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2023.09.15

ワークショップ&リリース「日本の死刑と再審」実施レポート【龍谷大学刑事司法・誤判救済研究センター共催】

日本の死刑・再審制度の人権侵害について問う催しを、フンボルト大学(ドイツ・ベルリン)において開催

 2023年9月4日(日本時間:20時、ドイツ時間:13時)から、ドイツのフンボルト大学において一般社団法人刑事司法未来(CJF)によるワークショップ&リリース「日本の死刑と再審―日本政府はまだ死刑を存置し、生命と人権を侵害し続けるのか?」が開催されました。
>>イベント詳細】【>>プレスリリース


ワークショップ&リリース「日本の死刑と再審」チラシ


龍谷大学刑事司法・誤判研究センター(RCWC)は、ベルリン・フンボルト大学ルイス・グレコ研究室と共に、当ワークショップを共催し、当日は現地ドイツ会場およびオンラインを含めて約250名の参加がありました。
龍谷大学刑事司法・誤判救済研究センター



 はじめに、石塚伸一名誉教授(龍谷大学/CJF代表理事/刑事司法・誤判救済研究センターフェロー)による開会の挨拶と本ワークショップの趣旨説明が行われました。石塚名誉教授は、袴田事件、大崎事件、大阪死刑3訴訟を紹介し、日本には、絞首による死刑が存置されていること、再審請求が認められない現状に加え、再審請求中に法務大臣が死刑執行を行ったケースも存在していることを説明しました。これに対しては、日本弁護士連合会をはじめとした様々な団体から再審と死刑に関する改正に向けた努力をしているものの、死刑廃止や再審制度の改正には至っていない日本の現状を指摘しました。そのうえで、「わたしたちに耳に傾けてほしい、そしてベルリンから情報発信をしている意味を考えてほしい。日本政府は間違いなく人権を侵害している。」と訴えました。

1.第1部
第1部では、「袴田巌事件について〜47年の拘禁の末に始まった再審裁判〜」、「再審法案の起草について〜日本には、再審に関する法律がない〜」、「死刑囚人権訴訟〜大阪で死刑囚の権利を争う裁判が始まった〜」の順に報告がなされました。



(1)第1報告「袴田巌事件について〜47年の拘禁の末に始まった再審裁判〜」
 第1報告では、戸舘圭之弁護士(第二東京弁護士会、刑事司法・誤判研究センター嘱託研究員)による袴田事件の概要、袴田氏が感じた恐怖、死刑囚として置かれた状況について報告されました。その上で、戸舘弁護士は、袴田事件の弁護を通じて日本の死刑制度は、刑事司法制度として矛盾をはらんでおり、廃止されるべきであると指摘しました。なぜなら、刑事裁判における事実認定があくまでも仮説にすぎないという大前提である場合、この仮説が事実認定のみならず量刑判断にも適用されることから、いかなる判決にも反証の可能性があると指摘、死刑制度は誤判救済の道を不可逆的に閉ざすものであり、人権尊重の理念と相容れないと述べました。
袴田事件弁護団ウェブサイト



(2)第2報告「再審法案の起草について〜日本には、再審に関する法律がない〜」
 次に、第2報告では、大崎事件弁護団の鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会、刑事司法・誤判研究センター嘱託研究員)が大崎事件の概要、冤罪の構図や再審請求の経過を紹介し、大崎事件から明らかとなった、日本の誤判救済手続における法制度の不備について指摘しました。大崎事件は、最高裁が地裁と高裁の再審開始決定を取り消した初めての事件です。鴨志田弁護士は、再審請求段階で捜査機関に証拠開示を義務付けるルールの不備や再審に関する条文が少ないために、裁判所の判断が再審を大きく左右すること、ドイツでは禁止された再審請求に対する検察官の抗告が認められていることを問題として指摘しました。
大崎事件再審請求即時抗告破棄決定に関する会長声明



(3)第3報告「死刑囚人権訴訟〜大阪で死刑囚の権利を争う裁判が始まった〜」
 最後に、第3報告では、西 愛礼弁護士(大阪弁護士会、刑事司法・誤判研究センター嘱託研究員)より、死刑制度を巡り、金子武嗣弁護士(大阪弁護士会)が主導する3つの国家賠償訴訟について報告が行われました。3訴訟を担当している各々の弁護団は、①再審請求中の死刑執行は死刑囚の裁判を受ける権利を侵害し、自由権規約に抵触すること、②死刑の即日執行・即日告知は刑事訴訟法に定められた死刑の執行停止条文を実現不可能にするため、恣意的な処罰の禁止に当たり、死刑囚の人間としての尊厳も侵害すること、③日本で死刑の執行方法として定められた絞首刑は、残虐な刑罰であるため違憲であり、国際人権規約に抵触すると主張しています。西弁護士は、これらの裁判の争点は死刑そのものの賛否にかかわらず共通して問題になるとしました。
金子武嗣&上原邦彦・死刑確定者人権基金 支援事件


