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2021.11.09

犯罪学研究センター公開研究会「グッドライフモデルに関する調査報告会」開催レポート

最先端の理論に基づく矯正処遇の可能性

【ポイント】
・再犯リスクの管理よりも本人の「よき人生」に着目した犯罪者処遇理論である「グッドライフモデル」を日本に導入する可能性について検証。
・受刑者や刑務所から出所した人の社会復帰をサポートしているNPO法人と共同で、これまで類をみない手法によるアンケート調査を実施。
・受刑中の人たちは、一般社会にいる人たちに比べて、過去に「よき人生」をおくることに困難を抱えており、また将来は「よき人生」を送りたいと考えていることがわかった。

2021年10月29日、龍谷大学 犯罪学研究センターは、「CrimRC公開研究会」をオンラインで開催し、約50名が参加しました。今回は、相澤 育郎氏(立正大学・法学部・助教、犯罪学研究センター嘱託研究員)より「グッドライフモデルに関する調査報告」がおこなわれました。報告の後には、同調査報告の意義について、参加者を交えて、犯罪学理論から調査手法を中心に意見交換がなされました。
【イベント概要>>】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9245.html


相澤氏の報告スライドより

相澤氏の報告スライドより


石塚 伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長)

石塚 伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長)

報告に先立ち、石塚伸一教授(本学法学部、犯罪学研究センター長)より趣旨説明が行われました。石塚教授は「外部から刑務所に収容されている者を対象としたアンケート調査をすることは非常に難しい。実務家でない外部の研究者による調査がおこなわれるのは極めてまれである。過去に龍谷大学矯正・保護総合センターがおこなった宗教教誨の調査*1の際は、矯正協会*2と共同研究という形式をとり、調査の実施にあたっては法務省との交渉に1年半あまりを要した。その意味で今回の調査手法は画期的であり、研究手法の可能性を広げるものである」と調査の意義を強調しました。

■報告「日本におけるグッドライフモデルの適用可能性:NPO法人マザーハウス*3と共同で行った調査結果から」*4
はじめに相澤氏は「私が犯罪をした人の処遇に関する考え方の枠組みとしてグッドライフモデル(Good Lives model)をテーマに研究していた折、NPO法人マザーハウスの五十嵐氏との対談の機会を得た*5。その後、五十嵐氏から、グッドライフモデルの視点をマザーハウスの活動に取り入れたいと考えており、マザーハウスが刑務所へ送付している刊行物『たより』にアンケートを同封し、実態調査をしたいという提案を受けた。そこで、グッドライフモデルは日本でも応用できるのかというリサーチクエスチョンを設定し、法と心理学会の若手研究者3名*5と共同で実施した」と調査に至る経緯について紹介。
続いて、2000年代初頭から注目されている2つの処遇モデル(「グッドライフモデル」、「RNRモデル」)の内容を確認*6。相澤氏は「RNR(Risk Need Responsivity)モデルは、強固なエビデンスに支えられ世界的に普及しているが、一方でRNRモデル単体での限界も指摘されてきている。それは①再犯防止(回避目標)に着目しすぎて、処遇をうける本人の意思(到達目標)を軽視しているのではないか、②犯罪をした人も罪を償えば1人の人間としてよき人生をおくる権利があることを見逃しているのではないか、というものである。近年では、RNRモデルと他のモデルを併用した犯罪者処遇が模索されており、そのような状況においてグッドライフモデルの矯正・保護への活用が注目されている。グッドライフモデルは、あらゆる人間は11の基本財のどれかを追い求めているという「一般的仮説」と、犯罪行為は、違法な手段で基本財を手に入れようとした結果であるという「原因論的仮説」、そして、犯罪者への処遇はそのような基本財を合法的な手段で獲得できるように、本人の能力を高めたり、環境を整備したりすべきであるという「実務への示唆」から成り立っている。基本財を求める点において同じ人間であるという一般的仮説が重要で、矯正処遇や支援のあり方も、受刑者本人が望む基本財を、社会に出てから適法な手段で手に入れることができるように、本人の能力や環境の整備に重点がおかれる。しかし、グッドライフモデルについても、性善説と予定調和的な世界観にたっておりエビデンスが弱いといった批判や、「よき人生」といっても、それは多数派の「よさ」を押し付けているに過ぎないといった指摘がある」とします。


