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2021.07.08

アジア犯罪学会(ACS2020)全体講演レポート_浜井浩一教授【犯罪学研究センター】

“安全な”国の犯罪学のパラドックス 日本の事例から ―日本はいかにして低犯罪率を維持してきたのか?ー

龍谷大学がホスト校となり、2021年6月18日(金)〜21日(月)の4日間にわたり国際学会「アジア犯罪学会 第12回年次大会(Asian Criminological Society 12th Annual Conference, 通称: ACS2020)」*をオンラインで開催しました。2014年の大阪大会に次いで国内では2回目の開催となる今大会では、アジア・オセアニア地域における犯罪学の興隆と、米国・欧州などの犯罪学の先進地域との学術交流を目的としています。
大会の全体テーマには『アジア文化における罪と罰:犯罪学における伝統と進取の精神(Crime and Punishment under Asian Cultures: Tradition and Innovation in Criminology)』を掲げ、「世界で最も犯罪の少ない国」といわれる日本の犯罪・非行対策と社会制度・文化に対する理解を広めることを目指しました。
【>>関連ニュース】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8690.html

最終日6月21日(月)Closing Plenary Sessionは、本学深草キャンパス・成就館とオンラインとのハイブリット方式で実施し、浜井 浩一教授(本学・法学部)が登壇しました。

[CL] 「“安全な”国の犯罪学のパラドックス 日本の事例から ―日本はいかにして低犯罪率を維持してきたのか?ー」
The paradox of criminology in a ‘safe’ country: The case of Japan – How has Japan maintained a low crime rate?


〔講演者〕浜井 浩一(龍谷大学 法学部 教授)
Koichi HAMAI (Professor of Criminology, Ryukoku University, Japan)
〔司 会〕古川原 明子(龍谷大学 法学部 教授)
Akiko KOGAWARA (Professor of Criminology, Ryukoku University, Japan)
〔日 時〕2021年6月21日(月)11:00-11:50
〔キーワード〕安全神話、高齢者犯罪、少年非行、儀礼主義、刑罰ポピュリズム、パンデミック、公衆衛生学


浜井 浩一(龍谷大学 法学部 教授)

浜井 浩一(龍谷大学 法学部 教授)


報告タイトル 「“安全な”国の犯罪学のパラドックス 日本の事例から ―日本はいかにして低犯罪率を維持してきたのか?ー」

報告タイトル 「“安全な”国の犯罪学のパラドックス 日本の事例から ―日本はいかにして低犯罪率を維持してきたのか?ー」

〔報告要旨〕
【犯罪認知件数の減少と高齢者犯罪の増加】 日本は先進諸国の中でも、最も安全な国であると言われています。人口10万人あたりの殺人の検挙人員は、諸外国に比べて格段に少なく、しかも年々減少しています。暴力犯罪被害による死亡者数も減少しています。他方で、高齢者による犯罪は増加しています。受刑者の全体数は減少しているにもかかわらず、「万引き」のような軽微な犯罪で刑事施設に収容される高齢者の数が増えています。日本の刑務所は、福祉施設化していると言ってよいかもしれません。認知症を患った高齢受刑者も多く、刑務所内で亡くなる高齢者も増加しています。社会に居場所がないために再犯をおかして、再入所してくる受刑者もいます。刑務所が高齢者のセーフティネットになってしまっているのです。

【低犯罪率の謎】 なぜ、そして、いかにして、日本は低犯罪率が維持されているのでしょうか。ジョン・ブレイスウエイトは、日本の刑事司法が再統合的に機能していると言います。また、日本の警察制度を研究したデイビッド・ベイリーは、「交番(koban)」に象徴される地域警察活動によるところが大きいと言います。法務省は、2021年3月に開催された京都コングレスにおいて、日本の犯罪率は、国民の刑事司法に対する信頼が高いことに起因していると説明しています。しかし、さまざまな実証研究のデータが示すところによれば、日本の刑事司法は再統合的ではなく、むしろ、罪を犯した人に対して非寛容であるということがわかります。浜井浩一=津島昌弘「刑事司法に対する信頼調査」では、日本人の警察をはじめとする刑事司法に対する信頼は、諸外国に比べて高いとは言えないという結果が得られました。Procedural justice モデルによると、刑事司法に対する信頼が、法執行の正当性につながり、それらが人々の遵法行動の基礎になるとされます。日本のデータでは、このモデルは証明されませんでした。つまり、エビデンスによれば、日本の低犯罪率の原因は、「刑事司法の寛容さ」や「国民の司法への信頼」ではないということになります。

