Need Help?

News

ニュース

2022.10.12

公開研究会・シリーズ「鴨志田祐美の弁護士放浪記」第4回レポート【犯罪学研究センター共催】

持続可能な予後のために ~少年事件の「付添人」~

龍谷大学 犯罪学研究センター(CrimRC)は、刑事司法・刑事弁護をテーマに、2022年10月3日、公開研究会・シリーズ「鴨志田祐美の弁護士放浪記」をオンラインで共催しました。本企画には75名が参加しました。進行は、石塚伸一教授(法学部/犯罪学研究センター)がつとめました。
本企画は、大崎事件再審弁護団事務局長、日本弁護士連合会「再審法改正実現本部」本部長代行をつとめる、鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)によるものです。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-11131.htmll


鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)

鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)


はじめに
第4回のテーマは、「持続可能な予後のために ~少年事件の「付添人」~」です。はじめに石塚教授より「昔のような少年事件は減少していますが、少年の問題はまだまだあります。今回は鴨志田弁護士の取り組まれた少年の問題のお話をきかせていただきます」という企画趣旨が述べられました。

ある少年事件の被疑者弁護と付添人活動
鴨志田弁護士は鹿児島県弁護士会に所属していた際、「子どもの権利委員会」の委員長を6年間つとめ、少年事件の付添人(刑事裁判では弁護人に相当)も数多く経験しました。鴨志田弁護士は「その中でもひとつの少年事件を紹介します。この事件を通して、少年と向き合って立ち直りに寄り添うにはどういう活動が必要なのかを考えます。そして今回の少年法改正がある意味でそうした寄り添い活動を阻害してしまうのではないかと懸念を持っていますので、そういったことを今回はお話します」と述べ、講演が始まりました。
本件は、発達障がいを抱え、両親、妹と同居する自宅に引きこもっていた少年(19歳)が、たまった漫画雑誌等の不用品の処分に困り、自室内でプラスチック製衣装ケースとベッドの引き出しに不用品を入れ、そこに灯油をまいて火をつけたところ、炎が周囲に燃え広がり、自室(自宅家屋の2階部分)の一部を焼損させた事案でした。本人には建物を焼損させる意思も、その可能性の認識もありませんでした。このとき被疑事実は「現住建造物放火罪」でしたので、裁判員裁判対象事案です。裁判員裁判対象事案であれば複数選任事案(複数の国選弁護人を選任できること)であるため、最初に国選弁護人として選任された若手の弁護人の依頼で鴨志田弁護士も受任することになりました。弁護人の活動としてまず、取調べの録音・録画(可視化)を要請し、受け入れられました。また、ほぼ毎日、少年の接見に行きました。そしてこの被疑者国選段階で最も重要な点は、少年には「要らなくなった漫画を燃やした」という認識しかないことです。しかし普通の人であれば、「家の中で灯油なんて燃やしたら家が燃えることくらい想像できるはずだ」と判断します。そのため、「この少年には発達障がいがあり、想像力が欠如している。不用品を燃やすという認識しかなく、家が燃えることは全く思ってもみなかった」ということを捜査機関に理解させる必要がありました。そこで、この少年に対する理解を深めるために、関係者に話を聞きました。両親によると少年が発達障がいであると診断されたのは高校生のときでした。小学生から中学生の途中までは成績もよく、両親が公務員であったことから、少年は両親と同じ公務員になりたいと思っていました。しかし、応用力が必要な学習が増えてきた中学生の途中から、勉強についていけなくなってしまいました。あまり効果的ではない勉強方法にこだわり、成績も下がっていきました。この強いこだわりというのも発達障がいの特性です。そして高校には入学したものの、途中から通えなくなりました。制服ではなく、体操服で通学するなど、他の生徒とは異なる行動が目についたことから、担任の先生から受診をすすめられ、そこではじめて発達障がいであると診断されました。高校には通えなくなり、中退しました。その後、塾に通って高卒認定試験に合格し、大学に入学しました。周りの人たちには自分が高校で不登校になり、中退したことも話し、夏休みまでは通学していましたが、だんだんと気分が落ち込むようになり、夏休み明けには通学ができなくなり、少しずつ社会から孤立していったことが徐々に分かりました。担任の先生や塾の先生など様々な人に話を聞きましたが、キーパーソンとなる発達障がいに詳しい臨床心理学の大学教授に出会いました。この大学教授は少年の障がいについて深く理解し、研究室でのアルバイトもさせてくれていました。また、教授の研究室の卒業生には福祉施設や病院で働く人が多く、そのネットワークにつないでもらうことも可能でした。捜査機関に働きかけてこの大学教授の供述調書も取ってもらいました。それから刑事弁護の基本として、現場を見に行ったところ、衣装ケースがあった押し入れとベッドの下の引き出しのところだけが激しく燃えており、少年の言っていた通りだと分かりました。実況見分調書はこの点をあまり記録していなかったため、写真を撮影し、現場は少年の供述通りだということを検証しました。
勾留延長をめぐる攻防の末、残念ながら準抗告はすべて認められませんでしたが2日間の期間短縮が認められ、延長期間中で実質的に取調べを行えるのが1日しかない、ということになりました。そのため検察官は被疑事実を現住建造物放火とするのをあきらめ、家裁送致の際は建造物等延焼罪となりました。本件は一部否認事件から争いのない事件となり、家裁送致後の付添人としての活動はすべて、審判後の環境調整と障がいへのケアに集中できることになりました。被疑者弁護活動を十分に行うことはその後の付添人活動にとっても重要であることを改めて実感しました。
家裁送致段階では、裁判官が少年本人に会う前に障がいについて情報提供し、本件の向かうべき方向性について付添人の考えを伝えました。家裁でのカンファレンスでは常に裁判官、調査官、付添人が同席し、情報共有と協働の可能性を探りました。この少年をどのように医療福祉ネットワークにつなげるかが焦点でした。調査官が関係各所に照会して、成人の発達障がいのグループホームを探しました。少年は生活習慣が身に付いておらず、また希死念慮があったことから自宅に戻ることは難しい状況でしたが、県外に思春期発達障がいの外来と入院施設、提携するグループホームのある医療法人をみつけることができました。しかし1回の審判後に保護観察の処分が出て病院に引き受けてもらうという手続きが間に合わなかったため、裁判所と協議して、試験観察となりました。1回目の審判では審判廷で自分のしたことに向き合ってもらって、治療が必要な状態であることを本人にも納得してもらうことを中心としました。審判の前に、裁判所が少年審判手続きについて説明する用紙を作成し、付添人から少年に渡して、予め伝えるという工夫がなされました。そして試験観察の間に病院との入院調整を行いました。この試験観察という中間処分は、少年の受け入れ先を決めて予後を整えるためのものでもありました。また鑑別所を出た少年と一緒に一時的に帰宅し、本人に火災の「現場」を見せました。妹の部屋が焼けてしまっていることにとてもショックを受けていて、大変なことをしてしまったという思いを持ってくれることができました。終局審判では2年間の保護観察処分となりました。遵守事項は保護観察所の調整機能でつながった連携先で「医師の指示に従って治療に向き合うこと」としました。このとき裁判官は「医療や福祉の関係機関、元付添人と協働・連携して少年の予後をみてほしい」という処遇勧告(少年審判規則に規定されている、少年院に入る期間の長さなど裁判官が勧告するもの)を入院する病院のある県の保護観察所長宛に出してくれました。