2.第2部
ヘニング・ローゼナウ教授の司会により進行された第2部では、斎藤 司教授(龍谷大学法学部/刑事司法・誤判研究センター長)より日本の再審制度の概要と特徴の説明が行われました。



(1)第4報告「日本における再審のこれまでと再審制度」
 斎藤教授は、まず、日本の刑事訴訟法は、1880年のフランスの治罪法がベースとなり、1890年の刑事訴訟法が作成され(明治刑訴法)、1922年にはドイツ法をベースに刑事訴訟法が作成され(大正刑訴法)、1948年にはアメリカの考え方を大幅に取り入れた刑事訴訟法が作成されたことを確認し、そして再審制度も同様に、明治刑訴法まではフランス、大正刑訴法まではドイツ型の再審制度であり、1948年の再審制度(現行)は基本的にはドイツ型の再審制度を維持したもので、誤った有罪判決のみを見直しの対象とする特徴が見られると説明しました。そして、日本で再審請求を行うことができるのは、有罪判決を受けた人だけでなく、検察官も可能であるものの、再審請求は専ら有罪判決を受けた人が行っている現状であること、日本の手続が再審請求を認めるかどうかの判断と再審で有罪無罪の判断を行う2段階の構造になっていること等を確認しました。
 しかし、再審請求手続に関する条文は19条と非常に少なく、そのために再審の運用は再審請求を受けた裁判所の裁量に大きく依存すると指摘。また、現在の再審制度の誤判救済に対する功績は認められるものの不安定であることは否定できないと指摘し、これらを踏まえて日本の再審制度について説明しました。日本の再審制度の問題は、再審開始決定のために求められる要件が「誤って有罪判決を受けた無実の人が自ら無罪を立証する」といったような非常に困難なものであるとし、再審制度に関する法改正が求められると述べました。

以上4つの報告を受けて、日本から2名とドイツから2名の教授がコメントをされました。


金 尚均教授(龍谷大学法学部/刑事司法・誤判救済研究センター兼任研究員)

金 尚均教授(龍谷大学法学部/刑事司法・誤判救済研究センター兼任研究員)


古川原明子教授(龍谷大学法学/刑事司法・誤判救済研究センター副センター長)

古川原明子教授(龍谷大学法学部/刑事司法・誤判救済研究センター副センター長)


キリアン・ヴェグナー教授(フランクフルト・オーダー・ヨーロッパ大学)

キリアン・ヴェグナー教授(フランクフルト・オーダー・ヨーロッパ大学)


ヘニング・ローゼナウ教授(マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク)

ヘニング・ローゼナウ教授(マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク)

(2)金尚均教授(龍谷大学)からのコメント
 最初に日本側から金尚均教授(龍谷大学)がコメントをされました。金教授は、死刑について、国は主権者たる市民の権利を守るために存在するのに対し、最も重要な市民の生命を守ることを刑罰の名の下に死刑が法的制裁として正当化されていることに矛盾があるのではないかと説明しました。
 日本の刑法は1908年に施行されましたが、その後敗戦により1947年に現行憲法が制定されるも、死刑が排除されることはありませんでした。この死刑を残すことは人々を市民と敵に二分化する所謂「二分法」ではないかと指摘。金教授は特定の集団や人を悪として排除することを正当化する行為は、法の下の平等に反する行為であり、社会の分断と排除を招く行為として正当化されるべきではないとして、死刑は廃止すべきだと述べました。

(3)古川原明子教授(龍谷大学)からのコメント
 次に日本側から古川原明子教授(龍谷大学)が、死刑執行の直前告知の違法性について争われている裁判について、その違法性や疑問について自身の研究テーマでもある終末期医療における患者の権利や医師の治療差し控えなどの観点からコメントをされました。
日本の医療では過去、癌などの病気の告知は患者の精神的負担を考慮して告知されてこなかったのに対し、現在では末期がんや余命に関しても患者の自立的主体性の確保を目的とするのが一般的であり、その後の患者のサポートをどのように行うのかというところに視点があります。死期が迫っている点では死刑確定者と同じく、両者の違いは死と向き合う時間を奪われていることであり、その違いは明らかで、死刑執行の直前告知は不合理だと言えると述べました。
 またアメリカの死刑執行プロセスを参照し、アメリカでは死刑執行の数日前、あるいは1ヶ月間の告知から、死刑確定者が親族や被害者に連絡を取ることや残りの日々をどのように過ごすかの選択をすることができると説明されました。
現在の日本では、死刑執行の直前告知が確定者の生命を奪う以外の刑罰を重ねて科すことになっており、人間としての尊厳を著しく傷つけるものであると主張。そして、国賠3訴訟により、死刑制度の透明性が高まり、死刑の議論が活性化することを期待するとコメントしました。

