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Vol.07 October 2024
ビジネスパーソンを支える 「パフォーマンス」のつくりかた

ヒトがハイパフォーマンスで動き続けられる仕組みを研究する「スポーツ栄養学」に取り組む研究者の知見を応用。ビジネスパーソンに役立つパフォーマンス向上のポイントを聞いた。

Overview

スポーツ選手の身体能力を支える「スポーツ栄養学」。その基本的な考え方は、広く人々の仕事と暮らしのパフォーマンス向上に役立てることができると、龍谷大学・石原健吾教授は考えている。忙しいビジネスパーソンが、健康的かつエネルギーに満ちた状態で日々の仕事や生活に取り組むために何ができるのか。生涯にわたってパフォーマンスを発揮するための頭と体の健康づくりについて、石原教授は「食べる・動く・休む」のクオリティを高めることに尽きると強調する。適度な運動と栄養と睡眠が、脳機能と体の健康に重要であるとはいえ、自分の生活には変えられるところ、変えられないところがある。自分自身のモチベーションとおかれている環境とのバランスで生活習慣は決まる。健康づくりのために、個人だけでなく組織、そして社会全体で取り組むべきことを聞いた。

Opinions

監修 石原 健吾 / 龍谷大学農学部・教授 / 博士(農学)

トップアスリートを観察してわかった「プランニング」の重要性

「アスリートは華々しいシーンが注目されがちですが、実際にはそれを支える日々の過酷な練習があるわけです。怪我が続いて練習ができなければ、選手生活は継続できないですね。同様に、一流のビジネスパーソンには、24時間という単位では高い集中力でタスクをこなし、一生という単位では健康で仕事、趣味、家庭を両立させるペース配分が求められます」と石原教授。

教授が研究で出会うウルトラマラソンのトップ選手達も、レース当日の行動だけではなく、普段から周りの人の協力を得ながら、生活全体をレースに向けて調整していく能力に秀でているという。「100km以上走る超長距離走選手の食べ方を研究した際、トップ層の選手で『どこで何を食べるか』という計画表が緻密に作られていることに驚きました。このファイナルのアウトプットのイメージが具体的になるほど、そこに向けてやるべきことも具体的になり、結果として成功が近づく点はビジネスと超長距離スポーツの共通点だと思います」

Point1 血糖値管理が日々の栄養管理の基本

栄養に関心を持つビジネスパーソンにまずオススメしたいのが血糖値管理だ。食べ物、運動というインプットを、血糖値というアウトプットでダイレクトに評価できる点でPDCAのサイクルが早い。高すぎても低すぎても、集中力や効率は上がらないため、血糖値は一定の値にコントロールすることが望ましい。とは言え、同じ量の食事をとっても血糖値の上昇度合いは体質によって異なる。

石原教授の専門領域は、ランニングなどのエンデュランススポーツに取り組む人々の血糖値コントロールに関するもの。石原教授も自身を実験台に、血糖値の急上昇や急降下がパフォーマンスを下げることを確認し、適正な摂取量・摂取タイミングを探ったという。石原教授が測定に用いたのは、腕にセンサーを装着して使用する血糖値測定器。同様の測定ツールは市販もされているため、気軽にトライしてみることがおすすめだ。スポーツにおけるパフォーマンスとビジネスにおけるパフォーマンスは必ずしも同一ではないが、血糖値の乱高下は、長期的な健康という点でも避けることが望ましい。「どのような食べ方をすれば、血糖値の急上昇を予防できるのか?」という問いに、石原教授はいくつかの具体的なアドバイスを示す。「お昼の炭水化物を減らす、最初に野菜など食物繊維を摂取する。『胃もたれする』という言葉どおり、油脂は胃に長く留まるので、血糖値も上がりにくい。ゆっくり食べることも効果的ですね」。

Point2 2週間の食事記録と毎朝の体重測定でベストなPFCバランスを探る

「食べ方」という観点では、栄養バランスも無視できない。「バランス良く食べる」ことが栄養の基本だとは広く知れ渡っているが、あまり意識されていないのが、その最適バランスが人によって異なる、ということだ。「筋肉を増やしたいのか、スタミナをつけたいのか、あるいは痩せたいのか。目標と身体の状態も違えば、それにふさわしいPFC(タンパク質、脂肪、炭水化物)バランスも異なる」。それを知るために、石原教授が勧めるのは「目標とする体型やパフォーマンスを実現している人の食べ方を真似してみる」こと。「2週間程度、食事の記録と毎朝の体重測定を実践してみて、自分の体重や体脂肪率の変化をアセスメントし、目的に近づいているかを評価する。そうでなければ修正することを繰り返す」というもの。

まずは具体的なパフォーマンス目標を定め、自分の身体と向き合い、毎朝の体重測定を通じてPDCAを繰り返す。こうすれば、漠然とした健康や栄養の情報に惑わされることなく、自分だけの栄養バランスの軸を持つことができる。