【いわゆる「同調圧力」】 日本の社会は、秩序を乱し、迷惑をかける人に対して懲罰的です。だから人々は、人に迷惑をかけることを極度に恐れます。日本では、誰かに助けてもらったり、誰かのお世話になったりした際には、「Thank You (ありがとうございます)」ではなく、「I am sorry ((迷惑をかけて)すいません。ごめんなさい)」という人が少なくありません。生活保護の申請にためらいを覚えるのも同じ理由です。社会秩序は、集団内の相互監視や集団から排除への怖れによって維持されると言えるかもしれません。相互監視の社会は、排除や孤立への怖れから犯罪を踏みとどまらせます。しかし、一度、社会から孤立してしまった人、犯罪という一線を越えてしまった人に対しては厳しい目が向けられます。孤立した高齢者が増えている中、厳しい相互監視の目が、高齢者を犯罪へと導く要因ともなっています。そのような高齢者にとって、刑務所は、他者に迷惑をかけず、新たなスティグマを付与される不安のない、唯一の場所になってしまっているのでしょう。

【日本の少年非行】 最近、日本の少年をめぐる経済状況は悪化しています。貧困状態にある少年は増加しています。ところが、少年非行は減少するという逆説的現象が見られます。この現象は、ロバート・マートンのアノミー論によって説明できます。アメリカのような「革新(innovation)」によって特徴付けられる社会では、目標を達成するためなら手段に少々問題があってもいい、という価値選択と行動パターンが優勢です。これに対して、日本は、目標を切り下げても、横並びや同調の方を大切する「儀式主義(ritualism)」が優勢な社会だと言えるでしょう。さらには、最近の若い人たちには、そもそもの目標の達成やルールへの同調を放棄してしまう「逃避主義(retreatism)」の傾向すら見られます。非行すらやる気のない少年たちが現れ始めているわけです。内閣府が行った青少年の意識に関する国際調査でも、日本の若者が自分たちの将来に大きな希望を抱いていないことが表れています。大きな夢を持たなければ、犯罪の原因ともなる不満により緊張状態も生じないということです。

【パンデミックと犯罪学】 今回のアジア犯罪学会は、COVID-19の世界的流行というパンデミックの中で開催されました。わたしは、学術部門を担当する立場から、招待講演者の方々にパンデミックについて言及していただくようお願いしました。

ディビッド・ガーランド(ニューヨーク大学 教授(法社会学),アメリカ)は、犯罪学は、公衆衛生(専門家)がこのパンデミックの中で果たしている役割から学ぶべきだと主張しています。また、専門家の知識を市民や政策立案者にどのように伝えるか、公共犯罪学の視点が重要であるとも述べています。すなわち、パンデミックでは、人がウイルスに感染し、そのウイルスが感染者から他の人に感染していきます。公衆衛生の重要な使命は、現実の脅威を科学的に人々に伝えることです。つまり、戦うべき対象(悪)はウイルスであって、ウイルスを持っている人ではないということを正確に伝えることが重要なメッセージなのです。犯罪学も同じです。刑罰ポピュリズムは、われわれにとっての真の脅威は犯罪者個人であるから、彼らを孤立させ、隔離し、威圧し、監視することが問題解決の道だと主張します。しかし、犯罪学の使命は、公衆衛生学と同様、人が犯罪をおかすメカニズムと人が犯罪から立ち直るメカニズムを科学的知識に基づいて解明し、一般市民にそれを知らせることにあります。感染症と同様、誰もが犯罪というウイルスに感染する可能性があります。そして、誰もがその感染から回復することができます。そのことをきちんと伝えていくことが大切です。

