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4月15日    お逮夜法要    「浄土真宗はじめの一歩」    能美 潤史 文学部准教授

4月16日    ご命日法要    「地域で生きる」    中村 陽子 文学部教授

4月21日    ご生誕法要     「多様性を考える」    横田 岳人 先端理工学部准教授

5月21日    創立記念・降誕会法要 「昔芸人、今坊さん」 木下 明水さん

6月10日    学長法話(深草)入澤 崇 学長

6月15日    お逮夜法要    「無駄な無駄と必要な無駄」    中森 孝文 政策学部教授

6月16日    ご命日法要    「震災のかたち 想いのかたち」    安部 智海さん

6月21日    ご生誕法要     「いのちの現場を取材して」     小野木康雄さん

7月6日    学長法話(瀬田) 入澤 崇 学長

7月15日    お逮夜法要     「オリンピズムとスポーツ・インテグリティ ~理想を掲げる意味について~」 佐々木浩雄 文学部准教授・学生部長

7月16日    ご命日法要    「多様ないのちが輝く世界」    岩田 真美 文学部准教授・ジェンダーと宗教研究センター長

7月21日    ご生誕法要    「孤立と向き合う」    三谷はるよ 社会学部准教授

9月21日    ご生誕法要    「認知科学と人工知能―科学・技術を通して人間を知る―」 小堀 聡 先端理工学部教授

10月15日    お逮夜法要     「生活(くらし)の仏教、仏教の生活(くらし)」 三好 慶祐 事務局長

10月18日    報恩講     「親鸞聖人のみ教えをいただいてコロナの時代に心豊かに生きる」 安永 雄玄 築地本願寺宗務長

10月21日    ご生誕法要     「仏教実践と植物素材ーミャンマーとラオスの村々にて」 落合 雪野    農学部教授

11月9日    学長法話(深草) 入澤 崇 学長

■11月15日    お逮夜法要     「ミャンマー支援活動への思い」    嵩 満也    国際学部教授・宗教部長

11月16日    ご命日法要     「特別展「アジアの女神たち」を振り返る」 岩井 俊平 龍谷ミュージアム准教授

12月7日    公開講演会     「Buddhism and the WWII Japanese American Internment"(仏教と第二次世界大戦下の日系アメリカ人収容)」 ダンカン・ウィリアムズ 南カリフォルニア大学教授

■12月15日    お逮夜法要     「カムカムエヴリバディ-あなたが主役-音楽法座へようこそ」 羽溪 了 短期大学部教授・田中知子 短期大学部准教授

12月16日    ご命日法要     「限りない愚かさ」 武田 晋 文学部教授

12月21日    ご生誕法要     「ベンガルの大地に生きる仏教徒たち―ムスリムとヒンドゥーのはざまで―」 若原 雄昭    文学部教授  

12月23日    学長法話(瀬田) 入澤 崇 学長

1月6日 修正会 入澤 崇 学長

1月7日    成人のつどい    オンライン

■現代的課題と建学の精神プログラム(学内教職員対象)
・6月4日    「なぜ人はカルトに惹かれるのか 脱会支援の現場から」 瓜生 崇    真宗大谷派玄照寺住職、脱カルト協会
・6月22日    「ムスリムの暮らし、ムスリムとの暮らし~おもてなしから共生へ」 椿原 敦子 社会学部准教授
・10月1日    「これからのジェンダーについて考えよう~龍谷大学の場合~」 猪瀬 優里    社会学部准教授
・11月18日    「多文化共生と仏教 ~海外開教区の事例から~」 エリック松本さん

■人権週間 Love&Peace Week!!!!!!!
・公開講演会
 12月7日 「Buddhism and the WWII Japanese American Internment"(仏教と第二次世界大戦下の日系アメリカ人収容)」
 ダンカン・ウィリアムズ 南カリフォルニア大学教授

・全学人権研修会
 12月7日 「みんなのキャンパストイレフォーラム」
 主催:龍谷大学人権問題研究委員会

・伝道部法話
 12月6日 「気づかなくても、そばにいる」西居 顕真さん
 12月7日 「生かされている私」中川 拓紀さん
 12月8日 「人生の課題」藤 智草さん
 12月9日 「阿弥陀さまのおはたらき」七里 弥名さん
 12月10日 「転じて気づく」長岡 智月さん

