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2020.10.16

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】犯罪学と感染症2 〜パンデミックと刑事施設〜

パンデミックと刑事施設

犯罪学は、あらゆる社会現象を研究の対象としています。今回の「新型コロナ現象」は、個人と国家の関係やわたしたちの社会の在り方自体に、大きな問いを投げかけています。そこで、「新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム」を通じて多くの方と「いのちの大切さ」について共に考えたいと思います。

今回は、浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)のコラムを紹介します。本稿は、『季刊刑事弁護』104号(現代人文社より2020年10月刊行予定)にに寄稿した『犯罪学者が見た新型コロナパンデミック(下)』の番外編として執筆されたものです。全編は本誌にてご覧ください。
※また本コラムの前編として2020年6月に公開したコラム『新型コロナパンデミックを犯罪学する1』『新型コロナパンデミックを犯罪学する2』とあわせてご覧ください。

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犯罪学と感染症2
パンデミックと刑事施設


 パンデミックが刑務所に与えた影響についてみてみたい。刑務所に代表される刑事施設(以下、原則として刑務所という)は、刑罰等を執行するために被収容者の移動の自由を制限する隔離施設であり、原則として閉鎖施設の中で多くの人が生活するいわゆる三密(密閉、密集、密接)が避けられない特殊な空間である。また、被収容者は24時間同じ空間の中で過ごすため集団感染(クラスター)が発生しやすい場所であり、クラスターが発生した場合、内部での爆発的な感染拡大を防ぐことはかなり困難となる。特に今回のコロナの場合は、潜伏期間が1~2週間と長く、若年者を中心に無症状感染者が多いことから、発熱等の発症患者が出た時点ですでに感染が拡大している可能性が高い。現実に、アメリカを筆頭に刑務所が過剰収容状態にある国では刑務所内での感染爆発がいくつも報告されている。以下では、アメリカとヨーロッパの刑務所における感染状況を概観しつつ、日本の状況と比較してみる。
※本ページの掲載にあたっては、イギリスの刑務所・イタリアの刑務所の情報を割愛した。全編は、『季刊刑事弁護』104号を参照されたい。

アメリカの刑務所
 まず、アメリカの刑務所の状況をみておこう。非営利ネットジャーナルであるマーシャル・プロジェクトがAP通信社と共同で調査した結果によると、8月11日現在での連邦・州の刑務所における被収容者の感染者数は公表されているものだけでも95,398人、志望者が847人となっている。刑務所の職員についても21,013人の感染、65人の死亡が公表されている*1
 ジョンズ・ホプキンス大学(Johns Hopkins University)が7月8日に発表した報告*2によると、3月31日から6月6日までの人口10万人あたりの感染者数(PCR検査で感染が確認された者)は、一般社会で587人であるのに対して、連邦・州刑務所では3,251人(被収容者総数約140万人が対象*3)と約5.5倍、10万人あたりのコロナによる死亡者数も一般社会が29人(日本は0.8人)であるのに対して、刑務所は39人となっている。つまり、一般社会よりも刑務所の方が感染者の割合も、死亡者の割合も多いということであり、コロナに感染し、死亡するリスクは刑務所に収容されることで一般社会にいるよりも高まっているということになる。刑務所は、刑罰等によって自由が制限される施設であるが、同時に人権上の観点から、刑務所に収容されることで健康被害等の不利益があってはならない施設でもある。ある意味アメリカではパンデミックによって刑務所に収容されることでコロナに感染するリスクが高くなるという新たな刑罰が付加されていることになる*4。加えて、フロイト氏殺害事件にも表れているように、もともとアメリカでは刑務所の被収容者における黒人等のマイノリティの割合が不均衡に高い。つまり刑罰の執行がマイノリティに対して不公正に作用しているとの批判が強く、刑務所における高いコロナ感染率は、新たな人種差別の問題としても議論されている。
 7月30日のインデペンデント紙によると、重大事件の死刑囚等を収容していることで有名なカリフォルニア州のサン・クウェンティン刑務所(San Quentin State Prison)では、今年6月に最初の被収容者の感染が確認された直後から感染爆発が発生している。慢性的な過剰収容が続いていた同刑務所では、他の刑務所から被収容者(のちに感染を確認)を受送後、急速に感染が拡大し、ピーク時には1,636人の感染が確認され、のべでは2,168人の感染と19人の死亡が確認されている。カリフォルニア州矯正局の報告によると、同刑務所では感染拡大防止のため被収容者の削減策を講じており、3月から8月にかけて仮釈放等の推進や新規の移受送の制限などによって被収容者を4,051人から3,129人に削減している*5
 7月28日のニューヨーク・タイムズ紙によると、フロリダ州やアリゾナ州など他の多くの州の刑務所でも大きなクラスターが発生している。過剰収容が常態化し人間倉庫とも評されるアメリカの刑務所でいったん感染が広がり始めると、いずれも1~2週間で過半数近くの被収容者にまで広がってしまうことは非常に特徴的な点である。同紙では公衆衛生の専門家の話として、刑務所における感染は、その所在地域における感染の広がりと連動しており、多くの場合、刑務所職員が地域からウイルスを持ち込むか、または移送されてきた被収容者がウイルスを持ち込むかして感染が広がっていると説明している。
 

