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2022.03.31

「ATA-net研究センター・ RISTEX事業最終シンポジウム」開催レポート【犯罪学研究センター共催】

〜回復支援のこれまでと現在、そして未来へ〜

 2022年3月15日、ATA-net研究センターは、犯罪学研究センターとの共催で「ATA-net研究センター・ RISTEX事業最終シンポジウム〜回復支援のこれまでと現在、そして未来へ〜」をハイフレックス形式(龍谷大学深草キャンパスとYouTube配信)で開催し、約95名(会場30名・リモート65名)が参加しました。
【EVENT概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9978.html
【YouTube配信・記録映像“えんたく”編】https://ata-net.jp/archives/968


 ATA-netは、2016年9月の発足以来、薬物やアルコールへの依存はじめとする、多様な嗜癖(しへき)・嗜虐(しぎゃく)行動からの回復のために活動してきました。さまざまなアディクションの背景には「孤立」があります。社会的孤立に対応するには「公」と「私」の壁を越えた回復支援モデルが必要です。そこで、JST/RISTEXの助成を受けてATA-netが開発した「課題共有型円卓会議“えんたく”」*1というスキームによって、当事者と支援者と協働者の新たな関係性を創り出し、新たな公共空間としての「ゆるやかなネットワーク」の構築を目指してきました。
 本シンポジウムの前半では、事業報告、各理論構築サークル・研究ユニットの総括を行いました。(報告詳細:https://ata-net.jp/archives/961)後半は、“えんたくC”を活用し、約6年間の総括と展望を示しました。
 “えんたくC”は、森久智江教授(立命館大学法学部)が司会を担当しました。登壇者の発言は、暮井真絵子氏(ATA-net研究センター・リサーチアシスタント)がWeb上のメモ共有サイトを活用し、ファシリテーショングラフィックとして可視化しました。

 はじめに、ATA-net研究センター・センター長の石塚伸一教授(本学法学部)が話題提供を行いました。「記憶というものは、見たものがそのまま残されるのではなく、意味付けをして記憶ファイルに格納される。意味付けをするには、語ることが必要である。従来のシンポジウムでは、参加者は感じたことをその場で語ることができない。“えんたく”では、わかちあいの時間を設け、参加者同士が語り合う。これを『許された私語』という*2。2人1組だと『我』、『汝』の語りになるので、わかちあいは、3人1組で行う。三人称が加わると、聴衆を前提に語ることになり、話やすい空間になる。それを設えるのが、“えんたく”である。とりわけ、当事者自身が話しにくいことを語り出すと、互いの心が震えて響き合い、他の参加者も語り出す。このような状況をATA-netでは、『プチミラクル』*3が起きると言っている。“えんたく”は課題共有型会議であるため、短兵急な問題解決を目指さない。1つの答えを出そうとすると、他の可能性を切ることになる。あえて答えを出さないことで、議論が開かれたままの状態が続き、ステークホルダーの課題への関わりも継続することになる。最近、私は、地域社会の問題解決能力を『保水力』と呼んでいる。大雨が降っても、保水力の高い地域では、大きな土砂災害は起きない。課題を明らかにし、共有することで、地域の保水力を高める。保水力を高めるには、総合的支援を実現させなければならない。壊れにくい社会構造を作ることが必要である。」と述べました。


石塚伸一教授(本学法学部・ATA-net研究センター長)

石塚伸一教授(本学法学部・ATA-net研究センター長)


 この話題提供に対して、1stセッションとして、センターテーブルメンバーが順番に発言を行いました。
 まず、薬物依存症を抱える当事者支援に携わる加藤武士氏(木津川ダルク代表・ATA-net研究センター嘱託研究員)は、「ダルクやナルコティクスアノニマス(NA)*4では、薬物依存症当事者が、自分自身に起きたことを語り合う。語り合うことで、依存から回復を目指す。また、ダルクでは、現在60以上の施設がゆるやかに繋がり、回復した人が支援に関与している。常に当事者の声を聞きながら、支援のあり方を考える。ある公的機関での嗜癖に関する会合において、そこに参加した家族が話し終えたら退出させ、その後の会議が進められたと聞く。当事者や家族を政策や制度を作る会合には参加させるべきである。依存症となっていない薬物使用者たちの声も取り入れながら支援を考えることが必要である。」と述べました。さらに、“えんたく”の種類については、さらに、“えんたく”の種類については、「当事者が参加する“えんたくA”では、参加者全員が薬物依存から回復したいと思っている。そこでは、自分が薬物をやめるための課題を振り返り語る。そして、他の人の話を聞き自身の生き方に生かす。当事者同士がただ語り合うだけであるが、他の参加者に大きな影響を与えている。