・映画上映会
 12月6日「カランコエの花」
 12月8日「I Am Here 私たちは共に生きている」
 12月10日「難民キャンプで暮らしてみたら」

龍谷大学と戦争ショートムービー(宗教部)
水平社宣言100周年記念「柳原銀行記念資料館に行ってみた」(動画)


2022年2月10日(木)、犯罪学研究センター「2021年度第2回龍谷大学法情報研究会 公開研究会」をオンラインで開催し、約35名が参加しました。

法情報研究会は、犯罪学研究センターの「法教育・法情報ユニット」メンバーが開催しているもので、法情報の研究(法令・判例・文献等の情報データベースの開発・評価)と、法学教育における法情報の活用と教育効果に関する研究を行なっています。

今回は3名の研究メンバーを迎え、前半は「法教育」について、後半は「位置情報取得捜査の最前線」について報告いただきました。
【>>EVENT概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9826.html
【>>これまでのレポート一覧】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9218.html

 

■報告1:「文学模擬裁判の実践・研究と展望~平和教育としての試み」
札埜和男 氏(岡山理科大学 教育学部・准教授)

 札埜准教授は、文学模擬裁判について「法の知識などにとどまらずにことばを通して人間や社会という不条理な存在を深く考える姿勢を養う模擬裁判を『国語的模擬裁判』とし、その中でも文学作品などを利用したものを『文学模擬裁判』と定義する」と説明しました。続いて札埜准教授は、国語的模擬裁判と社会科での模擬裁判(公民科模擬裁判)を比較し、登場人物(主体)を記号として扱い(例:被告人X、被害者Y)、法的思考能力を養うことを目的とする社会科の模擬裁判と異なり、国語的模擬裁判が人間そのものを重視していることを強調しました。札埜准教授はこれまで、高校生や、インターナショナルスクールの生徒を対象に、さまざまな文学模擬裁判を実施してきました。インターナショナルスクールでは、学生たちの言語能力が飛躍的に向上したり、他国と共通する社会問題への共感を得られたりしました。そして、新しく創設される「公共」という科目で哲学やシチズンシップも視野に入れながら文学模擬裁判を実施する予定であることを述べました。

 次に札埜准教授は、高校生オンライン模擬裁判選手権の指導のために訪れた広島女学院高等学校で、『MY HIROSHIMA』という絵本を受け取ったことにまつわるエピソードを紹介しました。この絵本は札埜准教授が中学生の時に美術を教わった、被爆経験のある森本順子先生によって作られた書です。あとがきには「戦争も、原爆を落とすのも、誰でもない、人間自身がやるのであって、他のなにものがやるというのか。人間を大切に思う心の欠落した、大人たちのしわざであれば、そんな大人に決してならないよう、ひとりびとりの大人が、目の前の子供たちに、人間を大切に思う心を、教え育てていくことこそ、大人としての義務、責任というものであろう。」と書かれています。
これを踏まえて札埜准教授は「森本順子先生との出会い直しを契機として、犯罪を文学の枠組みで考えると、人間は愚かであるという気づきを通じて自分自身の愚かさにも気づく。その気づきにより、犯罪者と自分自身が地続きであることを実感できることが大切だとつくづく思った。その『地続き』感覚がなければ、思考力、判断力、表現力、論理力を養ったとしても意味がないのではないか。」と、考えを述べました。
 また、オンライン模擬裁判選手権の題材として使用した『藪の中』の一文を踏まえ、「最新の研究成果としては、芥川龍之介が一番言いたかったのは、人間の力や知恵ではどうにもできない偶然(たまたま)の出来事によって、人間の運命は翻弄されるということらしい。」と解説しました。

 最後に札埜准教授は、文学模擬裁判と平和教育の関連を踏まえて、「人間というものがいかに愚かであるかということや、人生の不可思議さへの気づきがあってこその法的思考力や判断力ではないだろうか。その基盤がないうえで、新しい学習指導要領の求めるままに、資質・能力を育てることを重視することはある意味恐ろしさを感じる。国語科教育の研究者や実践者に文学模擬裁判を評価する方々が増えてきている。ぜひこの文学模擬裁判を、一生かけて隅々まで広げたい。」と、文学模擬裁判への今後の決意を述べて、報告を終えました。


