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Vol.06 August 2024
ネイチャーポジティブ: 人類が生き延びるための緊急課題

生物多様性の損失を止め、回復に転じさせる「ネイチャーポジティブ」が、あらゆるビジネスにおいて無視できない緊急課題となっている。取り組む上で知っておきたいのが、生物多様性の指標となる環境DNAを“コップ一杯の水”から調査できるという「環境DNA分析」だ。

Overview

2020年、脱炭素に続く重要課題として世界経済フォーラムから提唱された概念「ネイチャーポジティブ」。失われ続ける地球の生物多様性を回復、つまりポジティブな方向へ転じさせるアクションが、ビジネスや経済の健全な成長において急務であることが、国際社会に向けて明確に示された。産業界は生態系サービスを利用し、同時に生物多様性に責任を負う存在として認識され、企業に対する各国の規制や投資家のまなざしは急速に厳しくなりつつある。

© Yasuaki Kagii

Opinions

監修 山中 裕樹 / 龍谷大学先端理工学部・教授 / 博士(理学)

ネイチャーポジティブは「トレンド」ではない

ネイチャーポジティブとは、「ポジティブ」の言葉の通り、生物多様性の「維持」にとどまらず、「回復」を目指す行動指針だ。留意したいのは、これが、決して一時的な“トレンドワード”ではないこと。人類存続のために必須であり、世界各国の政治、経済界が一丸となって取り組むべき緊急課題であり、2022年12月に開催されたCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)では、2030年までに達成すべき目標が明確に示された。(※1)

生物多様性の損失はすでに危機的状況にあるが、もし、目標が達成されれば、経済面にも大きな好影響をもたらす。世界経済フォーラムのレポートを基にした推計によると、経済がネイチャーポジティブな方向に移行した場合、日本に創出されるビジネス機会は、2030年時点で約47兆円にのぼるという。(※2)ただし、ネイチャーポジティブ経営で資金や顧客を獲得するためには、明確な目標と情報の裏付けが求められる。そこで今、効果測定手法として注目を集めているのが「環境DNA分析」だ。導入ハードルが低く、環境負荷も抑えられる調査方法として脚光を浴びる技術のポテンシャルを、第一人者である龍谷大学先端理工学部・山中裕樹教授に聞いた。

※1 環境省ホームページより ※2 環境省ホームページより

生物多様性を可視化する「環境DNA分析」の画期性とは

山中教授が「環境DNA分析」の手法を発見したのは2009年ごろ。「2011年から学会発表をして、徐々に知られるようになりました。当時、ネイチャーポジティブという言葉はありませんでしたが、近年になり、環境省の公共事業の入札の仕様書に『環境DNA分析の実施』が記載されるまでに認知と信頼度が急速に高まりました」。

採取した水から周囲に存在する生命体のDNAを抽出、定量PCR法を用いて分析することで、そこに生息する生物種を探り出す。画期的なのは、生物そのものを採集しなくても良い点で、コストと環境負荷を大幅に抑えた生態系調査が可能になっている。山中教授が年に一度、市民参加のもと実施している琵琶湖100地点での環境DNA調査では、昨年、これまで確認されていなかった外来魚のDNAが見つかった。「これまでは実際に獲るまでわからなかった外来種の早期検出ができれば、そのぶん、速やかな対応が可能になるのでは」と山中教授は期待する。

一方で、課題もある。「これらの生態系データは、どうしても局地的なものになる。今後の開発が期待される自動分析装置や衛星経由でのデータの収集が可能になれば、ビッグデータ化によって地球規模の生態系の未来予測も可能になるでしょう。ただ、ヨーロッパやアメリカにおける積極的な環境DNA分析データの活用に比べると、日本は遅れをとっているのが現状。重要性が理解され、仕組みや資金面などの整備がもっと進めばと思うのですが……」。

環境DNA分析、あなたのビジネスにどう活かす

環境DNA分析は、産業界での期待も高い。環境省が2024年に公表した「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」では、生物多様性への配慮が、企業の価値評価に大きく影響することが示唆されている。(※3)「今後はネイチャーポジティブな方向で事業を展開する企業しか残れないような社会になっていくのではないか」と予測する山中教授。

事業が自然環境に与える影響のアセスメントと情報開示は、いよいよ重要になる。生態系を可視化する「環境DNA分析」が注目を集める所以だ。いち早く導入したのは、建設コンサル業界だったが、近年ではより現場に近い中小企業からの導入相談も増えているという。飲料会社や繊維業を中心に扱う企業など、連携先はますます多様化している。山中教授いわく「ネイチャーポジティブに取り組むうえで、効果測定は最初に整えるべき基盤となるもの。第一歩を踏み出したいと考えている企業の方がいたら、ぜひお声がけいただけたら」と呼びかける。

※3 環境省ホームページより

Crosstalk 仕組みづくりから検証する、地域における「環境DNA分析」の実装可能性

琵琶湖100地点調査などの研究調査活動を進めるなかで山中教授が今、もっとも課題を感じているのは、活動の持続可能性について。調査活動を中長期的に持続し、ネイチャーポジティブ実現につなげるためには何が必要なのか。東近江市を拠点にコミュニティファンドを運営し、地域課題解決のために人と資金が持続する仕組みづくりに取り組む「東近江三方よし基金」常務理事の山口美知子さんとのクロストークから考える

