授業風景・スライド:市民社会(経済の世界)と政治国家(統治の世界)の分離
つづいて石塚教授は、昔の日本では、親子や主君を上の存在として扱っており、人を平等にすると、家が壊れ、社会が壊れると恐れた人たちが存在したため、刑にも差別が存在したことを説明しました。その例として、石塚教授は明治40年刑法における「大逆罪」(天皇や皇族に危害を加えようとする罪は死刑とする。/昭和22年改正において削除)と「尊属殺人罪」(自己または配偶者の直系親族を殺害する罪は死刑または無期懲役とする。/平成7年改正において削除)を取り上げ、さらに、仏教の「五逆・五無間業(ごぎゃく・ごむけんごう)」の中でも、母を殺すこと、父を殺すことが最も重い罪として存在していることを述べました。
「人はなぜ人を殺すのか」というテーマに基づく授業のまとめとして、石塚教授は、「元来、人は人を殺して生き残ろうとする種族である」という考えを述べました。すなわち、「自分たちの弱さを知った人々が、お互いを殺さないでおこうと国をつくり、親殺しを禁じてきた。そして、現代日本において尊属殺人の刑が消えたのは、子どもが親を殺さなくて済むような社会ができてきたということだ」と説明。最後に、石塚教授は、「人は人を殺すものである」と結論付け、今回のテーマに関する解説を終えました。
参加者からは、昨今の事件の例を挙げながら「“人を殺して、死刑になりたいと考えた”と供述した容疑者もいたが、なぜ殺人に至るのか?」といった質問がありました。それらについて石塚教授は、人が人を殺すまでには様々なフックが存在し、それが外れた時に殺人が起きるということ。「死刑になりたかった」「誰でもいいから殺したかった」という人の中には、本当は、「助けてほしい」「誰かに自分を見てほしい」と考えている人と、「死刑になってもいい」と考えている人が存在するということ。また、人を殺したくないという考えが人を殺さないフックになることもあるのではないかということ。さらに、赤の他人を殺してしまうのは、その人を自分と近い関係だと思ったからではないかということなど、石塚教授自身の経験を踏まえた様々な考えを述べ、授業を終えました。