札埜和男 氏(岡山理科大学 教育学部・准教授)による報告の様子

札埜和男 氏(岡山理科大学 教育学部・准教授)による報告の様子


■報告2:「本年度のUSLEによる模擬裁判の実施状況と高校生裁判員時代における法教育」
今井秀智 氏(弁護士・一般社団法人リーガルパーク)

 今井氏は報告のはじめに、成人年齢引き下げによって高校生が裁判に参加する可能性に対する考えを述べた動画を流しました。その中では、選挙権と裁判員制度について、権力を行使する人間を選ぶ、間接的な主権の行使といえる選挙権と、司法権という権力を直接担う、直接的な主権の行使といえる裁判員制度の間には大きな違いがあることが主張されました。また、裁判員裁判では、人の生死に直接かかわる可能性があるため、その重みも大きく異なります。今井氏は、これらの理由から、他国では選挙権と裁判に参加することになる下限年齢が必ずしも同じではないことを示し、制度の趣旨と民主制の在り方について、今後も十分に議論する必要があると主張しました。

 しかし現実の制度上では、2022年から、18歳の裁判員が誕生する可能性があります。これについて今井氏は、「多様性の観点からも、裁判員の参加年齢を引き下げること自体が悪いのではなく、問題はいかに高校生に裁判員を務めるために必要な資質や能力を授けていくかということだ。高校生だけでなく、小学校、中学校時代から法教育をこれまで以上に充実させるべきである」と述べました。この「法教育」について今井氏は、法教育とは、法律自体や法の制度を学ぶものではなく、法やルールについての考え方を身に着け、主体的かつ積極的に社会に参加する市民を育てる教育と説明し、さらに、従来の学校教育が答えを探す「正解発見型」教育であるため、答えのないものを考え、話し合いながら結論を出すというその過程に価値を見出す法教育に現場が追い付けていないように感じていると述べました。

 今井氏は、これらを踏まえて今後の法教育への展望を語るため、USLE(日本法教育学生連合会: http://usle.jp/ )の活動について紹介しました。USLEは、大学生や法科大学院生を中心とした法教育授業を行う団体であり、今井氏は、選挙権の年齢引き下げに伴い、USLEに対する模擬投票の授業のオファーが格段に増えたといいます。そのうえで今井氏は、「模擬投票授業は高校生の関心を高めるうえで有意義であるが、裁判員の年齢が下がるのならばこれと同じように模擬裁判をすればよいかというとそうではない。役割を作りこみ演じさせるような模擬裁判ではなく、事実を証拠に基づいて認定し、その事実を法という物差しに当てはめて合理的かつ常識的な結論を導き出すという、法的思考をしっかり身に着けさせる授業こそが大切である」と述べました。また今井氏は「法教育はまさに憲法13条の個人の尊厳に基づく「価値相対主義」教育であり、多種多様な考え方の中から、議論を通じて、正しいものではなくよりよいものを選択し、社会を自律的に動かしていくための力を養うものである。他の科目においてもこのような授業を繰り返し行うことこそが求められている」と主張しました。そして、今井氏は、「高校生に対して、法教育を通して大人に近づくことを求めるのでは無く、裁判官を含め、裁判員として参加する大人たちが、高校生の意見を純粋で貴重な若者の意見として尊重する場を作ることが大切。評議の場において大人が高校生を導き、高校生が自らの判断として責任ある意見を表明するかどうかにかかっていると思う」と述べました。

 次いで、今井氏は、法教育を通して人は自分と同じことを考えていないと気づくことに加え、最近の中学生、高校生のイメージする力や言葉で何かを伝えようとする力が弱まってきていることや、大人と子供の会話の減少なども見直していく必要があると主張しました。最後に今井氏は、今井氏が代表を務める一般社団法人リーガルパークの今後の活動について、NHKの「昔話法廷」について議論するコミュニティサイトを作ることや、小劇場で大人も子供も集めて模擬裁判を行うといったことを考えていると説明し、報告を終えました。


