監修 野村 竜也 / 龍谷大学 先端理工学部 教授
研究者も驚く、日本人の「ロボット好き」
日本は稀に見る「ロボット好き」な国だと言われている。とりわけ人型、つまりヒューマノイドロボットの開発に注ぐ熱量は、海外の人々が不思議に感じるほど。ひと口に海外と言っても国や地域ごとに事情は違うものの(たとえば偶像崇拝を禁止する宗教が根付いた地域では、人型の人工物の制作自体が難しい)、『鉄腕アトム』などに代表される「人間と仲良しなロボット」のイメージが、これほどまでに浸透している国は珍しいそう。いったいなぜ、日本人はこれほどにロボットが好きなのだろう?
「明確な理由はわかっていないんです。すべてに魂を見出す『アニミズム信仰』の影響ではとも言われますが、裏付けとなるデータはありません」
そう話すのは、心理学や社会学などの知見も応用しながら、ロボットやAIについて研究している、龍谷大学の野村竜也(のむら・たつや)教授。
「20年ほど前、ペットロボットの『aibo』がブームになりましたが、初代のオーナーさんたちの愛着はすごい。今もメンテナンスし続けて、それでも限界がきたら、お葬式まであげる。海外の研究者にお葬式の写真を見せるとざわつきますね(笑)」
"自然な"ロボットデザインの落とし穴
共に生きる隣人として、ロボットをどのようにデザインするべきか。無視できないのは、人間がもつ「ステレオタイプ」や「バイアス」の問題だ。なかでもジェンダーバイアスとの関連は頻繁に議論されている。日本でも数年前、人工知能学会が出版した雑誌の表紙に描かれた『家事をする女性ロボット』のイラストが『家事は女性の仕事』というステレオタイプに基づいているのではと問題視される出来事があった。
人型ロボットに期待される性別容姿が、人がもつステレオタイプに影響されることは研究で明らかになっている。(※2)そのうえで今、既存のステレオタイプに基づいたロボットデザインの是非が議論されていると言う。
「ロボットの設計者、導入をめぐる決定権をもつ人、そのロボットに触れるユーザー。さまざまな人の考えがあってデザインが出来ていくわけですが、なるべく多くの人が受け入れやすい、違和感のない“自然な”デザインにしようと思うと、多数派がもつステレオタイプを反映したものになる。それがステレオタイプの再生産やバイアスの強化を引き起こす可能性が懸念されています」
※2 Eyssel, F. and Hegel, F. (2012). (S)he’s got the look: gender stereotyping of robots. J Appl Soc Psychol 42:2213–2230.
デザインに潜り込む「無意識」に気づくために
「Pepper(通称・ペッパーくん)」のようにジェンダーニュートラルなロボットや猫型デザインの配膳ロボットなど、性別を与えない・人のかたちにしないのもロボットとジェンダーをめぐる具体的な工夫や配慮のひとつ。とはいえ、これが正解だと一律には結論づけられない。
「たとえば介護やカウンセリングの現場にロボットを導入するとき、お客さんから性別の希望があったらどうしますか?需要には応えるべきとも考えられる一方、ステレオタイプに基づくデザインは良くないとする考え方もある。誰のために、何を重視してデザインするかによって『正解』が異なるのです」
正解が決まっていないからこそ、開発者に問われるのは「自分が手がけたデザインを説明できるかどうか」。なぜそのデザインを選択したのか、自分の意思決定に自覚的であることが求められる。
「昔は、技術者や科学者は社会問題に目を向けなくてもいい空気がありましたが、それが通じる時代ではない。自分の研究や技術が社会にどういうインパクトを与えるのか、常に説明できるようにしとかなあかんという感覚が当たり前になっています」
しかしロボットやAIの技術を用いたサービスを開発するとき、そのインターフェースを「なんとなく」でデザインしてしまうケースが少なくないと言う。
「若い研究者がガイド用のAIを女子高生の見た目で作ってきたことがありました。『なんでこうなったの?』って聞いたら『制作ツールにあったのでなんとなく使いました』と返ってきたのですが、この『なんとなくそうする』の前に、一歩踏み込んで『これって良いのかな』って気づけるかどうかに、社会への意識が現れるのだと思います」
ステレオタイプを変えるロボットデザインの力
ロボットが人間のステレオタイプにポジティブな影響を与えた事例も存在している。
「既存のジェンダーステレオタイプと逆の性別を付与されたロボットが、関わった人間のステレオタイプを低下させたという海外の研究があるんです。(※3)子どもを対象にしたビデオ視聴実験で、女性ロボットがステレオタイプに反した仕事(トラックの運搬作業)をする場合とステレオタイプに準じた仕事(オフィスの秘書)をする場合とでは、前者の条件のほうがステレオタイプの感覚が低くなった。日本でも同様の施策を行い、将来的なジェンダーギャップ指数を上げていく戦略も、まったくの絵空事ではないでしょう」
※3 Song-Nichols, K., and Young, AG. (2020). Gendered robots can change children’s gender stereotyping, Proc CogSci 2020.
ロボットと人間が共生する時代の倫理学
ジェンダーやバイアス以外にも、ロボットと人間の関係性をめぐる議論の種は無数に存在する。たとえば「ロボットに人間が感情を向けること」の是非について。
「日本人はロボット好きだと話しましたが、ロボットは無機物であり、無機物に対して一方的に愛情を向けるのは不健全ではないかと懸念する言説もあります。この主張ひとつとっても『人間もロボットも、他者である以上、相手の感情が本当にはわからない点は同じではないか』『意識がプログラミングされたAI搭載ロボットが登場した場合、関係は双方向的になると言えるのか』など、いわゆる理系分野にとどまらない議論を引き起こすのです」
ロボットのあり方、そして人間とロボットの関係のあり方を包括的に考えるために「ロボット倫理学」の創造が必要だと、野村教授は語る。
「ロボットやAIというと『理系の話』と思われがちですが、あらゆる学問領域の知見に基づいて考えるべきテーマです。ロボットをめぐる問題の複雑さは、すなわち人間社会の複雑さ。ロボットについて考えることは、人間について考えることにつながっているのです」