいろいろなところで紹介していますので、今回は6章を紹介します。

6章「林真須美頭髪鑑定の問題点」 大阪高裁が2020年3月24日に出した再審請求の即時抗告棄却の決定文には、「超低温捕集―還元気化―原子吸光法より林真須美の頭髪中砒素濃度を分析する際に頭髪中の5価砒素が3価砒素に還元されることはなく」と書かれています。3価のヒ素というのが亜ヒ酸、5価のヒ素というのがヒ酸ですが、私は意見書で、これは5価の砒素が3価の砒素に還元される分析方法であるから、3価が見つかったといっても、3価が頭髪に付いていたという証拠にはならないと述べました。ところが、大阪高裁は、「5価砒素が3価砒素に還元されることはなく」といって、3価が検出されたからには絶対、3価が付いていた、だから再審請求をする必要はないと、決定を出したわけです。還元気化というのは還元する分析方法です。確かに還元という言葉にはいろんな意味がありますが、もし違う意味であれば、その意味ではないということを書かなければならない。大阪高裁はその説明もなく、この分析方法では還元されないと断言しました。これでは、日本語が矛盾しています。
また分析する際、頭髪50mg(15cmの頭髪にすると50本程度)を水酸化ナトリウム溶液に溶かして、3時間加熱分解して、それを検液とした、と鑑定書には記載されていました。3価ヒ素は水酸化ナトリウムで煮て溶かしてしまうと、5価になります。仮に林真須美の頭髪に3価ヒ素が付着していたとしてもそれは、水酸化ナトリウムで煮てしまうと5価になってしまいます。つまり、何も実質的な分析をしていなかったっていうことがわかります。
さらに鑑定書のヒ素濃度は検出下限に達していませんでした。実は感度が不足していて、何も検出されていなかったはずなのです。

※第1回研究会の記録動画は、当センターのYouTubeチャンネルで公開しています。
https://www.youtube.com/watch?v=4u86PMWLnlw


河合潤教授(京都大学大学院工学研究科)


石塚伸一教授(本学法学部)と河合潤教授(京都大学大学院工学研究科)

第1回の研究会の終了後、参加者にwebアンケートへの回答を求めました。このアンケートで寄せられた河合教授への質問は、2021年9月24に実施した第2回研究会「河合潤、読者の質問に答える」にて河合教授が回答しました。
参加者から寄せられた質問には、「鑑定に争いのある事件では、先生がなさったように、鑑定人による過去の論文等も含め、詳細に当人の主張をチェックする必要があるのだと理解しました。たとえば、今回の鑑定のような論文が科学雑誌に投稿されてきた場合、査読ではじかれる可能性は高いでしょうか?それとも、裁判では、特に詳細に調べる必要があるということになるでしょうか。今後、鑑定一般の評価にあたり、科学界の査読を想定しておけば大丈夫なのか、より深い検討が必要となるのか。」「科学的な証拠について専門的な知識を持たない裁判官や裁判員が不正な証拠に騙されないようにするためにはどうしたらよいか、お考えをお聞かせいただけると幸いです。」などがありました。
第2回研究会の記録動画も、当センターのYouTubeチャンネルで公開しています。詳しくはこちらの動画をご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=WbryrMBDOQQ