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卒業式・入学式

2019年度 入学式 式辞

理工学部、理工学研究科のみなさまへの式辞

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。龍谷大学を代表して、皆さんに心からお祝いを申しあげます。また、本日ご列席のご家族の皆さまにも心よりお慶びを申しあげます。

 龍谷大学は、「真実を求め、真実に生き、真実を顕かにする」ことのできる人間の育成に努める大学です。龍谷大学での学び、それは人生に深みと広がりをもたらします。いかに自分はこれまで物事を浅く考えていたか、いかに自分はこれまで狭い世界に閉じこもって世の中を見ていたか。こうしたことに気づかせてくれるのが龍谷大学です。

 わが龍谷大学は君たちを偏差値だけで見たりはしません。一人ひとりがかけがえのない人間であると受けとめ、人間としての成長をしっかりと支え続けます。人生においてターニングポイントとなる、大事な学生生活です。ぜひとも充実したものにしてください。何事をなすにも、大事なのは「情熱と志」です。皆さんの中に眠っている可能性を開花させるべく、どうか「努力」を惜しまないでください。

 努力ということに関して思い起こす人がいます。先日、引退会見を行ったシアトル・マリナーズのイチロー選手です。野球界で素晴らしい記録を打ち立てました。

 イチロー選手は誰よりも多く素振りをし、誰よりも多く練習をする選手でした。まさに彼は努力の人でした。そして、イチロー選手は誰よりも丁寧に時間をかけてグラブの手入れをしていたそうです。彼は野球という競技に敬意を払っていたのです。野球に向き合う彼の真摯な姿勢そして日々のたゆまぬ努力が大記録を樹立させたのです。

 皆さん方は本日龍谷大学に入学されました。大学は学問をするところです。学問が皆さんを今いる位置から高みへと導きます。どうか、学問に敬意をもってください。イチロー選手が丁寧にグラブの手入れをしたように、日々の講義を大事にしてください。

 努力の人イチロー選手の引退会見で印象深い場面がありました。彼は次のように言いました。

 「アメリカでは僕は外国人です。外国人になったことで人の心をおもんばかったり、痛みがわかったり、今までなかった自分が現れたんですよね」と。

 「今までなかった自分」が現れたとイチロー選手は語りましたが、君たちもいま、学ぶ環境が変わりました。新たな人との出会いは、新たな人間関係を構築させます。イチロー選手のように、人の心をおもんばかったり、人の痛みがわかったりすることで、「今までなかった自分」が現れることを期待します。とりわけ龍谷大学は人の悲しみ、人の痛みのわかる学生を育成することに力を注いでいます。

 ところで理工学部そして理工学研究科に入学された皆さんにぜひ考えていただきたいことがあります。今後、科学技術は急速に進化を遂げることは明白です。であればこそ、人間に悲しみや痛みをもたらす科学技術であってはなりません。

 古代インドの説話にこんな話があります。むかし、4人の兄弟がいて、これからしばらくみんな旅に出て、それぞれ特殊な能力を身につけ、いつか再会することとしよう、と約束をします。一番下の弟は兄たちからいつも馬鹿にされていました。何年か後、4人が再会を果たします。案の定、一番下の弟だけは何の能力も習得できていなくて、劣等感にさいなまれていました。

 一人ずつ、身につけた能力を披露することとなりました。

 まずは長男が落ちていたライオンの骨を取り上げ、「自分は動物の骨から骨格を創ることができるようになった」と言って、ライオンの骨からライオンの骨格を創り上げました。

 次男は長男が創ったライオンの骨格を見ながら、「自分は動物の皮と肉、それに血を生み出すことができるようになった」と言ってライオンの骨格に肉と皮を取り付け、血を与えました。

 三男は創り上げられたライオンを見ながら、「自分は生命を与えることができる」とライオンに生命を吹き込もうとしたとき、何もできないでいた一番下の弟が危険を察知して叫びました。「お兄さん達、危ない。逃げて」お兄さん達はその声に耳をかしませんでした。さあ、どうなったか。生命を吹き込まれたライオンに能力を身につけた三人の兄弟は食べられてしまったのです。一番下の弟だけが木に登って助かったというお話です。