Point3 年齢による体質変化を見逃さない

好ましい栄養の摂り方は、加齢によっても変化してゆく。若い人と中高年、高齢者が、それぞれ元気にパフォーマンスを発揮するための食べ方、動き方を、石原教授に聞いた。「ライフステージによって、食べるものは段階的に変えていく必要がある。中高年は、若い時に比べて栄養の処理能力が低下するため、脂肪を抑えてメタボ肥満や生活習慣病の予防に配慮した食べ方が必要です。さらに歳をとってきたら、PFCバランスで言うとタンパク質をたくさん食べること。一方で摂取エネルギー量はあまり控える必要はない。高齢期に入ると筋肉量も体重も落ちてきて、食欲も減少する人が増えます。食が細くなってきた、食べる量は同じなのに体重が減るようになったと感じたら、積極的に肉も魚も、ご飯も食べた方がいい」。

Point4座りすぎを避け、体を動かす」ことが頭にも体にも良い

食べることだけではなく、動くこと、休むこともセットになってビジネスパフォーマンスはつくられると語る石原教授。働き続けられる健康な体も頭も、食べた物から作られるから食べ物は大事。とは言え、運動習慣があった方が骨も筋肉も血管も健康に近づく上に、運動には神経細胞のニューロン新生を促進する効果や腸内環境を整える効果もある。「早寝早起き、こまめに動く、ちゃんと食べるが大切」ということだ。「動き方」を考えるうえで石原教授が参照を薦めるのが、厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」。ここには、健康増進のための具体的な指針が記されており、その基本は全身運動だが、2023年版には新たに、成人と高齢者に対して、定期的な筋トレを推奨することと「座りすぎを避ける」ことが盛り込まれた。

石原教授は提言する。「1日のうち、デスクに向かって長時間を過ごす職場であれば、スタンディングデスクの導入や自転車通勤・ランニング通勤の推奨など、組織として取り入れられる対策もあります」。とはいえ、多くのビジネスパーソンの悩みは「仕事が忙しくて、体を動かす時間がない」こと。石原教授は「その元凶は長時間労働にあることは、統計でも明らかです」と指摘する。「ワークシェアリングや、女性がもっと働き続けられる労働環境づくりも、社会が健康であり続ける上で、大切ではないでしょうか? “長寿健康の日本”はブランドです。企業や社会が健康づくりに、もっと寛容であってほしいですね」。

厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド

Another View ウルトラスポーツに熱中し、出家に至った“元IT企業経営者”が語る

龍光 / 1974年札幌生まれ。2022年インドにて得度。龍光ポスト/Ryukou Post

(編集後記)
東京大学大学院に在籍中1999年、「iモード」で携帯向けウェブサイト「居酒屋ネット」を個人制作し運営。2000年からモバイル事業を設立。08年に独立系投資ファンドを起業。複数の人気ウェブサービスを経営するなかで、過酷な環境で走り続ける「サバイバル・レース」にのめり込む。2022年10月に出家得度(とくど)。

運動がもたらした、精神状態と思考の変化

ウルトラスポーツに挑戦する前、インドア派だったんです。ランニングにハマったきっかけは、ゲームでのバーチャルランニング。ランニングが習慣化すると、自分に向き合う時間が増え、自分の状況や思考に対して客観視ができるようになりました。結果、感情的な波が和らいで、物事を多面的に捉える回路が育っていったと感じます。

自分の体験から、「体の生理的状態とそれを“解釈”する脳の傾向、つまり体の状態に対して喜怒哀楽などの感情をもたらす回路の発達状況とそのフィードバックループが、耐久系のスポーツには特に重要だと感じました。長距離を走っている最中、きついと感じていたのが、あるタイミングで高揚感に切り替わり、エネルギーが湧いてくる感覚を覚える。そしてさらに走れるようになる。──このようなループを繰り返すことで、思考と身体のパフォーマンスが変化していくのを感じました。筋肉、肺、心臓は負荷トレーニングで鍛えられますし、腸内環境も食生活で調整できますが、精神面や思考が変化するうえでは、このフィードバックループが大きな影響をもたらしたように思います。

私の場合は、得度後、瞑想によっても自身の心身の変化を感じる機会を得るなど、「人生が変わった」わけですが、ここまでには至らずとも、耐久系のスポーツが自身の内面に与える影響は誰しもきっとあると思っています。

龍光 / 1974年札幌生まれ。2022年インドにて得度。龍光ポスト/Ryukou Post

(編集後記)
東京大学大学院に在籍中1999年、「iモード」で携帯向けウェブサイト「居酒屋ネット」を個人制作し運営。2000年からモバイル事業を設立。08年に独立系投資ファンドを起業。複数の人気ウェブサービスを経営するなかで、過酷な環境で走り続ける「サバイバル・レース」にのめり込む。2022年10月に出家得度(とくど)。