相澤 育郎氏(立正大学法学部・助教、犯罪学研究センター嘱託研究員)

相澤 育郎氏(立正大学法学部・助教、犯罪学研究センター嘱託研究員)


相澤氏は、GLMの仮説検証を目的に、マザーハウスと協働でアンケートを実施。マザーハウスの公刊物『たより』に同封して、複数の刑事収容施設に質問表を送付した。また回収したアンケートから判明した年齢分布に応じて、調査会社を通じて一般市民に対するアンケートも重ねて実施し、被収容者と一般市民の回答結果を比較しました*7。その結果、受刑中の人たちは、一般社会にいる人たちに比べて、過去の基本財の獲得に困難を抱えていたこと、また同じく受刑中の人たちは、将来の基本財のk獲得に意欲的であることが明らかになりました。こうした結果は、日本においても一定程度、GLMの仮説を支持するものでした。さいごに相澤氏は今後の展望と課題について「今回はマザーハウスの協力を得て、被収容者へのアンケートの送付と回答を得ることができた。マザーハウスのネットワークが研究の大きなリソースになることを実感したものの、本来業務への影響を考えた場合、安易に依頼することはためらわれる。当事者を単なる研究の対象としてではなく、研究の協力者、主体者としてみるべきというLived Experience CriminologyやConvict Criminologyが海外では注目されているが、今後の日本にも求められていると思う。今回はアンケート送付等の事務手続きのみならず、作成過程においてもマザーハウスの関係者や支援者と協働して行うべきだった」と述べます。また、「回答してくれた被収容者にマザーハウスを通じて調査結果の概要版を礼状を添えて送付した。今後調査結果を踏まえた社会復帰ハンドブック(仮称)を作成予定である」と述べ、報告を終えました。
 


相澤氏の報告スライドより:調査の概要

相澤氏の報告スライドより:調査の概要


報告後、今回の調査手法やアンケートの回答結果を犯罪学理論からみてどのように解釈すべきか、について参加者を交えた意見交換がなされました。具体的には、刑事収容施設内にいる被収容者の外部交通*9の問題や、グッドライフモデルと他の犯罪学理論との比較、そしてグッドライフモデルは善き人生を送りたいという人の主体的な意識に着目する理論であるが、犯罪からの離脱研究(罪をおかした人の立ち直り)において研究者はどのように対象に向き合って研究すれば良いのか、など多岐にわたりました。

今回の調査に協力した五十嵐氏(NPO法人マザーハウス・理事長、当センター嘱託研究員)は「今回の調査をによっていま一度自分の人生を振り返り、受刑生活や社会に出てからの目標を考える良い機会になったのではないか」とコメントしました。
 

さいごに、浜井浩一教授(本学法学部)より「相澤さんが指摘したとおり、グッドライフモデルの一般的仮説で提示されている基本財がそのまま日本に当てはまるのかというのは疑問が残る。マートンが提唱するアノミー論における儀礼主義*10は、私がアメリカで犯罪学を学んだときには非常にネガティブな意味、社会に対する不適用の事例として紹介されていた。このように日本社会と西洋社会は、状況や文化が異なるために前提仮説が当てはまらない状況が生じる。


浜井 浩一教授(本学法学部、犯罪学研究センター国際部門長)

浜井 浩一教授(本学法学部、犯罪学研究センター国際部門長)

日本版グッドライフモデルというものを考えなければならないのかもしれない。今回の調査手法は画期的であるが、属性データが少ないため、いろんな仮説がなりたつものの、検証が困難であるのが残念だ。グッドライフモデルに関心を持つ実務家は多い。今回の調査をパイロット調査として方向性を整え、実務家の協力も得て今後も研究が推進されることを期待する」とコメントが寄せられ、研究会は終了しました。


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【脚注】
*1 下記の文献を参照のこと。
赤池一将=石塚伸一(編)『矯正施設における宗教意識・活動に関する研究−その現在と歴史』(日本評論社、2011年)

*2 公益財団法人矯正協会:
明治21年に創立された「大日本監獄協会」を前身とする、矯正に関する学術の発展と普及啓発を図るとともに、矯正行政の運営に協力し、もって犯罪及び非行の防止に寄与することを目的とした諸活動を行っている民間団体。
http://www.kyousei-k.gr.jp/