[写真右] 山中 裕樹(やまなか・ひろき) / 龍谷大学先端理工学部・教授 / 博士(理学)
琵琶湖に近い田園地帯で育つ。魚とりをしすぎてずっと叱られながら小学生時代を過ごし、家電製品の開発がしたいと浮気心を抱いていた中学生時代を経て、結局、琵琶湖のためにと水棲生物の研究者に。

[写真左] 山口 美知子(やまぐち・みちこ) / 公益財団法人東近江三方よし基金・常務理事兼事務局長
滋賀県職員、東近江市職員を経て、創設に関わった公益財団法人の常務理事に2019年に就任。2021年3月に市役所を退職し現在に至る。一般社団法人kikito、NPO法人まちづくりネット東近江など市民の主体的な取り組みの立ち上げにも関わる。

山中教授:環境DNA分析は、今では環境省とか国交省とかの調査でも使われるまでになりましたが、今後も持続的に生物多様性情報を取得し続けたい。そのためには社会や地域に環境意識を根付かせていくことはもちろん、資源も必要です。山口さんが、地域の方や関係者の気持ちを持続させながら、必要なお金が回っていく仕組みをつくっておられることに注目していました。

山口さん:数年前に、環境DNA分析を教えていただいた時、すごく衝撃を受けました。我々は、地域の中で起こるさまざまな変化を「社会的インパクト」として評価し、見える化していくことで、チャレンジしやすい環境をつくろうと活動しています。この評価指標として、日本の環境指標はアウトプット、たとえば魚を何匹放流しました、というような話が中心になりがちですが、ヨーロッパはアウトカム(成果)を指標とすることが多い。自分たちの行動の影響を知る、さらにそれを見てどう感じるか、がセットでないと、人もお金もなかなか動かせないと考えています。

山中教授:生態系を数値で見える化する。そこに労力を払っていること自体がしっかり評価されてほしいです。「社会貢献はボランティア」という当たり前のような考えは大学にもありますが、僕は、ビジネスのようにお金が動く仕組みを構築してもいいと思っているんです。だから、山口さんの「社会貢献でお金がまわるスキームの実現は可能」というお話は心強いです。

山口さん:今は課題がものすごく複雑化している時代です。地球の環境問題も、あらゆる分野が関わっています。環境への取り組みに対する評価は、「地域の方々の参加をどうデザインできるか」がキーになると思っています。山中先生の環境DNA分析の技術があれば、地域住民の皆さんや企業の方が身近な環境に気づける可能性があると思いました。

山中教授:そうおっしゃっていただけることが、すごく嬉しいです。どんどん使っていただきたいです。そのためにより簡単に使える技術にしないといけないと思っています。例えば琵琶湖100地点調査では専用の採取・検査キットを作製し、参加者の皆さんに簡単に理解していただけるよう使用方法の動画も作っています。

山口さん:専門家以外も参加できるのが良いですよね。自分が環境DNA調査に参加することで、「環境」としてとらえる範囲が大きく広がると思います。環境を空間的にも時間的にも広範的にとらえるのは、仏教的な感覚でもありますよね。比叡山延暦寺の森林は、ネイチャーポジティブや環境問題という概念が存在していなかったような時代でもすでに100年単位で伐採の方法が定められていたんだそうです。こんなふうにタイムスパンを伸ばして、先のことを考える必要性を、現代の子どもたちにも伝えていかないと、と思っています。

山中教授:本学では「仏教SDGs」という言葉を使って、仏教の中に古くから伝えられている教えの中に環境保全や現代的な課題を解くカギがある、と提唱しています。自然を汚したらダメだという感覚と、それを見える化するためのデータ活用と分析によるロジック、こうしたことが今後、この取り組みをスケールさせるために大事になってきますね。

Action

ネイチャーポジティブをめぐる龍大と山中教授の取り組み

フィッシュパス社と連携したスマート環境DNA調査システム開発
非専門家でも扱えるキットで環境DNA分析のさらなる普及を

福井県立大学発のスタートアップ企業である株式会社フィッシュパスと山中教授が連携開発に取り組む、漁協関係者向けのプラットフォーム開発。非専門家でも扱える「環境DNAの採水キット」をアプリと連携して使用することで、調査地の生態系を手軽かつ迅速な可視化を実現する。

びわ湖100地点環境DNA調査

山中教授が2021年にスタートした琵琶湖の環境DNA調査活動。環境保護に関わるNPOや企業などの協力のもと、琵琶湖の100地点で水を汲み、生き物の生息状況を調査・分析。未確認だった外来種の発見やエリアごとの傾向の解明など、琵琶湖の生態系の可視化をもたらしている。

龍谷の森
里山の保全と観察から、持続可能な社会のヒントを探る

龍谷大学では、教養教育科目のひとつとして「里山学」を設置。人が手を入れることで豊かになる里山に学び、持続可能な暮らしのあり方を探る。「龍谷の森」は、瀬田キャンパスに隣接する約38haの里山林で、「里山学研究センター」のフィールドワーク現場として活用されている。

本記事に掲載している水中写真は本学卒業生の水中写真家、鍵井靖章氏が撮影されました。
Yasuaki Kagii Official Website

総合監修

山中 裕樹(やまなか・ひろき)
/ 龍谷大学先端理工学部・教授 / 博士(理学)

琵琶湖に近い田園地帯で育つ。魚とりをしすぎてずっと叱られながら小学生時代を過ごし、家電製品の開発がしたいと浮気心を抱いていた中学生時代を経て、結局、琵琶湖のためにと水棲生物の研究者に。

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社会と自己の在り方を問うメディア

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