審判後の見守り活動
このお墨付きによって少年の見守りが非常に活動しやすくなりました。さらに、両親と少額ですが有償で委任契約を締結しました。これによってさらに円滑な活動ができるようになりました。保護観察所でのケースカンファレンスは2年間の保護観察期間で15回実施されましたが、すべて参加することができました。入院中は、鴨志田弁護士ともう1人の弁護士は面会と電話で本人をフォローし、病院側とのカンファレンスも行いましたが、本人が退院して復学したいという意向を示しました。退院するまえに自宅に戻るまでに大学や病院、などの環境調整と自宅での生活準備、鹿児島保護観察所との関係構築が必要でした。自宅に引きこもらないため、週末には自立支援施設への通所も決まりました。復学後は大学のカリキュラムなどのサポートを行いました。また「昼食会」と称して、昼食をとりながら食事の買い出しから調理までを行ってレポートを作成してもらうなど課題を出すなどしました。また高校生になってから発達障がいの診断が出たため、周りの発達障がいをもつ子どもの親のネットワークにつながりにくかったため、両親へのフォローも行いました。保護観察所での「処遇会議」では、情報の共有と役割分担を行いました。また自分の一日の生活を振り返る「セルフモニタリングシート」を記入してもらうようにしたり、ボランティア活動への誘導をしたりするなどしました。しかし、漫画、スマートフォン、パソコン、ゲームへの依存とどう向き合うかという問題や、周囲の学生の就職活動が始まったことによるギャップが生じていること、などさまざまな試行錯誤と悪戦苦闘の連続でした。一方で「これはしたくない」「やってもいい」など自己表現ができるようになったなどの成長もみられました。医療と福祉的アプローチの中で目標のハードルを高くしすぎないなど気をつけながら、自己肯定感と自己表現を身に付け、社会との繋がりをもってもらえるように心がけ、2年間の保護観察が終了しました。保護観察修了後は委任契約から顧問契約に変更し、ホームロイヤー的な立ち位置になりました。連携は継続し、本人には生活について「約束書」という書類を作成しました。しかし、父親が単身赴任となって家庭環境が変化したこと、大学での孤立、意欲と学習意欲が減退したことなどから、休学せざるを得なくなりました。その後、すべては受け入れるしかないと考え、就労支援施設事務所での再出発を図ることができました。

本件から少年法改正を考える
このような経験をすると、今回の少年法改正は不安です。本件の少年は19歳であるため、特定少年です。当初の被疑事実は「現住建造物放火」であるため、原則逆送の対象事件です。原則逆送対象事件が拡大したことで、家裁に送致されたときに、家裁の関与(特に調査官調査)が形骸化する懸念があります。保護可能性のような成育歴の調査や予後をどうするかというきめの細かい判断ではなく、事件の犯行態様の重さなど事件そのものだけが調査の対象になり、簡単に刑事裁判に送致されてしまう可能性があります。また刑罰となった場合、コミュニケーションをとりにくいこの少年はどうなるのでしょうか。予後への影響は避けられないと思います。何よりも逆送で起訴されると実名報道が解禁されます。ただでさえ社会に戻りにくいこの少年が、実名報道された場合、家族の平穏な生活は難しくなるでしょう。こうしたことを考えると今回の少年法改正は甚だ心もとないと思っています。

最終回となる第5回のテーマは、「法改正へのチャレンジ ~弁護活動から立法提言へ~」です。
是非、ご参加ください。

【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-11352.html

当日の記録映像をYouTubeにて公開しています。ぜひレポートとあわせてご覧ください。
YouTubeリンク