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Vol.15 July 2026
京都におけるオーバーツーリズム問題の本質。 「混雑」や「マナー」以上のリスクとは

Overview

京都におけるオーバーツーリズム問題と聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのは、バスの混雑やマナー違反といった目に見える現象だろう。メディアでも、そうした「迷惑」の側面が強調されて報じられがちだ。しかし、この問題の真の深刻さは、地価の高騰や地域コミュニティの変質によって、地域が「住めないまち」へと変容することにあると、龍谷大学の阿部大輔教授は指摘する。結果として起きるのは、子育て世代をはじめとする新しい世代の流出であり、市民が生活するための基盤の消失だ。京都という都市の本質的な魅力は、千年の歴史の中で育まれ、そこで日常を送る市民の「暮らし」そのものに支えられてきた。もし、まちから市民の生活が失われれば、それは結果として文化的魅力の形骸化を招き、京都の「観光地としての価値」をも毀損することになる。阿部教授の分析を通じ、オーバーツーリズムの根本的な課題を明らかにするとともに、観光が地域を一方的に消費するのではなく、再生へと導くための制度設計について考える。

Opinions

監修 阿部 大輔 / 龍谷大学 政策学部教授

1. オーバーツーリズムで「まちの新陳代謝」が低下する

京都におけるオーバーツーリズム問題の象徴的な事例が「錦市場」だ。かつては地元住民が食材を求める「市民の台所」だったが、今や通路は外国人観光客で埋め尽くされ、店先には食べ歩き商品が並ぶ。「もともと市民が日常的に使っていた場所が、ほぼ観光客向けになってしまい、日常使いができなくなった。これは『生活基盤の観光地化』と言える現象です」と阿部教授。その背景にあるのは、観光需要の増大に伴う地価や家賃の高騰だ。その結果、本来その地域に住みコミュニティを担うはずの若い子育て世代や地元住民のための小商いにとって、京都は居住や事業の選択肢から外さざるをえないまちになりつつある。「まちにとって一番怖いのは、人の流出によって『新陳代謝』が止まってしまうことです」と阿部教授が指摘するように、地域社会が持続するには、新しい世代が入り、文化や活動を継承・更新していくサイクルが不可欠だ。地価高騰でその循環が断たれれば、地域は活力を失い、空洞化していく。「混雑」は観光客が減れば解消する可逆的な問題だが、生活基盤の喪失による「まちの生態系」の破壊は、一度起きれば取り戻すことが極めて難しい不可逆的なダメージとなる。問題の本質を、市民の暮らしを奪う構造そのものに置き直して捉える必要がある。

2. 暮らしと観光の対立構造のなかで失われるもの

なぜこれほど市民の生活基盤が脅かされているのか。京都においてその直接的な要因となったのが、宿泊施設の無秩序な増加、とりわけ「簡易宿所」の急増だ。2015年頃からのインバウンド急増期、京都ではマンションや戸建てを転用した簡易宿所が乱立した。ここで起きている事態を、阿部教授は「用途の奪い合い」と表現する。「本来、市民が住むための住宅や、企業活動のためのオフィスとして利用されるべき床(ゆか)が、宿泊施設に変わってしまっているんです」。「住む・働く」場所と「泊まる」場所が競合したとき、経済合理性だけであれば収益性の高い観光用途が優先される。これは市民生活に必要なリソースが、観光マーケットの論理によって奪われ続けている構造的な問題だ。コミュニティの希薄化による生活文化の消失も深刻な問題だ。住宅が宿泊施設へ転用されれば、そこに『住民』は一人もいなくなる。自治会活動もできず、地蔵盆のような行事も維持できなくなります」。観光客しか滞在しないまちが増えれば、京都が培ってきた、地域文化に根ざす観光資源そのものが失われる。「『暮らす場所』としての魅力低下は、ひいては『観光地』としての魅力低下にもつながる。そうなれば、観光産業にもマイナスです」。

3.「数の成長」を追う観光政策の弊害

なぜ、このような事態を招くに至ったのか。その背景には、国が推進する「観光立国」政策と、それに呼応した行政の成長主義的な姿勢がある。行政は、観光客数や消費額といった「数(KPI(行政が成果を測るための指標))」の拡大を成功の指標としてきた一方で「観光を通じてどのようなまちを目指すのか」「市民生活をどう豊かにするのか」という質的なビジョンはあまり語られてこなかった。「国策として観光を産業の柱にする流れに抗う難しさはあったと思います」と阿部教授は振り返る。「ただ、京都市が掲げる『市民生活との調和』を実現するのであれば、その調和が何を意味するのか、『観光によってどうまちを良くしていくのか』というビジョンは不可欠でしょう」。事業者の質的な変化も無視できない。「かつて京都の宿といえば、地域に根差す『ホスピタリティ産業』としての矜持を持つところが多かった。しかし、観光バブルの中で参入してきた事業者の多くは、宿泊業を不動産投資として捉えている。そこで重視されるのは利回りであり、地域コミュニティとの共生や、まちへの貢献といった視点は希薄になりがちです」。地域に還元されるべき利益は投資家へと流れ、現場には管理人さえ常駐しない施設も珍しくない。こうした「顔の見えない事業者」の増加が、地域との溝を深め、オーバーツーリズムの問題をより深刻化させてきた構造がある。