Learn More 研究者が教えるパフォーマンスづくりのヒント

研究者が自身の知見から語る、持続的にパフォーマンスを発揮するためのヒント集

河合 美香 / 龍谷大学法学部・教授(スポーツ科学系科目担当)
【主な研究内容・活動】
トレーニング科学とスポーツ栄養学の二分野から研究を推進。長距離走選手としてのアスリート経験に加え、トレーニングや栄養学の専門家として、女子マラソンの高橋尚子選手(オリンピック金メダリスト)など、様々な種目の選手をサポートしてきた経験をもつ。

現在、女性アスリートの心身コンデションについて調査研究を推進しています。女性アスリートの「三主徴」として懸念されている不調(利用可能エネルギー不足とこれに付随する月経不順、骨粗鬆症)があり、これらはパフォーマンスに大きく影響します。女性アスリートの心身の健康を考えることは、近年、期待されている女性の活躍推進にもつながると考えています。

私自身が生活で気をつけているのは、食事を五感で楽しむこと、また階段の上り下りなど、できる限り生活のなかでの活動量を確保すること。さらに「にこにこペース」と呼ばれる強度でのスロージョギングやインターバル速歩といった運動を実践しています。「にこにこペース」とは、最大運動の50~60%程度とされる運動強度の目安。にこにこしながらできるくらいの運動の強度として、健康づくりに推奨され、また体脂肪の減量にも有効と言われています。

水口 政人 / 龍谷大学心理学部・教授
【主な研究内容・活動】
「ビジネス心理学」として、心理学の多様な知見をいかにビジネスで活用していくかを研究している。過去には商社に勤務しており、ビジネスパーソンとしてメキシコ駐在や会社経営を経験。他方、スポーツにおいては2024世界マスターズ陸上に出場し、M50クラスの4×100mリレーにて優勝、100m走にて準優勝。

ビジネスでもスポーツでも、重要局面でパフォーマンス発揮するためには「無いものは出ない」の心構えが効果的です。前もって「有るものを積み上げる」べく毎日どの行動をどれだけやるか、その一点に全力を注ぎます。前述とは反対に、積み上げをおろそかにしたまま、いざの局面を迎え、その場で無いものを生み出そうと、安易に流行りの「メンタル〇〇」の類に救いを求める方が多いように感じますが、そのような思考は成長の妨げにさえなり得ると私は考えています。

十分な睡眠および“積み上げ”を含んだ規則正しい生活リズムが結局はいちばんの近道です。(私自身も10年間、基本的に毎日21時に就寝し、3時半に起きてトレーニングをしています)

上田 由喜子 / 龍谷大学農学部・教授
【主な研究内容・活動】
強制することなく健康的な行動へと促すことを指す「行動変容」を中心に研究を行う。スポーツ栄養の知見に基づく集団の健康増進のためのアプローチ手法や食教育カリキュラムの開発に取り組む。

人は必ずしも合理的な選択・行動を行うものではありません。直感的な判断や決定に基づいて行動することを踏まえ、誘惑に耐えたり何かを禁止したりといった以外の方法で、より良い判断や行動を自然に促す仕掛けづくりに注目しています。これは「ナッジ理論」と呼ばれるものですが、その効果についてはまだ不明確な部分が多く、個人の行動変容の持続性に関する理解も不十分であるため、さらなる研究が求められています。

行動心理の知識をひとつあげると、すでに費やしてしまったコストにとらわれ、無駄にしたくないとさらにコストを投じてしまう心理を「サンクコストの効果」と言うのですが、これは「食べ放題」などでも発揮されがち。「元を取りたい」と思っての食べすぎ・飲み過ぎには気をつけましょう。

中村 富予 / 龍谷大学農学部・教授
【主な研究内容・活動】
生活習慣病・がんの予防に役立てることを目指し、排便状況と生活習慣、食事内容との関連について研究を行う。管理栄養士の資格をもち、公衆栄養学の知識に基づいた発信・教育に携わる。

近年「腸の健康」の注目度が高まっていますが、現代の日本人には胃腸に問題を抱えている人が多く、こうした胃腸の虚弱性は「ガットフレイル」と呼ばれています。「便秘」もガットフレイルが原因で起きる不調のひとつ。便通は自律神経とも密接な関係があり、快便でないと、自律神経が乱れ体調不良の要因になったり、自律神経の乱れで便秘になったりします。便秘予防というと食物繊維や水分をしっかりとることがよく推奨されますが、それらが慢性便秘症を解消するかどうかは現状では十分なエビデンスがないとされています。

わたしが薦めたい便秘予防方法は、栄養素のバランスのとれた食事を朝食からしっかり三食とること。700人を対象にした調査では、朝食の総エネルギー摂取量が多く、さらに野菜の摂取量が多いほど、排便回数が多いという結果が得られました。この結果から、朝食の食事量が胃・結腸反射を刺激し、野菜の中に含まれる食物繊維が便のかさを増し、排便反射を促し、それが排便促進につながると推測しています。

総合監修

石原 健吾(いしはら けんご)
/ 龍谷大学農学部・教授 / 博士(農学)

京都大学大学院農学研究科博士後期課程終了。博士(農学)。日本スポーツ栄養学会理事。専門は長時間運動のための栄養補給。

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