加藤武士氏(木津川ダルク代表・ATA-net研究センター嘱託研究員)

加藤武士氏(木津川ダルク代表・ATA-net研究センター嘱託研究員)

 ダルクやNAでは、当事者は、自分自身が『薬物を使わないで生きること』を考えるのに集中する。そのため、ダルクとして外部の問題について意見をすることはない。他方、“えんたくB”や“えんたくC”には様々なステークホルダーが関与し、様々なリフレクションや課題共有が行われる。日本ダルク創設者である故・近藤恒夫氏は、『アディクトが回復するだけでなく、社会に何ができるかということを社会の一員として考えていく必要がある』と話されていた。私は、回復者の1人であると同時に社会の一員である。これからも“えんたくC”に参加し、社会への提言を行うことも重要な使命であると思う。」と述べました。

 つづいて、薬物政策を研究する丸山泰弘教授(立正大学法学部)は、「小中高と薬物教育を受けてきて、薬物使用は自傷行為であるはずなのに、使用者に対してなぜ刑事罰を科しているのか疑問が深まっていった。ゼミの活動で、本日の登壇者である加藤氏らに出会い、『ダメ。ゼッタイ。』教育で教えられてきたこととは全く異なる話を聞いた。アメリカのドラッグ・コートについて研究報告を行ったときに、『実際に現地を見ていないのにアメリカの薬物政策を語るのか』と批判されたことをきっかけに、薬物問題の研究を本格化させた。日本版ドラッグ・コート構想については、仮に日本で構想が実現したとしても、薬物依存症者の受け皿がないという指摘を受けた。確かに当時は受け皿となり得る団体の数が多くなかった。受け皿作りのために全国を回った時に気がついたのだが、地域で活動している人たちがいたものの、横の繋がりがなかった。薬物依存症回復支援者研修(DARS)*5が、当事者や支援者、研究者、実務家との繋がりを作るきっかけとなった。

 ATA-netが本格始動する前、ちょうど京都では、小学生の大麻所持が問題となっていた。学校側が警察に通報したといわれている。たしかに、違法であるために教員ができることは限られるが、小学生が自宅で大麻を使用できる環境にあったことそのものに目を向けて、警察に通報する以外の方法を模索できたのではないか。教育や福祉関係者など、司法以外の人たちが介入する機会があったはずである。それらの人たちが関与した場合に、相談・連携し合い、採り得る選択肢を横に広げるためにも、今後、ゆるやかな繋がりを構築するATA-netや“えんたく”が活用されることが期待される。」と述べました。


丸山泰弘教授(立正大学法学部)

丸山泰弘教授(立正大学法学部)

 次に、地域で回復支援に携わる中村正教授(立命館大学産業社会学部)は、「研究のコンテンツだけであれば、既存の研究集団内で完結する。しかし、横に繋がりを持つこと、嗜癖・嗜虐を理解し、問題解決をするプロセスを経るには、ATA-netのような理論・制度・政策・実践を架橋するようなネットワークが必要だった。ATA-netの設立が、嗜癖・嗜虐を抱えた人やステークホルダーが集うきっかけとなった。かつてアメリカで調査研究を行った際に、問題解決型裁判所を視察した。ドメスティック・バイオレンス(DV)を中心に取り扱うDVコートや、元非行少年たちが審判に関与するYouthコートでは、DVや虐待加害者のグループワークがすでに90年代から組織されており、元当事者たちが回復支援に関与していた。そこでは、教科書に書かれてないようなことが、たくさん実践され、何よりも社会に実装されていた。しかも、司法だけでなく、心理、福祉、教育、就労支援などの分野の人たちが関わる。それが90年代にはすでに整備されていた。そこで、日本でも、特に被害者がいる対人暴力の領域で“えんたく”のようなスキームを開発しないと、罰するか、罰しないかの2択になってしまうと考えた。例えば、現在ではストーカー規制法があり、ストーカー行為者に対して接近禁止命令が行える。そこに、“えんたく” のように機能する「サークル」を組織し、そこへの受講命令を追加するのはどうだろうか。


