Need Help?

News

ニュース

2021.10.13

「第2回 刑務所と芸術研究会」開催レポート【犯罪学研究センター】

実践:刑務所の文芸作品コンクールとは

【ポイント】
・諸外国で盛んに行われる矯正施設での芸術活動とその研究。日本の矯正施設においても何らかの表現活動や文化活動は行われているが、あまり見えてこない実態がある。
・文化政策・アートマネジメント領域において「芸術と社会包摂」に関する研究が進展するも、矯正施設へのアプローチはその壁が高く厚い。
・第2回研究会では、少年院や刑務所の被収容者を対象に行われている「文芸作品コンクール」*1などに関わる5名のコメンテーターと議論を展開。

龍谷大学 犯罪学研究センターは、2021年9月から「刑務所と芸術研究会」の実施に協力しています。本研究会主催者の風間勇助 氏(東京大学大学院博士課程2年/犯罪学研究センター嘱託研究員)は、「刑務所と芸術」をテーマに、アートマネジメントの観点から、刑務所(矯正施設)の内と外との対話の回路をどのように作りうるのかについて研究しています。

9月26日(日)に実施した第2回研究会では、「実践:刑務所の文芸作品コンクールとは」をテーマに、少年院や刑務所の被収容者を対象にした文芸作品コンクールの審査などに関わる方をコメンテーターに招いて実施しました。
>>参考記事:「第1回 刑務所と芸術研究会」開催レポート

実施概要: (>>EVENTページ
■第2回 刑務所と芸術研究会「刑務所と芸術を考える‒‒阻む壁、実践、社会的意義」

日時:2021年9月26日(日)14:00〜16:00
テーマ:「実践:刑務所の文芸作品コンクールとは」
【話題提供者】:
風間勇助(東京大学大学院博士課程2年/犯罪学研究センター嘱託研究員)
【コメンテーター】:(五十音順)
・荒木瑞穂さん(歌人、金石研究家)
・五十嵐弘志さん(NPO法人マザーハウス代表)
・上田假奈代さん(詩人、NPO法人「こえとことばとこころの部屋」代表)
・小山田徹さん(美術家、京都市立芸術大学教授)
・高橋亘さん(NPO法人「こえとことばとこころの部屋」)


風間氏の報告スライドより1

風間氏の報告スライドより1


風間氏の報告スライドより2

風間氏の報告スライドより2

下記は、当日の話題提供および報告の要旨を抜粋したものです。

■風間氏による話題提供:
はじめに、企画者からの話題提供として、文芸作品コンクールに関わる大阪矯正管区(職員)へのヒアリング結果が紹介されました。ヒアリングを通して、大阪矯正管区におけるコンクールの正確な開始年やきっかけ、経緯等については記録がないものの、被収容者(とりわけ少年院在院者)の情操教育の一環として、また、余暇の善用という観点から実施されていること。そして、募集テーマ等は各施設が自由に設定でき、施設によっては外部講師が協力していることもあること。審査にあたっての基準は審査員に一任しており、選評されるのは被収容者のみであること、などが明らかになりました。
つづいて、海外での事例として英国で最も古く、その活動規模が大きな刑務所アート(Prison Art)を支援する慈善団体「Koestler Arts」の取り組みを紹介しました*2。同団体が行う代表的な取り組みは「Koestler Award」という一種の公募展で、受刑者が(販売の希望などを含めて)自由に応募することができます。その作品形態は現代アート(fine art)からパフォーマンス、映像やアニメーション、文芸(writing)などで、全部で50以上のカテゴリーがあります。注目すべき特長として、ほぼ全作品に対して選評が送られるということ。審査員によるフィードバックを通して、応募者の自尊心が高まると同時に、専門的なアドバイスを得られる貴重な機会となっているのです。第1回研究会でも共有されたように風間氏は、表現活動におけるコミュニケーションの重要性を指摘しました。その上で、文芸作品コンクールの審査などに関わってきたコメンテーターの5名に対し、次のような点についてコメントを求めました。