4. 観光による地域再生を実現するための仕組みづくりとは

この状況を打破するのに必要なのは、精神論ではない。「観光が地域を消費する」現状から、「観光が地域を再生する」未来へ転換するための具体的な仕組みづくりだ。第一歩は、観光収益を地域へ還元するサイクルの構築である。「ハワイやコペンハーゲンなど、『リジェネラティブ・ツーリズム』の考え方が定着しつつある都市では、観光客が自然保護活動やコミュニティ活動に参加するなど、地域に貢献する仕組みを取り入れています」と教授は語る。京都では宿泊税が公共トイレの整備などに還元されているが、今後、さらにその還元を拡張し、町家再生や地域の公共空間の充実など、市民生活や地域価値の向上への再配分が、可視化されたかたちで進むことが望ましい。また、事業者のあり方を変える仕組みも不可欠だ。「近年は、インディペンデントな事業者のなかには、地域と積極的に関わり、観光客と住民との接点となることで、利益をまちに還元しようとする誠実な姿勢を持っているところも増えてきています」。行政に求められるのは、こうした事業者を後押しする「アセスメント(評価制度)」の導入だ。地域貢献度を可視化し、優遇措置を受けられたり、観光客から選ばれやすくなったりする制度を設計する。単なる規制でなく、地域に貢献することがビジネスとしての成功につながるような動機づけを行うのである。「オーバーツーリズムの本質は『観光問題』ではない」と阿部教授は強調する。「私たちがどのようなまちに住み、どのような未来を描くのか」という、都市政策そのものの問いです。そのために事業者、市民、専門家など、多様な立場の人々が参加し、あるべきルールや制度について議論し、合意形成を図るためのプラットフォームを作ること。それこそが、京都が直面する危機を乗り越えるための、最も確実な道筋となるはずです」。

Action

地域に入り、レジリエンスを共創

大学や研究者は、地域に対してどのような関わり方ができるのか。龍谷大学と石原准教授が携わる事例から、理論をアクションへ落とし込むための視点を探る。

「住む権利」を守る宿泊施設の立地規制

スペインのバルセロナでは、オーバーツーリズムに伴う地価高騰や環境悪化に対する市民の声を受け、独自の宿泊施設立地規制を導入。利便性の高い都心部を対象にゾーニングを行い、該当エリアへのホテル新設を原則禁止。生活空間・地域コミュニティの維持を目指す。

観光客の地域貢献を促すリジェネラティブツーリズム

デンマーク・コペンハーゲンでは、観光組織主導の期間限定キャンペーン「CopenPay」を通じて、観光を社会の前向きな変化の原動力とする取り組みを展開している。
清掃活動や自転車利用など環境に配慮した行動に対し、飲食やツアー等の特典を付与するほか、都市農園「Øens Have」(写真)では庭の手入れに参加した来訪者へコーヒーを提供するなど、旅行者が地域に貢献する機会を創出している。

観光のメリットを地域に還元する税制度

観光による利益を地域に還元する取り組みとして、バルセロナでは、独自の宿泊課税による基金を設置。税収は観光事業だけではなく、公共サービスや住民向けプロジェクトにも充当される。京都でも2026年3月に宿泊税の引き上げが実施され、資金の使途をめぐる議論が注目されている。

総合監修

阿部 大輔(あべ だいすけ)
/ 龍谷大学 政策学部・教授 / 博士(工学)

専攻は都市デザイン・都市計画。観光や再開発を通じて変わる都市の姿を読み解き、排除や格差を生む構造そのものに目を向ける。欧州と京都の事例を手がかりに、包摂的な都市政策の可能性を模索している。近著に『インクルーシブ・コミュニティ まちの包容力を高める都市政策の実践』(学芸出版社、2026)など。

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BEiNG

社会と自己の在り方を問うメディア

急速に変化するイマを見つめ、社会課題の本質にフォーカス。
多角的な視点で一つひとつの事象を掘り下げ、現代における自己の在り方(=being)を問う新しいメディアです。

BEiNGに込めた想い

BEiNG=在り方、存在が由来。
また、文字の中心を小文字のiと表記し、時代と向き合う自己(=i)を表すとともに、本メディアにさまざまな気づきや発見が隠れている(=!)という意味を込めています。