*3 NPO法人マザーハウス:
受刑者・元受刑者の社会復帰支援を行う団体として2012年に設立(NPO法人化は2014年)。理事長をはじめ、スタッフにも刑事施設経験者が多い。同団体は、当事者視点・当事者体験に基づく活動を広く行っている。
https://motherhouse-jp.org/

*4 本研究会の報告は、アジア犯罪学会第12回年次大会において報告されたものをもとにしたものである。
[参照]ACS2020Program[PDF]
IP-099 :Assessing the Good Lives Model in the Japanese context: Findings from the Primary Human Goods Survey of prisoners in Japan.
Ikuo AIZAWA(Rissho University), Tomoya MUKAI(Tokyo University), Yui FUKUSHIMA(Nihon University), Shigeru IRIYAMA(Toyo University)
また、本調査はJSPS科研費(19K13545)の助成により実施したものであると相澤氏は紹介。

*5 【インタビューレポート】「良き人生を生きる〜マザーハウスが実践するグッドライフ・モデルの可能性」(2020年4月20日)
https://motherhouse-jp.org/20200420interview/ (NPO法人マザーハウス)

*6 相澤 育郎(立正大学)、向井 智哉(東京大学法科大学院)、福島 由衣(日本大学)、入山 茂(東洋大学)の4名による共同研究

*7[参考文献]グッドライフ・モデルとRNR理論
相澤育郎『新旧犯罪者処遇モデル論争:医療モデルvs.公正モデルからRNRモデルvs. GLモデルまで』(「人間科学のフロント」、立命館大学人間科学研究所、2016年)
https://www.ritsumeihuman.com/essay/essay397/ (立命館大学人間科学研究所)
相澤育郎「グッドライフモデルと犯罪・非行からの立ち直り」(『犯罪社会学研究』44巻、日本犯罪社会学会、2019年)11〜29頁
染田惠「犯罪者の社会内処遇における最善の実務を求めて : 実証的根拠に基づく実践の定着,RNRモデルとGLモデルの相克を超えて」(『更生保護学研究』1巻、更生保護学会、2012年)123頁〜147頁
https://www.kouseihogogakkai.jp/backnumber.html(更生保護学会HP、バックナンバー、公開論文)
→同HPでは、Tony WardとJames Bontaの寄稿論文(原文・翻訳)も公開されている。

*8 調査の詳細については、今後の相澤氏の論文を参照のこと

*9 外部交通(刑事施設収容者との手紙のやり取り)
「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、収用法)」、「刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則」では、被収容者との面会や、手紙・電報等のやり取りについて定め(外部交通)、一定の留保のもと手紙のやり取りが認められている。被収容者が外部から手紙を受け取る回数に制限は設けられていないが、被収容者からの発信については、被収容者の身分または受けている評価によって回数の制限が異なる(優遇区分制度)。また発信のための切手代等は原則として被収容者自身が負担しなければならない(収容法131条)。さらに手紙の内容を検査(収容法127条)されたり、発受を制限される(収容法128条)こともある。マザーハウス理事長の五十嵐氏より「84円切手を貼った返信用封筒を受刑者に送ったところ多くの刑務所で交付不許可になり、廃棄処分にされた」との情報が共有された。
[参照]刑事施設に収容されている被収容者との面会や手紙の発受等を希望される方へ(法務省)

*10 米国の社会学者であるR・マートン(Robert King Merton,1910 - 2003)は、「社会的理論と構造(Social Theory and Social Structure: Toward the Codification of Theory and Research, Free Press, 1949.)」において次のような理論を提示した。社会において人々が共通して求める目標を「文化的目標」、目標を達成する手段を「制度化された手段」、両者の関係を「アノミー」と定義する。アノミー状況におかれた人間は、次の5つのカテゴリーに分類される。①同調(文化的目標を合法的に達成する)、②革新(文化目標を合法的手段を用いずに達成する)、③儀礼主義(文化目標は放棄するが、合法的手段をとる)、④逃避(文化目標を放棄し、合法的手段にも従わない)、⑤反抗(文化目標それ自体を変えてしまう)。多くの犯罪は②、薬物犯罪は④、政治犯は⑤であるとされる。
[参考]
瀬川晃『犯罪学』(成文堂、1998年)85頁〜87頁
岡邊健(編)『犯罪・非行の社会学 常識をとらえなおす視座[補訂版]』(有斐閣、2020年)116頁〜119頁