風間氏の報告スライドより, 審査員のゲストのみなさんへの質問

風間氏の報告スライドより, 審査員のゲストのみなさんへの質問


■上田假奈代さんによる話題提供:
『文芸作品コンクール(詩)の審査に携わって』

【審査に関わった経緯】上田さんは、“日雇い労働者のまち”といわれる大阪市西成区釜ヶ崎にて、アートと社会の関わりを探り、人と人、人と地域、人と社会をつなぎ、表現を媒介に自律的な生き方を進める社会に貢献することをミッションに活動する「NPO法人 こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」の代表です。『プリズン・サークル』(2019年)などの作品を手掛けるドキュメンタリー映画監督の坂上香さんとの出会いを通じて、東京拘置所に収容されている死刑囚との文通や、PFI刑務所・島根あさひ社会復帰促進センターでの詩のワークショップなどの活動に関わってきました。そうした中で、2016年頃、法務省・大阪矯正管区から「文芸作品コンクール」の審査員の依頼が舞い込んできました。当初は、詩・俳句、短歌、エッセイ、読書感想文とすべての審査を依頼されましたが、自身の専門性から詩の審査員のみを引き受け、他のジャンルについては専門の先生方をコーディネイトしたそうです。新型コロナの流行前は、どんな環境で作品が作られているのかを知るため、他の審査員と共に刑務所や少年院を参観することもありました。
【審査について】詩の審査にあたっては、その人の呼吸の感じや生き様、姿勢、感覚、リズムがそのまま正直に表れていること、それから、その人固有の印のようなものが表れていること、という点に注目。上田さんは、届けられた作品の書かれた環境を想像しながら読み、悩みながら選評をし、総評を書くそうです。「本人の息遣いを重視するからこそ、美しい詩やよくある描写ではないものを選びたい。そして、総評を書く際には、自身と作者とが言葉を通してどのように向き合うか、心を開いていくかということを考え、総評がこれからの生きていく力に、そしてコミュニケーションの力になることに期待を込めている」と言います。
【審査を通じての気づき・所感】上田さんは「言葉が持つ力の一つに、書いたものを声にするということがあると思う。刑務所では声を出すことが制限されるのかもしれないが、私は詩を作る時に声にすることを大事にしている。声にすることによって自分が最初の観客になるので、自分自身で、自分の中にいる誰かとコミュニケーションができるのではないか」という点にふれ、総評にもそうした内容を書いたそうです。そして、風間氏が冒頭に説明した通り、「作品をまず表すということがあり、それに誰かの応答(コミュニケーション)があることで、学びになっていくこと」に共感した上で、「もしも自分一人しかいない時には、自分の中にある他者というのを動かしていけたら良い。そうしたことが詩という自由な創作活動の中から紡がれて欲しい」と述べました。

■荒木瑞穂さんによる話題提供:
『文芸作品コンクール(短歌)の審査に携わって』

【審査について】万葉集には、挽歌というテーマで、亡くなった人を悼み、呼び戻そうとする歌が数多くあります。古来、短歌には、旅の途中で会うことのできない家族や恋人を偲ぶといったことをテーマとした歌の蓄積が豊富です。荒木さんは「刑務所や少年院の中にいる方々の境遇から表出されるものと短歌は非常に親和性が高い。そういう文学ジャンルだと思う」と言います。そして審査にあたっては、純粋に文学として、良いと思える作品を投稿作の中から選評しているそうです。
【作品の傾向】少年院在院者の作品には、自身の反省や後悔、あるいは新たな決意といったものを詠んだ作品が毎回一定数見受けられるそうです。中には実存的深みに届くものもありますが、多くは周囲の期待に応えるべく、評価や歓心を得ようとするものが多いようにも感じるそうです。彼らには教師である刑務官の外に鑑賞・審査する人が見えないためと思われます。一方、刑務所の成人被収容者の作品には、人生経験を照らし出すような、凄みのある作品が多く見受けられるそうです。
【審査を通じての気づき・所感】審査にあたり、当初作品がワープロ打ちされた状態で届けられましたが、「手書き原稿を見たい」と要望を伝え、実際の手書き原稿を見て審査することに。荒木さんは、手書きの作品を自身で全て手書きで写しなおした上で選じています。荒木さんは、「短歌というジャンルは刑務所・少年院などの境遇の方々と親和性が高いとはいえ、そのことでの特別視はしない。審査を通して、こういう表現ができる同じ人なのだと知れたことは発見だった。評価のフィードバックについては、「毎年、選評と総評を書いて冊子にしていただいているが、私が審査を担当した数年の間に、投稿作が少し変わってきたような気もする。その冊子を読んで、刑務官の外に作品の評価をする人の存在を感じることができたからなのかもしれない。手前味噌かもしれませんが」と述べ、より効果的なフィードバックの必要性について示唆しました。

