学長法話

6月の法話 2011年6月24日(金)/瀬田樹心館


おはようございます。

授業や仕事の前にたくさんの方々がお参りいただきました。

私も4月の入学式にこちらに来させていただいて、久しぶりに朝8時に瀬田キャンパス内を少し歩きました。

清生としたとした空気の中で周りも随分小鳥も鳴いておりますし、私も奈良の山間部に住んでおり400メートル程の海抜がありますので空気もこの瀬田の空気とよく似ているなと思うとともに、まわりの小鳥の鳴き声もよく似ているなと感じます。

小鳥の鳴き声を聞きますと、これはどういう小鳥なのかというのは、だいたい勘所は掴んでおるのですが、久しぶりにこの瀬田の空気を感じ、大宮、深草と違った空気を吸いに戻るようなことでございます。

皆さんご存じの通り、今年は各真宗関係のご本山では親鸞聖人の750回の大遠忌が勤まっております。

私たちの大学にとりましては、ちょうど1961年という年が親鸞聖人の700回の大遠忌の法要の年でありました。その年が、同時に深草学舎で経済学部を開設した年にあたっているのです。

だから、私たちの大学の長い歴史を少し振り返ってみますと、約50年前までは文化系の単科大学として320年ほど歩んできた訳ですけども、ここ50年位の歩みの中で経済学部を皮切りに、経営学部、法学部ができ、その後、この瀬田の学部も350周年の記念の中で開設をして20数年経つと思います。

こういう歴史を辿りながら、私たちは一方では龍谷大学の歴史はなるほど今年が本願寺の学寮として開設をして、これが1639年ですから今年が372年という年にあたります。

そうすると、私たちの大学の中でもいろんな記録によれば、大学は今年は372年と言いますけれども、総合大学としての歩みの時間というのはある意味ではたかだか50年。また、理工系を含んだ大学としてはまだ20数年ということだと思います。

そういったことから考えると、やはり私たちの大学にとっては長きにわたって親鸞聖人の精神、建学の精神と言っておりますけども、これはいろんな言い方がありますけども、ただ簡潔に言えば、阿弥陀仏というはかることの出来ない光と命の仏さまの働きにそれぞれの時代の人たちが自らのあり方を深く問いかけ、問いかけるところに阿弥陀仏の光が既に私たちをして必ず、浄土に往き生まれさせたいという、阿弥陀仏の本願に帰依することを通して、代々の龍谷大学に縁ある人たち一人一人が人間のあり方、自らのあり方を深く問いかけて、この人生をどのように生きていくのかということを導かれていくというのが龍谷大学の長い縁あった方々の歩みではないだろうかと思います。

そのことがなぜ今日においても重要なのだろうかということを問題として立ててみた場合、通常の人間といいますか、普通の常識的なところで考えると、やはり私たちは、私というものを自明の前提として少し宗教観があると言われてみましても、それは仏とか神というものを自分の向こう側に置いて対照的に私と神仏を考えてしまう。そうするならば、そこには私というものが問われることが基本的にありませんので、どうしても人というのは自分を中心とした思い、あるいは自分を中心とした欲求というものを前提にした場合、その欲求なり欲望なり願望を何らかのできごとの中で満たしきれない、あるいは充足しきれないということに関わって神仏に向かってある意味では、祈祷してみたり、祈願をしてみたり、あるいはそういうことの中に占いがあってみたり、そのようなものが伴うわけですけども、そのようなこととして一般には宗教と見られるわけです。

しかし、本学の建学の精神というものを長く灯火としていくというのは、そういう向こう側にある仏さまとか、向こう側にある阿弥陀仏と受け取らないで、ここにいる私にすでに阿弥陀仏が働いているのだという受け止め方が重要なことではないかと思います。

そうであるならば、私たちは今の時代においては、なかなか生きがたいような面が多々あります。

それはどうしても現代社会というのはどこかで私をたてて、そしてまた、どこかで私たちはまた知識あるものとして、より知識を競ってみたり、そしてまた、私たちもどこかで自分の良さとか賢さとかそういうものを見せながら、ある意味では自分の弱さとか至らなさというものをなかなか表に出しにくい社会ですから、そういう社会であればあるほど、生きることは厳しくなるし苦しくなるという社会だと思います。

しかし、阿弥陀仏という仏さまとの出会いの中で私たち一人一人は、自らをよく見つめてみれば、これは親鸞聖人も既に語られていますように、「愚禿釈鸞」あるいは「愚禿親鸞」と、このように愚禿と名乗られていた訳ですから、それは私たちもどこかで自分の中に愚かさがあってみたり、至らなさがあるんだと、そういったことを見つめられるものというのが、人として生きていくうえで大切な根本的なみつめ方ではないだろうか。そうしてまたお互いが相互に見つめていく人間同士の間柄においてこそ、お互いが本当に信頼をしあって、そしてまた、お互いの愚かさというものも相互に認め合うことが人間としての社会は生きやすくなる、歩みやすくなるというようなことだろうと思います。