(4)キリアン・ヴェグナー(Kilian Wegner)教授(フランクフルト・オーダー・ヨーロッパ大学)からのコメント
 続いて、ドイツの側からキリアン・ヴェグナー教授(フランクフルト・オーダー・ヨーロッパ大学)が、ドイツの学術的な視点から死刑制度についてコメントをされました。
 ヴェグナー教授は、まず、1949年に施行されたドイツ連邦共和国基本法第102条により、ドイツ(西ドイツ)では死刑が廃止されたこと、そして以後74年に渡って基本法の適用を受ける領域においては死刑が執行されていないことを確認されました。さらに現在のドイツにおいても、死刑の再導入についてほとんど議論がないことも確認されました。そして、学説では、仮に死刑の廃止を規定する基本法第102条が廃止されたとしても、人間の尊厳の保障を規定する基本法第1条第1項により、死刑の再導入はありえないという見解が主流であると説明されました。上記の見解は1996年の連邦最高裁判所の判例にも裏付けられ、人間の尊厳の保障という観点から、死刑の執行が不合理であり耐え難いものであると指摘した上で、今後もドイツにおいて上記の見解が維持されることが重要であると締めくくられました。

 最後に、ドイツ側からヘニング・ローゼナウ教授(マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク教授)が、死刑制度と再審についてコメントをされました。
 ローゼナウ教授は、まず、ドイツだけではなくヨーロッパ全体で死刑が禁じられているということを説明されました。そして、その根底には「死刑は人権侵害だ」という共通認識が存在していることを指摘されました。また、死刑の廃止はその不合理さからも根拠付けられると主張されました。ここでは例として誤判・冤罪が避けられないということが挙げられました。これに関連し、再審請求中の刑の執行停止について、一定の場合における裁判官の裁量を認める規定を持つドイツとそのような規定を持たない日本の刑事訴訟法を比較し、検討されました。結論として、ローゼナウ教授は、日本の刑事訴訟法は死刑事件で再審請求がなされた場合に直ちに刑の執行停止を行うという規定を明文化すべきであると主張されました。

3.ディスカッション
 以上の報告・コメントを受けて、いくつかの質疑応答が行われました。
Q1.死刑が執行される可能性のある者の身柄を引き渡さないという国に対して、日本は死刑を執行しないと保証することはあるのか?
A1.そのような保証を行うことはない(金教授)。実際に日本に対して身柄の引き渡しを拒否した事例が存在し、その際には、最後まで身柄の引き渡しは行われなかった(石塚名誉教授)。

Q2.本ワークショップで見てきたように非常に困難である再審に取り組む弁護人はいるのか?
A2.再審弁護には膨大な時間と活動量が必要であり、また国選弁護制度も存在しないので、一部の弁護士がほとんどボランティアで行っている実情がある。そのため、①再審開始のハードルを下げること、②経済的な援助が必要であり、日弁連は上記の実現に向けて活動を行っている(鴨志田弁護士)。

Q3.自由権規約第1議定書と死刑の関係について
A3.ドイツにおいては、自由権規約に大きな意義はなく、死刑に関しては基本法と欧州人権規約がその役割を果たしている(ローゼナウ教授)。

4.閉会の辞
最後に、石塚名誉教授が登壇者を代表して日本の死刑及び再審に関する声明を宣言されました。


石塚伸一名誉教授(龍谷大学/ 一般社団法人刑事司法未来 代表理事/刑事司法・誤判救済研究センターフェロー)

石塚伸一名誉教授(龍谷大学/ 一般社団法人刑事司法未来 代表理事/刑事司法・誤判救済研究センターフェロー)

 そこでは、第1に、袴田事件の再審裁判において、検察官が自らの過ちを認め、再審公判で争わないこと、そして可及的速やかに袴田巌氏を死刑囚という法的地位から解放すること、第2に、大崎事件の再審請求裁判において、最高裁判所は自らの過ちを認め、再審裁判を開 始すること、そして、可及的速やかに原口アヤ子さんを有罪者という法的地位から解放すること、第3に、日本政府が再審請求中の死刑執行をやめること、死刑執行期日を事前通告すること、絞首刑という人道に反する執行方法をやめること、そして死刑に関する全ての情報を当事者及び市民に公開すること、第4に、再審手続を明確化かつ適正化するために、再審に関する特別法を速やかに制定すること、第5に、死刑の執行に関する手続を明確化かつ適正化するために、死刑の執行に関する特別法を速やかに制定することが要求されました。

 そして石塚名誉教授は、「私自身、1993年にドイツで死刑と終身刑について講演をした際、『日本は、死刑を廃止することができるか』という質問に、『できる』と答えたが、いまだ改革は行われていない。しかし、本日、日本の死刑や再審制度は人間の尊厳を傷つけるものであるという問題をドイツの皆さんと共有できた。同じ認識の人たちと集まれたことに大きな意義がある」と感謝の辞を述べ、本ワークショップを終えました。