■小山田徹さんによる話題提供:
『文芸作品コンクール(美術作品)の審査に携わって』

【審査に関わった経緯】美術家の小山田さんは、現在、京都市立芸術大学で彫刻専攻の教員を務めています。審査に関わるきっかけは「京都芸術センター」の職員を通じて相談を受けたことから。小山田さんは、矯正管区の担当者から対面でさまざまな話を聞く中で、「本当に人探しに困っているというのと、私が断ったらきっとこの方は困るんだろうなと思って引き受けることにした」と言います。また、審査員を引き受けた当時のことを振り返り、「他者の生活を想像するという切り口で、ジェンダーやセクシュアリティの問題など、いろいろな思考を学生たちと共有しようとしていたところだった。そうした他者の生活を想像する上で、刑務所や少年院におられる方との接点を通して想像のきっかけが持てるのではないかという思いもあった」と述べました。
【審査について】絵画の審査では、矯正管区から作品が直接送られてきます。少年院から30点、刑務所から30点といったように送られてくる作品を、小山田さんは最初から芸術作品あるいは、評価すべき対象として見ないようにしており、何が自分に語られてきているのかを積極的に考えてみようとするそうです。そして、手紙のやり取りをするつもりで読み取りをして、可能な限りその一つひとつに付箋でコメントを付けて返してきたそうです。小山田さんは「本当はやり取りという形で何回か繰り返したいが、1年に1回のことなので、やり取りは1回限り。私のコメントが本人の手に渡っているかどうかは不確かな状態だが、できれば届いていて欲しい」と言います。
【審査を通じての気づき・所感】小山田さんが気になるのは、被収容者の方々が施設内の情操教育や矯正教育といったものにどこまで抑圧を受けながら題材を考え、美術表現を行っているのかという点です。「図らずも作品として出てきた表現には素晴らしいものがある中で、題材の選び方にどういうバイアスがかかったのだろうか。また、描かれているものに刑務所の中だからというようなものが表現としてあるかというと、なかなか読み取れない。一般の作品と比べても区別がつかないほどのものなので、見ている時には本当にそれが被収容者の表現であるのかを忘れる瞬間がある。ただ、いろいろな癖を持った方や、多様な表現方法の作品が送られてくるので、毎回包みを開けるのが楽しみだ」と述べました。

■高橋亘さんによる話題提供:
『文芸作品コンクール(読書感想文)の審査に携わって』

【作品の傾向】読書感想文は、1作品について原稿用紙4~5枚分ほどのものが送られてきます。長い文章を書くという観点から、読書感想文には書いた人の人となりが見えてくるような作品に出会うことが多く、エッセイ作品にもそうした傾向があるそうです。そうした文章は、家族や恋人、学校の先生に宛てて思いを書いているもの、刑務官や教育係の人に対しての思いを書いているものがあります。成人だと、まだ生まれていない自分の子どもに宛てた未来への言葉が書かれたものもあります。同時に、自身が犯してしまった罪について赤裸々に語る作品に出会うことがあり、その人の人生に思いを巡らすような強い印象を受けることがあるそうです。
作品の傾向としては、更生を意識したポジティブな言葉が綴られたものが多く見受けられるそうです。高橋さんは、そうした作品が多い理由として「やはり社会の雰囲気、被収容者が自由に表現することを許容できない周りの雰囲気があるのではないか」と指摘します。そして、意識的にも無意識的にも更生を意識したものを書かざるを得ない状況があるとして、「更生という意識は、どの作品においても書いた人たちにとっては切実な思いであり、切り離すことができないことなのだろうと強く感じる」と話しました。
【印象深い作品】高橋さんは、記憶に残る作品として初めて審査員として関わった2017年度の成人の部の作品を挙げました。その読書感想文のまとめ部分には「私は生涯加害者です」という言葉が書かれていて、高橋さんには重たく響いたと言います。文中には、事件から10年近い歳月が経っていること、事件の被害者や遺族に対してどう誠実であるべきかを悩んでいることなどが綴られていました。高橋さんは「読書感想文に書いた小説(罪を犯してしまった兄弟の手紙のやり取りが題材)は、感想文の作者が何度も読んできた作品らしく、時々の自身の心境に応じて様々な顔を見せてくれたり、問いかけをしてくれたりするといった内容が書かれていた。生きていく中でさまざまなことを考えながらもがき、生きているということを見出そうとしている姿に非常に心を打たれるものがあり、これは受刑者というカテゴリーだからではなく、僕自身に対しても突きつけられていることのように感じた」と振り返りました。

