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世界仏教文化研究センター公開研究会「悲嘆を抱えた人々のために―記者の役割、宗教者の役割―」を開催

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2018年1月15日

東海新報社 鈴木 英里氏
午前の部の様子
午後の部の様子
世界仏教文化研究センター博士研究員 金澤 豊

龍谷大学世界仏教文化研究センターは、1月12日(金)に公開研究会「悲嘆を抱えた人々のために―記者の役割、宗教者の役割―」を開催しました。東日本大震災被災地の現状を知り、悲嘆を抱える人々に何ができるのかを考えるために、当地の新聞社、東海新報社(本社:岩手県大船渡市)の鈴木英里記者をお招きしました。
午前中は龍谷大学大宮学舎にて、午後は深草学舎で経済学部の学生やボランティアNPO活動センターのスタッフの皆さんと共に今後の支援活動について考える時間を持ちました。
 講演会では、2011年被災当時の状況から振り返ってお話しいただきました。そこから、悲しみには段階があるということを講師は紹介されました。第一波は家族や友人を亡くしたという直接的な悲しみ。第二波は、波にさらわれずに残った思い出すら奪ってしまう人たちがいて、大手メディアには出ないが、人が人を傷つけることを経験した悲しみであると示されました。「三陸沿岸部に住む私たちは、なぜこれだけ辛く悲しい思いをして、このような仕打ちを受けるような何か悪いことをしたのか?」という思いを抑えきれず、津波に対してではなく誰に対して悲しんだら良いのか分からない状況が続いたとおっしゃいました。また、講演の中では、東日本大震災だけでなく、阪神・淡路大震災についても、触れられました。
 次に、講師が関わっている報道発信者自身が生み出す悲しみがあると話され、それは遺族の方々への取材であり、地元紙だからこそ躊躇せざるを得ない取材だったと述懐されました。自分たちも誰かを亡くし、被災している。だから割り切れず、なかなか突っ込んだ取材ができなかったというのです。しかし、悲しみから目を背けることなく、仮設住宅で地道な活動を継続している「ボランティア僧侶*」に大切な姿勢を教えてもらったそうです。それは「気持ちをそのまま受け取ること」。悲しみに対して記者は、宗教者から学ぶことが多くあったと示されました。
 自然災害は、人によって傷つけられることもあるが、人によっても救われる。支援に拘らず、交流という形でも助けられているので、大学生にはこれからも三陸沿岸部に眼差しを向けて欲しいと訴えられ、学生たちは自分たちのできることを真摯に考え、それぞれの宿題を得たという感想が聞かれました。

*藤丸智雄『ボランティア僧侶』同文館出版 2013年、に記録されている活動

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