ノルウェーの刑務所
 では、受刑者の自律性を尊重し開放的な処遇で知られるノルウェーの刑務所ではどうだろうか。まず、もともとノルウェーでは過半数の受刑者の刑期が3カ月以下と短いこともあり、コロナの感染拡大に伴って4月の段階で260人、約1割の受刑者を早期釈放して社会に戻している。4月14日時点では、オスロ湾の小島をそのまま刑務所に利用し、開放的処遇実践をしているとして海外メディアでもたびたび紹介されているバストイ刑務所(定員115人)で4人の受刑者の感染が確認されたことが報告されている*6。基本的にノルウェーでは、ほとんどの受刑者に個室が与えられるなど他国と比較して刑務所内でのスペースにもともと余裕があるが、社会的距離を保つために収容者数自体をかなり抑える政策をとっている。たとえば、5月8日時点で、刑が確定した1,000人以上の受刑者が感染拡大防止のため、社会において刑の執行の順番を待っている状態であることが報告されている。
 ノルウェー司法省も、都市封鎖期間には、面会や刑務所からの外出(外部通勤や一時帰宅)、刑務所内での教育・就労の機会を制限していたが、6月22日の社会での行動制限の緩和に合わせて、外出を含めて様々な活動を再開させている*7。また、行動制限時には、iPadを使用してのオンライン面会などを導入することで、行動制限のストレス低下を図っていたが、そうした新たな試みのうち被収容者処遇にメリットのあるものについては制限解除後も継続している。
 7月25日時点でノルウェーの刑務所におけるコロナ感染者数は、職員が11人、被収容者はすべてバストイ刑務所の受刑者で6人(被収容者総数約3,000人)、仮釈放され保護観察中の者が3人の計20人であったと報告されている*8。ノルウェーの場合、刑務所内の環境は可能な限り社会に近い環境にするように配慮されているためか、刑務所内と一般社会での人口10万人あたりの感染率は200人程度とほぼ同じであり、刑務所が特殊な空間ではなく社会の一部として機能していることを表している。
 