■五十嵐弘志さんによる話題提供:
『受刑者との関わりを通じて』

五十嵐さんは、元受刑者という当事者であり、現在は「NPO法人マザーハウス」の代表として、受刑者、元受刑者の社会復帰を支援する活動に携わっています。現在NPO法人では、更生改善・社会復帰への第一歩になるとの考えから、約800名の受刑者と文通を行っています。
はじめに、刑務所における表現活動にはさまざまな制約があることを紹介しました。例えば、受刑者が所持できるノートには雑記帳・学習帳があり、いずれも定期的に刑務官による検閲があります。また、便箋など本来文字を書くことを目的としているものには絵を描くことが許されず、スケッチブックや画材の所持を許可してもらう必要があるなど、いかに美術表現のハードルが高い環境であるかがうかがえます。
また、刑事収容施設にいる限り、公募絵画展へ応募することが許されず、知人に私書として送るにも許可が必要です。そのため、受刑者が描いた作品の多くが刑事収容施設内での鑑賞にとどまり、社会に知られることはありません。五十嵐氏は「刑務所は社会の一部だという視点が必要だ。表現作品を社会に発信することで、社会とのつながりが生まれ、真の意味で受刑者一人ひとりの回復に繋がるのではないか。支援活動を通じて、人は孤独の中では回復できず、人とのふれあいの中でこそ回復に向かっていくように痛感している」と強調しました。


写真:上段左より風間氏・荒木氏・高橋氏/下段左より上田氏・五十嵐氏、小山田氏

写真:上段左より風間氏・荒木氏・高橋氏/下段左より上田氏・五十嵐氏、小山田氏


研究会終了後のアンケートでは、刑務所における表現活動とコミュニケーションの在り方について、参加者から次のようなコメントが寄せられました。

参加者の声(一部抜粋):
・拝聴するまで、施設収容者の方々の自由がペナルティとして制限されているという認識でいたが、施設が矯正・社会復帰を目的とするならば、外部とのコミュニケーションとしてこうしたコンクールの意義も理解できると思った。
・施設収容者の応募作品が本人の手元に選評とともに是非返却されてもらいたいし、一般の人にも作品が見られるようになってほしいと思う。
・受刑者を抑圧し懲罰的な扱いをした後に社会へ返すことは、一体誰にとってどんな利益があるのか、改めて考えてしまう。受刑者にとって人間と関わること、表現に対するフィードバックの持つ有用性は未来への大きな投資になると感じた。


第3回 刑務所と芸術研究会「社会的意義:アートプロジェクトとしての“プリズン・アート”?」をテーマに10月9日(土)に行われました。こちらの開催レポートは後日HPにて紹介します。

────────────────────────────
【補注】
*1 文芸作品コンクール:
文芸作品コンクールは、少年院在院者および刑務所被収容者の絵画・習字・詩歌などの創作活動の成果を発表するため、全国に8つある矯正管区(札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・広島・高松・福岡)で毎年実施されているものです。毎年、それぞれの分野ごとに専門家が審査して入賞作品を決定し、入賞作品集が発行されています。
法務省HPでは、少年院在院者の入賞作品の一部が紹介されています。
参照:「法務省>少年院教育作品ギャラリー」
https://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei03_00098.html

*2 「Koestler Arts」の取り組み:
英国最大の被収容者の芸術展 Koestler Artsについて、風間氏が自身のブログで紹介した記事。
参照:「監獄文化研究.net (Prison Arts & Cultural Research Lab)」
https://pacr-lab.net/2019/12/16/koestler-arts/