中村正教授(立命館大学産業社会学部)

中村正教授(立命館大学産業社会学部)

 また、家族間で起きた殺人では、家族である加害者が社会に戻ったときにどうしていくのかを考え、家族間の感情のもつれを解きほぐす必要がある。適切な刑罰を科すこと、加害者への対応を制度化することを重視している。脱暴力を考えることには、“えんたく”というスキームが重要である。このことは、暴力の領域では責任と回復を両立させる刑罰に依拠しない臨床的アプローチとしては世界共通であると思う。地域、コミュニティ、サークル内で“えんたく”を実践していくには、どうしたらよいか、というのが次の課題である。」と述べました。

 最後に、公共政策を専門とする土山希美枝教授(法政大学法学部)は、「社会における公共課題を解決するには、セクターを越えた連携、協力が必要である。協力の前には、ミッションの共有が必要で、ときにチーム間の競争も重要となる。利害や立場が異なる人たちが、課題でつながり、理解や発想を〈つなぎ・ひきだす〉*6。〈つなぎ・ひきだす〉には、実りのある話し合いが必要である。沖縄式地域円卓会議*7を取材し、「課題共有」の機能に気づいた*8ことで、自身が“えんたく”のファシリテーターとして活動するきかっけになった。この形式でポイントとなるのは、やはり『課題共有』である。一般の『円卓会議』は、むしろ課題解決のために、解決の権限を持つ人が膝詰め談判するイメージ。『課題共有型円卓会議』は問題が直ちに解決する訳ではないし、公共課題は簡単に解決しない。ただ、『課題共有』は課題解決の起点であり、当事者と支援者の拡大のために、課題の解決を目指す過程でずっと必要なことだ。決して解決を諦めているわけではない。社会に生起する問題を共有することは、まさに公共政策の過程における起点である。その課題共有に効く話し合い手法だ。
 さらに“えんたく”を普及させていくには、さまざまな課題をめぐる“えんたく”が開催され、参加する人を増やしていくことが必要である。課題解決を願う人の声を届け、登壇者の知見を引き出し、良質な情報を基盤にして、参加者が課題を理解し、話し合う。そこでは、『美しい結論』に導くことはしない。あくまでも、その課題を解決するために必要な情報を引き出して、話し合いを積み重ねる。参加者を導くかのように、発言の過程を支配せず、本音で話し合ってもらうことが重要である。

私は『えんたくC』を念頭にお話ししたが、ATA-net全体としては、課題共有型円卓会議を、それぞれのユニットで従来の話し合い手法をふまえ、『A』、『B』を含め独自の“えんたく”として再定義したことに意義があるのではないか。」と述べました。


土山希美枝教授(法政大学法学部)

土山希美枝教授(法政大学法学部)


わかちあいの様子

わかちあいの様子

 センターテーブルのメンバーの発言のあと、わかちあいの時間が設けられ、参加者は3人1組となって話し合いを行いました。話し合われた内容は、Web上のメモ共有サイトを活用し、参加者全体で共有しました。そこでは、“えんたく”は、従来の聴衆に徹する講演会などと異なり、参加者として関与することで話し合われた内容がより記憶に残りやすいこと、嗜癖・嗜虐と回復の問題は、当事者だけの問題ではなく、社会全体の問題であるため、広く課題を共有する必要があることなどが挙げられました。