 さてこの古代インドの説話は現代の私たちに何を語りかけているでしょうか。

 上三人の兄たちは最先端の科学技術を身につけた者達と解すれば、自分たちが創り出したものによって自分たちの命が奪われてしまったということになります。真実を見通すことができたのは、兄たちから馬鹿にされていた一番下の弟であったわけです。

 最先端の科学技術を習得しても、大事なのはそれが人類全体にどのような影響を及ぼすか、考えぬくことです。

 一番下の弟は何も習得できなかった訳ではないのです。真実を見通す力は身についていたのです。兄たちが一番下の弟の言うことに耳を傾け、タッグを組んでいたら悲劇は起こらなかったはずです。

 この説話はこれからの科学技術の行方について極めて示唆的です。

 アインシュタインはかつてこう言いました。「宗教なき科学は不完全で、科学なき宗教は盲目である」と。

 科学的思考の中に、いのちをみつめ、人間の尊厳に思いをいたす視点を常に配備する必要があります。科学技術が人間を幸せにするかどうか、仏教的観点から検証していく。これこそが最先端をゆく理工学部の姿であると私は思います。

 さて、皆さんが入学した龍谷大学の歴史は古く、その始まりは1639(寛永16)年にまで遡ります。西本願寺境内に設けられた教育施設「学寮」がその出発点です。龍谷大学は今年、創立380年を迎えました。そして昨日公表されたように、5月より「平成」が「令和」に変わります。記念すべきメモリアルイヤーに皆さんは入学されたのです。

 龍谷大学の長い伝統は深い人間洞察の気風を育みました。これは、激動の鎌倉時代を生きた親鸞聖人の生き方に由来します。親鸞聖人は人間の根源的なありようを問いかけました。龍谷大学は創立以来、親鸞聖人が開かれた浄土真宗の精神を建学の精神に掲げ、現在に至っています。

 いま龍谷大学を特色づけるのは、他者と共に生きていく姿勢を形成しようとする空気です。近年、社会貢献活動に関心を示す学生が増えています。ボランティア活動、障がいをもっている学生諸君への支援といった本学学生の取り組みは社会から高い評価を受けつつあります。一方で、残念ながら、今、他者を排除しようとする排他的感情が世界的に渦巻きつつあります。龍谷大学では、すべてのいのちを大切にする利他的な生き方を培います。他者の幸福を願う「利他」は「排他」とは真逆の精神作用です。利他の精神は仏教が長きに渡って育み、伝えてきました。自分さえよければいいという自己中心的な事象が目につく昨今ですが、龍谷大学で学ぶ学生一人ひとりは、折につけ、助け合うこと、支援し合うことの大切さに目覚めるはずです。

 私は創立380周年にあたり、「自省利他」をキーワードとすることにしました。「自省」、自らを省みることです。自分は果たしてこのままでよいのかと自己を省みる。自らが所属する組織は果たしてこのままでよいのかと省みる。そしてさきほどから出ている「利他」。他者に利益を与えること。持続可能社会の実現に必要なのは「自省利他」と考えています。自省利他の精神に基づく学生諸君の活動を社会にアピールすることも計画中です。

 自分は肝心なことは何も知らなかったと気づくとき、真の学びがスタートします。龍谷大学は、うそ・偽りの人生ではなく、本物の人生を目指す学生を育てる大学です。大学での学びは、高校までの勉強とは異なります。最初のうちはとまどうこともあるでしょう。大学院へ進学された方も、高度な知性が要求されることに対し怖気づく人もいるでしょう。そのとき、どうか自分に問いかけてみてください。「自分は何のためにここにいるのか」と。最初に抱いたはずの大いなる志をどうか忘れないでください。

 日本の大学生の特徴としてしばしば指摘されることがあります。講義中の居眠り、講義中のおしゃべり。これなどは、自分で自分自身の可能性を閉ざしている姿以外の何物でもありません。いま何をなすべきか、いま何の時間なのかを自分に問う習慣が「今までなかった自分」を出現させるのです。現実を直視し、いま自分のなすべきことは何かをつねに問い、着実にステップアップしていってください。

 未来社会を担うのは皆さんです。皆さんが龍谷大学で実り豊かな学生生活、研究生活を送られることを、そして皆さんの前途に輝かしい未来があらんことを願って、私の式辞といたします。

 ご入学まことにおめでとうございます。

2019(平成31)年4月2日

龍谷大学・龍谷大学短期大学部
学長  入澤 崇