今井秀智 氏(弁護士・一般社団法人リーガルパーク)による報告の様子

今井秀智 氏(弁護士・一般社団法人リーガルパーク)による報告の様子


■法教育に関するディスカッション

 札埜准教授・今井氏の報告後、両名の間で大きな意見の相違があった「法教育」に関してディスカッションが行われました。
 今井氏の「法教育では合理的な論理と判断能力によって考える能力を身に着けることが大切ではないか」という意見に対して、札埜准教授からは「新しい学習指導要領は資質・能力を育てることを重視するが、そうした力を持つことのできない生徒を傷つけることもあるだろう。資質・能力ばかりを求めていては、教育は無味乾燥となる」という主張がなされました。これについて参加者の村井 敏邦氏(本学名誉教授・弁護士)から「法律の専門家は文学作品を法律的に読んでしまい、逆に文学者は法律がわかっていないという思考方法の違いがあるが、その思考方法が合わさるところに面白さがある」という指摘がありました。また、今井氏の報告の中で出てきた「現在の学校教育は正解を求めるものばかりだ」という点について、別の参加者からは「自分の観点から意見を発するという点では、他者の物差しを自分の中に取り入れる必要があり、そのためには自分の感情や考え、感覚といったものを掴まなければならない。その点で、文学模擬裁判で他者になりきって演じることは、時間はかかるが子どもたちの考えの幅を広げることに大きく影響を与えるだろう。このような過程を経ず、ただ法について学ぶだけではうまくいかない可能性があると考える」という意見が出ました。これに対して本報告会のホストである石塚伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)からは、「法学的思考方法のトレーニングを受けた人は、その枠組みから出ることが難しくなる。ただ、実際の裁判において、実は弁護士も相手の立場、気持ちを考えるということをしている。それを学ぶことが裁判に参加する人、すなわち、裁判員に選ばれる可能性のあるすべての人に必要なので、そのためには文学模擬裁判のような教育の場所設定が必要だと考える」と意見が述べられました。


ディスカッションの様子(写真右上:石塚伸一教授/写真右下:村井 敏邦氏)

ディスカッションの様子(写真右上:石塚伸一教授/写真右下:村井 敏邦氏)


今回の白熱した議論を踏まえて、今後の法教育の在り方について、ふたたび研究会を企画することが決定されました。
(※日時・詳細は後日発表)


【関連記事】これまでの法情報研究会レポート:
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9218.html


2022年2月22日、龍谷大学 犯罪学研究センター矯正宗教学ユニットの公開研究会をオンラインで開催し、約30名が参加しました。今回は当ユニット・メンバーの内手弘太(本学文学部・講師)から「真宗本願寺派における教誨事業の展開とその思想ーー教育刑との関係を中心に」と題して報告がなされ、参加者を交えた質疑応答や意見交換が行われました。
【実施概要:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9964.html

最初に報告者から、発表の前提として1881年に、「監獄則(明治一四年改定)」に「監獄教誨」が法令上で明文化されたことが紹介されました。これにより教誨事業が展開されますが、財政問題から宗教団体、特に東西浄土真宗教団が教誨事業に積極的に関わることになります。このような事情から、教誨師は官吏(公務員)と教団から派遣される宗教者という二つの側面を持つことになります。


内手弘太 講師による報告の様子

内手弘太 講師による報告の様子


  
1.転換期としての1920年代━教育刑思想の拡充と教誨━
発表で特に焦点が当てられたのは1920年代でした。というのも、1922年10月「監獄官制」が改正され、監獄から刑務所へ名称が変更されることで、刑罰が応報的な懲罰から社会に復帰するための教育刑へと移行していったからです。教育刑が定着していくことで、教誨師の重要性が高まりますが、刑務教誨はあくまで「徳性涵養ノ任務」を主とする以上、いずれの宗教・宗派、さらには宗教家以外でも可能とも言えます。それは実質的に教誨事業を独占していた東西本願寺教団にとって、自らの有用性を主張する必要を迫るものでした。

また、教育刑思想が浸透したことで受刑者や犯罪者一人ひとりに焦点があてられるようになり、犯罪者と社会との関係を科学的に確定し、それに基づいて刑罰が運用されるようになっていきました。