日本の刑務所
 さて、日本の刑務所の状況はどうだろうか。日本全体で見た場合の人口10万人あたりの感染者数は8月24日時点で約50人弱、これはアメリカの3%弱、イタリアやイギリスの10%前後、ノルウェーの25%程度である。刑事施設における感染者数は、刑務官は大阪拘置所で4月と8月に計10人、その他、福岡刑務所で4人など、全国で20人弱の感染が確認されているが、被収容者については8月25日現在で、東京拘置所の被告人1人のみの感染が確認されているだけで、受刑者の感染はいまだ確認されていない。
 日本の刑務所は2000年前後の厳罰化によって一時過剰収容となったが、2006年をピークに被収容者人口は減少傾向にあり、『令和元年版犯罪白書』によると未決・既決ともに収容率は60%前後と安定している。しかし、日本の刑務所では複数の受刑者が集団室で共同生活をし、移動を含めた刑務作業や運動も集団行動が原則であり、物理的にも社会的にも密を作りやすい構造が存在する。加えて日本の刑務所は、受刑者を中心に高齢化が世界一進んでおり、新受刑者に占める65歳以上の割合は男性が約12%、女性が約17%となっている。しかも、その多くが何らかの基礎疾患を持っているため、今回のコロナの場合、刑務所内での感染拡大を防止できなければ多くの死者を出す危険性が極めて高い。
 刑務所でのインフルエンザ集団感染について報じた昨年(2019年)1月31日の日本経済新聞では「名古屋刑務所の受刑者は約1,700人。2018年12月20日ごろから発症が確認され、1月24日以降に急増した。30日までに受刑者205人、職員95人が発症した。刑務作業中などに感染が広がったとみられ、28日から全員の刑務作業を休止。発症した受刑者は症状が軽くなるまで別の部屋に隔離し、受刑者全員の体温測定もしている。全職員を対象にした診断キットによる検査も28日から実施している。同刑務所は12月から、受刑者や職員にマスク着用やうがいによる感染予防を呼びかけていた。重症化の恐れがある高齢の受刑者ら63人は予防接種を受けていた」と報道されている。幸いこのケースでは予防接種の効果もあり死者は出なかったが、もし、同じような感染がコロナで起きた場合、高齢者を中心に多くの死者が出ることは想像に難くない。
こうした事態を避けるため、法務省では、今年4月に「矯正施設感染防止タスクフォース」を設置し、「矯正施設における新型コロナウイルス感染症感染防止対策ガイドライン」*9を定めた。手洗い・うがい・マスクの着用や社会的距離などの被収容者や職員による感染予防策の徹底、換気やアクリル板の製作・設置、共有設備・器具等の消毒の徹底などの建物・設備による感染防止、被収容者や職員の健康管理の徹底、面会・外来者・集会等の制限が図られるとともに、感染者が確認された場合の措置についてもマニュアルが作成された。新たに入所した被収容者については約2週間単独室に隔離される。職員の感染が確認された場合には、即座に濃厚接触者を割り出し、職員は自宅待機にするとともに応援勤務者を手配、被収容者は個室で隔離することなどが定められた。
 また、感染拡大防止には水際対策が重要であり、感染ルートとしては感染した職員が刑務所内にウイルスを持ち込むリスクが高いため、職員に対しては、平時とは異なり公共交通機関によらない自家用車等での通勤が奨励されている。7月に相次いで刑務官のコロナ感染が報じられた福岡刑務所に関して、7月25日の西日本新聞によると、「福岡刑務所は職員に『接待を伴う店を利用しない』『感染対策をした飲食店を選ぶ』などと注意喚起していた」とのことであるが、もともと職員の一体感を重視する職場風土があり、職員同士の飲酒の機会も少なくないだけに徹底が難しい。ただ、被収容者に関しては、職員からの感染を防ぐことが何よりも重要で、そのためには職員の感染の早期発見と隔離、つまり職員に対するPCR検査等の徹底が重要となっている。その意味では、現時点(9月5日)で受刑者に1人の感染者も出していないのは、対策が功を奏しているとも言える。おそらく、受刑者から受刑者への感染が発生すれば、その施設、少なくとも同じ工場内での感染拡大を防ぐのはほぼ不可能だと思われる。
※【10月17日加筆】 脱稿後、10月15日に名古屋刑務所で80代の男性受刑者と50代の刑務官が新型コロナに感染したことが公表された。受刑者として初めて感染した男性は、公表時点で軽症とのことだが高齢なだけに経過が心配される。また、この受刑者は単独室に収容され、濃厚接触者はいないとのことだが、感染時点で工場に出役していなかったかどうかを含めて、感染経路の確認が急がれる。

