確かなりどころのなかで生きる

宇宙での長い滞在を終えて地球に帰ってきた宇宙飛行士が、地球に降り立って初めて感じることは、「大地があってよかった」ことだといいます。
ロシア初の宇宙飛行士の一人ゲオルギ・ショーニンさん(1935~1997)は、その様子を次のように話しています。

ふたたび私は地上に立った。……大地を見て、私はむしょうにうれしくなった。ふわふわした初雪が、大地をかすかにおおっていた。思わず私は、大地の上に転がって、大地を抱きしめ、頬を押しつけたくなった。

(『地球 母なる星』小学館 1988)

どこにも依りどころのない無重力空間──。一見、自由に体を動かすことができそうですが、まっすぐに立っていることすら容易ではありません。長い旅路を経て地球に帰ってきた宇宙飛行士にとって、大地の存在は何よりうれしいものであったことでしょう。私たち人間は、しっかりとした支えがあることで、初めて「立ち上がる」ことができるのです。
このことは、学校や社会においても同様です。私たちは普段、どのようなことも自分の思い通りにコントロールできると思いがちですが、現実にはそうはいきません。思いもよらない病気にかかったり、ふとしたことで人間関係が崩れていったりします。自分の存在を根底から揺るがすような大きな挫折を味わうこともあるでしょう。

そうした、もはや自分の力がおよばない大きな苦悩に直面した時、生きていくことすらつらく感じることがあっても、おかしくありません。そのような時、一体何が「生きる支え」となるのでしょうか。
親鸞聖人は、あらゆるものを救おうとされた仏の願いを「大地」にたとえられ、その大地の上で生きる喜びを「よろこばしいことである」と述べておられます。

「自立」──それは決して自分一人の力だけで生きることではありません。さまざまな問題に悩み、孤独を抱え、生と死との間で揺れ動く不安定な心をもった私たち。そんな私たちであるからこそ、「大きな依りどころ」が必要であると「建学の精神」は教えてくれています。
確かな大地の存在に気づかされ、その上で安心していきいきと生きる心、それが「真実を求め真実に生きる『自立』の心」なのです。

龍大はじめの一歩
-龍谷大学『建学の精神」-


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