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2022.08.01

犯罪学研究センター研究会(2022年度第1回)を開催【犯罪学研究センター】

犯罪学的知見から人と社会をみつめなおす定例研究会

龍谷大学 犯罪学研究センター(CrimRC)は、2022年7月7日(木)に、研究会(2022年度第1回)を開催しました。当日は当センターの関係者を中心に14名が参加しました。
研究会では、谷家優子氏(公認心理師、CrimRC「治療法学」ユニットメンバー)および札埜和男准教授(本学文学部、「法教育・法情報」ユニットメンバー)が報告し、津島昌弘教授(本学社会学部、犯罪学研究センター長)が司会進行を務めました。

はじめに、津島教授より開会のあいさつと趣旨説明が行われました。津島教授は「コロナ禍の影響により、長らく対面での研究会を開催することは困難だったが、今年度より再開する。今回はまだ試行的に関係者のみで行っているが、今後も継続開催を検討したい」と述べました。


津島昌弘教授(本学社会学部、犯罪学研究センター長)

報告1. 「大学生が抱く薬物依存の当事者に対するイメージの研究報告」


谷家 優子氏(公認心理師、CrimRC「治療法学」ユニットメンバー、
兵庫教育大学カウンセラー、京都文教大学非常勤講師・回復支援の会理事)

谷家氏は、京都文教大学で行った講義の受講生を対象とした「薬物依存の当事者と回復に関するスティグマ調査」*1について報告しました。谷家氏は講義で、薬物を取り巻く現状について、さまざまな観点(福祉・医療・教育・法制度)から、諸外国と国内の薬物政策を紹介。さらに、受講生に対し、薬物依存の当事者やその家族を支援する専門家による講演、施設見学やグループワークを通してダルクスタッフや入寮者と交流をする機会を設けました。そして、薬物依存症者を対象とした調査研究の成果を示しながら*2、受講生とともに「なぜ薬物を使用するに至ったのか」、その背景を理解することに努めました。谷家氏は、薬物使用に限らず、何らかの罪をおかした人の多くが、自身では解決できない問題(さまざまな暴力被害、被差別、貧困など)について、「自分が悪い」と自罰的で無力感に支配されるトラウマを抱えているとし、「そのような環境・プロセスにおいて生じたストレスに対処する(ストレスコーピング)ために、薬物依存や犯罪行為といった方法を選ばざるを得ない人たちがいることを理解しなければならない」と指摘。全15回の講義の受講生は、薬物依存に対するイメージがどのように変化したのでしょうか。
谷家氏は、依存症者に対するイメージが大きく変化したものとして「怖い」「乱暴」「挙動不審」など、変化しなかったものとして「ストレス耐性が弱い」「不健康」といった選択肢をあげました。そして薬物依存からの回復のイメージについて、講義初日には「一度でも薬物に手を出したら人生が破滅する」と考えていた受講生が大半でしたが、講義最終日には、「そうは思わない」と考える学生の割合が最多になりました。また、「薬物乱用防止教育に効果的と考える内容」という項目について、選択肢の中で「依存症の正確な知識の提供・学習」が1番に選択されたことは、講義前と講義後とで変化しませんでした。しかし、講義前には2番目に数の多かった「薬物依存の怖さや悲惨さのアピール」を選ぶ学生が講義後には減り、代わりに「回復の希望の提示」や「医療情報の提供」という選択肢が、2番目に多く選ばれるといった変化がみられました。そして、講義のグループワークの様子を映した動画を参加者に共有しながら、谷家氏は「今回の講義には一定の効果があったようだ」と述べ報告を終えました。
参加者から「講義の期間中に相談にくる受講生がいたのか」について質問がありました。谷家氏は「非常勤講師ということもあり、悩みの相談にのれる体制ではなかった」と述べました。他には、「ダメ。ゼッタイ。」*3運動から漏れる対象者(向精神薬や市販薬に依存している学生)が多数いるのではないかといった意見や、教育現場では防止教育に重きをおいているものの、薬物依存における薬物とは何かについて定義があいまいなまま対応していることへの危惧などの情報が共有されました。


谷家研究員による報告の様子

報告2.「犯罪方言学事始 -狂暴で反人権、時に砦そして笑い-」


札埜 和男准教授(本学文学部・CrimRC「法教育・法情報」ユニットメンバー)