2.真宗本願寺派の教誨事業の展開とその思想
こうしたなか、1923年6月、東西本願寺は刑務教誨事業研究所の設立を発表し、『教誨研究』が創刊されます。

本願寺派の教誨事業や教学においても、犯罪や罪は特定の個人の問題としてではなく、社会全体の問題として把握されるようになります。

特定の個人に収斂されない普遍的な罪悪性は、悪人正機と結合し、最も身近な社会である「家」こそが根本的な罪悪の出生地と見做されることで、「家の宗教」としての親鸞思想が強調されます。

このような「犯罪/罪」の把握は、教誨事業と社会政策、そして親鸞思想とを架橋するものでした。

3,社会政策思想と「家庭」問題
1918年の米騒動に象徴されるように、1920年前後は、それまで政治社会から排除されていた労働者・農民・女性などが、社会的発言や行動を始めるようになった時代でした。非政治的な「社会」ないし「生活」世界が、政治の世界に先行するものとして自立していく中にあって、例えば龍谷大学の前身である仏教大学では1920年に「社会学」講座が設置され、「社会学会」が設立されます。真宗本願寺派では、1922年に社会課が組織され、1927年に社会部へと拡充されました。

1922年に設置された内務省社会局の初代局長である田子一民(1881~1963)は、社会悪化の要因の一端を「家庭」問題に求め、男女対等の安定的「家庭」形成こそ、社会の乱れの解消=犯罪撲滅にもつながると主張しました。

4,親鸞における「家」の複線化
このような思潮の中、「家」を自らの宗風とする浄土真宗の「在家主義」は、社会事業の根拠として使用されるようになります。
1921年、親鸞の妻であった恵信尼が親鸞没後に末娘宛に親鸞と共に歩んだ生涯を綴った「恵信尼文書」が発見されます。当時、親鸞の実在は同時代史料に立証するものが無かったため疑われていました(親鸞抹殺論)。それを覆したのが、まさしく親鸞と同時代を生き、生涯を共にした妻・恵信尼の手紙の発見でした。とりわけ、恵信尼が夫・親鸞を観音菩薩と見なしていたという手紙の内容は、愛欲の象徴であり根本的な罪悪の出生地と見做されていた「家」を、「信の会座」として浄化し意味転換を果たすものでした。

こうして、「地上の愛縁=家」を浄化した存在として恵信尼が語られ、この恵信尼のエピソードをもって、他者を救い導く親鸞だけではなく、愛欲の象徴たる「家」と繋がれながら救われた親鸞の姿が示されることになります。

このように、1920年代において、社会政策思想および親鸞の家庭・家概念が、罪認識が拡充する中での真宗者の教誨事業を支えていたと考えられる、として報告は締め括られました。

報告を受けて、公的空間である社会における宗教者の役割、家庭が持つプライベート/パブリックな両面性、家族国家観の変遷、大正期親鸞ブームとの関わり、国家や教団による家庭問題への介入などについて、質疑応答・意見交換が行われ、研究会は終了しました。


本学における新型コロナウイルス感染者の発生状況についてお知らせします。

2022.3.2確認者数
学 生  2名

※ 学内における濃厚接触者はいないことが確認されています。
※ 感染が確認された方の一刻も早い回復を念じております。
※ 感染者やそのご家族の人権尊重・個人情報保護にご理解とご配慮をお願いします。
※ 本学では、引き続き感染予防の啓発と全学的な感染防止対策を講じてまいります。

 


 2月26日(土)に56名の参加を得て、第3回「現代福祉研究会」をオンラインで開催しました。この研究会は現代福祉学科の卒業生、学生、教職員からなる学びの機会です。


 今回は、「支援論の新地平vol.3 コロナ禍から課題を見いだし、展望を拓く」をテーマに、題1部は、社会学部現代福祉学科砂脇恵准教授と豊島区在宅医療相談窓口・多職種連携拠点室長の中辻康博氏からの報告の後、社会学部現代福祉学科筒井のり子教授を交えた鼎談を行いました。第2部のグループに分かれた交流会は、龍大というつながりの中で活発な意見交換、交流ができました。


第3回「現代福祉研究会」の様子。


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