【ファシリテーショングラフィック】話題提供者・センターテーブルメンバーの発言

【ファシリテーショングラフィック】話題提供者・センターテーブルメンバーの発言


【ファシリテーショングラフィック】話し合われた内容の共有

【ファシリテーショングラフィック】話し合われた内容の共有


 2ndセッションでは、センターテーブルのメンバーが最初に出会った“えんたく”の方法(A〜C)や“えんたく”の展望などについて、それぞれ発言を行いました。

 司会の森久智江教授(立命館大学法学部)は、「“えんたく”というスキームは、嗜癖・嗜虐や犯罪の問題だけでなく、もっと様々な問題について活用できる。参加対象も大人に限らず、小学生などの子どもが参加する“えんたく”もできるだろう。多様な問題、多様な人たちの間に、このスキームが入り込んでいく可能性がある。」と述べ、今回の“えんたく”を終了しました。


森久智江教授(立命館大学法学部)

森久智江教授(立命館大学法学部)

参加者アンケートの感想(一部抜粋)
○“えんたく”に興味を持ったので、今回ざっくり知ることができてよかったです。課題解決はできないけど、課題共有をしていることに意味があるという後ろ盾をいただいたようで、なんだか励まされました。

○和やかな雰囲気の中、分かり易い言葉を選んでお話くださりありがとうございました。急いで解決しなくても良い。このお言葉を心に留めておきたいと思います。

○問題をすぐ解決しなくても良いってのは良いですね。すぐに結果を出そうとすると、どうしても人を型に押し込もうとする。人それぞれ、歩んで来た道、これから歩もうとしている道が違うから、みんなで考え、解決に至らなくても、今より少しでも良いと思える方向を探すなら、きっと今より生きやすくなる社会になると思います。

○今日は、たくさんの刺激をいただきました。美しい結論を無理に引き出して、「完了」してしまわないほうがいい。このまま、この刺激群がどんなつながりや、アイデアを私にもたらしてくれるか、楽しみにしたいと思います。

○わかちあいの時の会話も興味深くきかせていただきました。

【補注】
*1 JST社会技術研究開発センター(RISTEX)「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域採択プロジェクト「多様化する嗜癖。嗜虐行動からの回復を支援するネットワーク(ATA-net)の構築」が開発・推進。えんたくA(Addict)は、「当事者どうしがたがいの思いや現状・経験を率直にかたる場」として、えんたくB(Bond)は、「特定の当事者と回復支援に関わる人たち、すなわち、家族、知人、専門家、支援者(これからなろうとする人も含む)で語り合い、当事者のかかえる課題を共有する場」として様々なアディクション回復に役立てることを目指している。詳細は、ATA-netウェブサイト「えんたくパンフレット2020.09」を参照。
ATA-netではこれまで、アディクションをはじめとするさまざまな問題に関して、多数の“えんたく”を開催している。<https://ata-net.jp/archives/category/topics>を参照。
*2 山口裕貴「大麻論争とダイバーシティ(多様性)」石塚伸一ほか編『大麻使用は犯罪か?—大麻政策とダイバーシティ—』(現代人文社、2022年)266頁。
*3   前掲注)2参照。
*4 薬物依存からの回復を目指す、薬物依存症者(ドラッグアディクト)による集まりをいう。詳細は、ナルコティクスアノニマス日本Webサイトを参照。
*5   DARSとその歩みについては犯罪学研究センターNEWS<https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9708.html>、<https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9709.html>を参照のこと。
*6 土山希美枝・村田和代・深尾昌峰(2011)『対話と議論で「つなぎ・ひきだす」ファシリテート能力育成ハンドブック』(公人の友社、2011年)、土山 希美枝(2010)「他機関連携は可能か—政策主体と〈つなぎ・ひきだす〉関係の形成 (特集 DARS(Drug Addiction Recovery support)の理論と実践)」龍谷大学矯正・保護研究センター研究年報7号(2018年)87〜98頁。
*7 公益財団法人みらいファンド沖縄が開発した<https://miraifund.org/l_roundtalbes/>。
*8 土山 希美枝「政策課題を共有する『話し合い』の場の設計 :『自治の話し合い』手法としての沖縄式(課題共有型)地域円卓会議の考察」龍谷政策学論集4巻1号(2014年)55〜71頁。