 三密環境の日本の刑務所において、職員から受刑者への感染を防ぐことが可能なのは、ひとえに受刑者と刑務官との社会的距離が保たれているからである。
その最大の理由は、日本の刑務所風土にある。日本の刑務所は、規律と秩序を最大限に重視する観点から、刑務官に対して受刑者との不要な接触をできるだけ控えるように求めている。基本的に刑務官は、受刑者との業務に必要のない会話は慎むように指導されている*10。これは、私的な会話に端を発する癒着等による保安事故を防ぐためである。また、作業技官を除いて受刑者が触れる機材に刑務官が触れることは少なく、生活空間は完全に分けられ、職員と受刑者とが食事を共にすることは絶対にない。したがって、刑務官が工場等で受刑者と同じ空間にいるとしても、社会的距離は保たれているのである。保安事故は、こうした原則が徹底できなかった時に起こる。つまり、感染予防の徹底とは、保安の原則を徹底することであり、日本の場合、特別なことを刑務官に求めているわけではないのである。
 近時、刑務所でも再犯防止が重要視されるようになってきたが、実はこの保安の原則の徹底が、受刑者と刑務官との間に大きな社会的な壁を作り、刑務作業中の会話や受刑者の自律的生活を阻む要因ともなってきた。筆者は刑務所における社会復帰機能強化の立場から、受刑者と刑務官との関係を含めてノルウェーのように刑務所内社会を通常社会に出来るだけ近づけることで、刑務所での生活自体が社会復帰のための準備期間となるように再設計することを主張してきたが、皮肉なことに、受刑者の社会復帰上の障壁となっていた保安の原則が、彼らのコロナ感染防止に大きく貢献していることとなっている。

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【補注】
*1 https://www.themarshallproject.org/2020/05/01/a-state-by-state-look-at-coronavirus-in-prisons
*2 https://www.sciencedaily.com/releases/2020/07/200708121423.htm
*3 https://www.prisonstudies.org/world-prison-brief-data
*4 https://thecrimereport.org/2020/06/24/covid-19-spurs-call-to-reform-prison-health-care
*5 https://www.cdcr.ca.gov/covid19/san-quentin-state-prison-response/
*6 https://norwaytoday.info/news/four-coronavirus-infected-inmates-in-bastoy-prison/
*7 https://www.kriminalomsorgen.no/er-du-paaroerendetil-noen-som-er-i-fengsel.525467.no.html
ノルウェー司法省はパンデミック下の被収容者処遇についての指針を以下にまとめている。
https://www.sivilombudsmannen.no/wp-content/uploads/2020/06/Innsattes-forhold-i-fengsel-under-covid-19.pdf
*8 https://www.kriminalomsorgen.no/informasjon-om-tiltak-i-forbindelse-med-korona-epidemien.525457.no.html
*9 http://www.moj.go.jp/content/001321399.pdf
*10 刑務官が常に念頭に置かなければならない「保安の原則」には、交談取締りの原則や部外者との接触取締りの原則があり、刑務官は被収容者同士や外部の者との会話を原則制限しなければならず、また、厳正な勤務態度保持の原則として必要な指示以外被収容者とは無用な会話をしないこと、戒護勤務中には職員間においても会話を最小限にすることが求められている。


浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)

浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)


浜井 浩一(はまい こういち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター 国際部門長・「政策評価」ユニット長、矯正・保護総合センター長
<プロフィール>
法務省時代に矯正機関などで勤務。法務総合研究所や国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)の研究員も務め、国内外の犯罪や刑事政策に精通。犯罪統計や科学的根拠に基づいて犯罪学を研究中。
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【特集ページ】新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム
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