シャッド・マルーナ(クイーンズ大学 社会科学・教育・ソーシャルワーク学部 教授,イギリス)は、犯罪という感染症から回復する方法を示し、ロレイン・マッツェロール(クイーンズランド大学 犯罪学部 教授,オーストラリア)は、信頼できる刑事司法こそが問題解決の鍵であると指摘しました。 ガーランド教授と同様にジョン・プラット(ヴィクトリア大学ウェリントン 犯罪学研究所 教授,ニュージーランド)も、犯罪学は公衆衛生の成功例に学び、正しい知識を人々に伝える努力をする必要があり、それが厳罰的なポピュリズムを抑え、犯罪学の未来を切り開くことになると指摘しました。

日本の社会は、一定のラインを超えてトラブルを起こしたり、他人に迷惑をかけたりする人に対して、基本的に、非常に懲罰的です。そして、人びとが一定のラインを超えないようにするための相互監視が機能している社会です。パンデミックの中でも、日本政府は、ヨーロッパ諸国のように、ロックダウンなどの強力な措置は講じていません。そして、政府に対する信頼も決して高くありません。しかし、比較的低い感染率を維持できているのは、おそらくこのような社会の特徴が機能しているからだと思います。


【刑事政策のパラダイム】 日本の例に沿ってお話ししましょう。わたしは、ある地方政府の要請に応じて、更生支援のアドバイザーを引き受け、実証的データに基づいて、再犯を防止するためには、地域社会での再統合を支えることが重要だと助言しました。犯罪者は、社会から排除すべき敵ではなく、わたしたちと同じ、社会の中で生まれ、社会に戻ってくる存在であることを、エビデンスを示して説明しました。日本の刑事政策は、懲罰的パラダイムから、再統合的パラダイムへと転換すべきです。自治体レベルでもこうした取り組みが始まっており、わたしの関与した「奈良市更生支援に関する条例」はその一例です。

【むすび】 仏教には「縁(えん)」という観念があります。この考え方からは、犯罪をおこなった人もわたしたちと同じ人間であり、縁を取り戻すことで立ち直ることができると考えます。この縁の思想を犯罪学が多くの人びとに納得させることができれば、日本は相互監視の社会から相互信頼の社会へと変わることができるかもしれません。そして、それが日本の犯罪学が目指すべき道なのだと思います。


このような内容の今大会を総括する全体講演の後、日本においては、なぜ、高齢者が犯罪をおかすのか、そして、高齢者はどうして孤立する傾向にあるのかについて議論がありました。その答えは、高齢者の孤立にあります。一人暮らしの高齢者は周囲の助けがなければ生活できません。しかし、多くの高齢者は助けを求めて人に迷惑をかけてはいけないという思いから家の中に引きこもって孤立してしまうのです。


古川原 明子教授(本学・法学部)がClosing Plenary Session, Closing Ceremonyの司会進行を担当

古川原 明子教授(本学・法学部)がClosing Plenary Session, Closing Ceremonyの司会進行を担当


大会組織委員会メンバー(一部)

大会組織委員会メンバー(一部)

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◎ゲスト・スピーカーのAbstract(英語演題)はオフィシャルサイト内のPDFリンクを参照のこと。
ACS2020 Program https://acs2020.org/program.html


*アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)
マカオに拠点をおくアジア犯罪学会(Asian Criminological Society)は、2009年にマカオ大学のジアンホン・リュウ (Liu, Jianhong) 教授が、中国本土、香港、台湾、オーストラリアなどの主要犯罪学・刑事政策研究者に呼びかけることによって発足しました。その使命は下記の事柄です。
①    アジア全域における犯罪学と刑事司法の研究を推進すること
②    犯罪学と刑事司法の諸分野において、研究者と実務家の協力を拡大すること
③    出版と会合により、アジアと世界の犯罪学者と刑事司法実務家のコミュニケーションを奨励すること
④    学術機関と刑事司法機関において、犯罪学と刑事司法に関する訓練と研究を促進すること
このような使命をもつアジア犯罪学会は、現在、中国・香港・マカオ・台湾・韓国・日本・オーストラリア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・アメリカ・スイス・パキスタン・インド・スリランカなどの国・地域の会員が約300名所属しており、日本からは会長(宮澤節生・本学犯罪学研究センター客員研究員)と、理事(石塚伸一・本学法学部教授・犯罪学研究センター長)の2名が選出されています。