現代社会はなかなかこういう面を深く見つめることを喪失しているといいますか、希薄になっておりますために、かえって苦しくなっている、こういうことではないかと思います。

皆さんもご承知のとおり、民芸運動というビーズとか陶芸とか伝統的なそれぞれの藩が抱えているような陶芸家もいらっしゃいましたけれども、京都でも何代目という代を重ねる陶芸家もおられますが、柳宗悦という方(民芸運動で各地方地方の様々な美、または陶芸関係を見いだした方)の次のような短い文章を紹介いたします。

『ほとけ いずち おのれはいずこ』つまり、仏さまはどこにいるのか、汝、おのれはどこにおるのかというような短かいタイトルです。ある人が僧侶に「仏さまはどこにおられるんでしょうか」と尋ねた。そうすると、僧は即座に「お前はどこにいるのか」と反問した。誰でも仏といえば、すぐそれが誰で、どこにいるかと心に尋ねる。その居場所は繰り返す古い問いだといえる。だがこう問う私の居場所はいったいどこなのかと。まず、これを顧みずして仏の居場所などどれだけの意味が残ろうと。まして仏の居場所がどこであるのか、他にあるとすると私は去ることを問いだろうと。そして、はたと気づけば自分の居場所以外に仏の居場所などあろうはずはあるまい。私の居場所を突きつめるとき、仏の居場所を見いだすときとは同時であって、別時ではあるまい。私を離れたところには仏はないんだと。

こういう言い方で、私たちは普通常識的にいいますと、仏とかそういうものの尋ね方はどこか自分の外側に尋ねていくようなことが多いのではないかと思います。

しかし、柳さんという方は私がいるところにすでに仏がいるんだと、このようなおっしゃり方をしています。

この場合、文章を少し考えると先ほど申しましたように、阿弥陀仏の働きが今この私のいるところに既に働いて、それぞれ各自各自に届いている命というのははかることの出来ない光として命が働いているのであって、はかることの出来ない光として働いている命に対して、私たちの通常の思いを光り輝いている命にかぶせてしまうと、ついついその輝いている命に対しては曇りをかけてみたり、陰りをもたらしたりしてみて、働いている命のこの限りのない光の尊さというものについて、むしろそれを失わさせてしまうのではないか、と感じたりもいたします。

だから、私たちはこういう建学の精神という親鸞聖人の精神、教えをひとりひとりが十分に受け止めることを通して、同じ龍谷大学という環境の中で仕事をしていく、お互い同士ですのでそれぞれがそれぞれの尊厳というものを認め合って、そしてまた一人一人の優れた能力を発揮して、また、優れた能力を連結していくというところが大学としては大きな総合的な働きを発揮できるのではないかと私は思います。

私も4月に学長に就任してからその時に、対話のある大学運営ということを少し書いたことがあります。

対話のある大学運営というのは、それぞれの、一人一人の、尊厳というものを認め合いながらまた、それぞれの優れた能力というものを認め合いながら、また連結をして、対話を重ねて総合的な力として大学運営に臨んでいくということの一番の根幹、源はやはり建学の精神というものに基づかないと単なる能力の違いというものを競うだけの世界に職場というものが陥ってしまって、同じ職場にいるもの同士の出会いの喜びであるとか、同じ職場で働いている者同士の感じ方、喜びがむしろ失せてしまうのではないかと、このようなことをまた逆に懸念するところもございます。

そういった意味では私たちの大学は長きにわたって一般社会がいかような社会であろうとも、そういう社会のただ流れているような傾向とか、あるいは流行ですとか一般的な社会意識だけに流されず、きちんとした基軸としての建学の精神というものを持ってお互い同士がこの職場である大学の構成員として励んでいきたいなと、このように思わせて頂いたことでございます。

今日、皆さんと共に十二礼をお勤めさせて頂きながら、改めて今の社会のありようと共に私たちのありようも深く見つめさせて頂いて、それぞれがお念仏を申すというこの「南無阿弥陀仏」というお念仏も、これも端的にいうなれば親鸞聖人からいえば阿弥陀仏の働きが念仏なんですよという、こういう意味があります。

だから念仏を唱えるところに既に阿弥陀仏がこの私をして必ず浄土に往き生まれさせたいんだという働きをこの私の口から念仏として称えていくというようなことが大切なことだと、このようなこととして私たちは受け止めておることでございます。

お忙しい中、それぞれの仕事、あるいは講義の始まる前の時間、共々ご一緒に朝のお参りをさせて頂いたことでございました。ようこそお参り頂きました。

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