札埜准教授より、刑事手続における捜査や取調べ、裁判の段階で現れる方言に焦点を当てた研究報告が行われました。犯罪方言学とはどのようなものなのでしょうか。札埜准教授は研究のきっかけとして、山田悦子*4氏の「虚偽自白、えん罪は方言のやりとりから生まれる」という証言をあげ、犯罪方言学は、「過去の行為の責任を追及すること(刑法学)にとどまらず、被害と加害で成り立つ現象を科学的に記述・分析し、将来に向かって悲劇を防止すること(犯罪学)を目指す。そのための手法として方言学の知見を活用する」と述べました。
札埜准教授は、これまでに刑事手続にかかわる関係者(警察、検察官、弁護士、そして被疑者・被告人)に聞き取り調査を行ってきました。結果、捜査側は相手の社会的地位・状況を見ながら「特殊な信頼に基づく人間関係を構築することを重要視する。そのための有効な手段として、比較的警察官は方言を多用する」傾向が明らかになりました。供述調書の録取においても、記述される文書にリアリティを与えるものとして、方言が重要視されます*5。しかし、一方で弁護士や取調を受けた人の立場からは、特殊な信頼関係、胸襟を開いて対象者から証言を引き出そうと方言を駆使するテクニックは、捜査側による心理的支配に他ならず、被疑者に対して「自分のことを親身に考えてくれているんだ、と思い込ませる偏った状況をつくる危険性がある」という証言があることも紹介しました。他の問題点として、「方言をめぐる解釈の違い」が取り上げられました。「同じ文化圏においても地域によって方言が違ったり、転勤で赴任してくる裁判官や検察官など、さまざまな要因が絡んで、迫真性を担保するための方言が、逆に真実を覆い隠してしまう落とし穴になる。今後の展望として、方言学、犯罪学、心理学などの研究チームを組織し、全都道府県の『取調べの方言』調査研究を進めたい」と札埜准教授は述べます。最後に、方言を利用したユニークな防犯啓発ポスターや警察官募集ポスターなどが紹介され、方言のもつ魅力や奥深さが参加者に共有されました。


札埜研究員による報告の様子

[脚注]
*1 谷家優子=松田美枝=加藤武士「薬物依存の当事者に対するイメージとその変化についての研究」『地域協働研究ジャーナル』第1巻(京都文教大学地域協働研究教育センター、2022年)19 – 31頁
http://id.nii.ac.jp/1431/00003264/ (京都文教大学・京都文教短期大学学術情報リポジトリ)

*2 谷家優子=加藤武士=石塚伸一「ダルクにおける利用者同士及び利用者とスタッフとの「良好な関係性」に関する研究」『龍谷法学』第54号第4号(龍谷大学法学会、2022年)447-500頁
https://mylibrary.ryukoku.ac.jp/iwjs0005opc/TD32162825 (龍谷大学学術機関リポジトリ)

*3「ダメ。ゼッタイ。」普及運動:​​1987年に、国連の「国際麻薬会議」において6月26日を「国際麻薬乱用撲滅デー」とすることが決定された。日本では、毎年6月20日から7月19日に周知キャンペーンが行われている。「ダメ。ゼッタイ。」の標語は、「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」が啓発活動推進のため策定した。
参照:
薬物乱用防止に関する情報(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/yakubuturanyou/index.html#h2_free4
令和4年度『ダメ。ゼッタイ。』普及運動」報道発表資料(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000211828_00007.html
「ダメ。ゼッタイ。」普及運動とは(公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター)
https://www.dapc.or.jp/torikumi/01_spreading.html
「ダメ。ゼッタイ。」はダメなのか? 薬物乱用防止の標語で意見対立、反対派・擁護派に聞く(JIJI.com、2021年7月13日記事)
https://www.jiji.com/sp/v4?id=202107damezettai0001

*4  1974年3月兵庫県西宮市の知的障がい者施設・甲山学園で園児2人が死亡したいわゆる「甲山事件」において、当時、保母として当直をしていた山田さんが殺人容疑で逮捕された。事件発生から25年が経過し、1999年9月に大阪高裁で三度目の無罪判決が確定した。えん罪被害者である山田さんの雪冤には、起訴から21年の長い歳月を費やした。この事件では警察の強引な取調べ、犯罪報道の在り方などが問題となった。
参考文献:上田勝=山田悦子『甲山事件 えん罪のつくられ方』(現代人文社、2008年)

*5 水野谷幸夫=城祐一郎『Q&A実例 取調べの実際』(立花書房、2011年)70頁

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