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 洲本プロジェクトは、兵庫県洲本市で2013年から12年間にわたり、学生・地域・行政・企業の協働による価値共創型の地域づくりを実践しています。
 2024年度に行われた環境省主催の第12回グッドライフアワードに続き、このたび2つの賞を受賞しました。今回は総務省主催のふるさとづくり大賞の受賞について、ご紹介します。

■総務省のふるさとづくり大賞
 洲本市と龍谷大学政策学部洲本プロジェクトは、総務省の令和7年度ふるさとづくり大賞で「ふるさとづくり大賞(総務大臣賞)」を受賞しました。大学を母体とする団体の受賞は龍谷大学政策学部のみ。
 2026年2月10日(火)、都市センターホテル(東京)にて表彰式が行われ、櫻井あかね実践型教育助手が参列しました。審査員から評価された点は以下のとおりです。

・学生たちの主体的な活動を自治体や大学がサポートすることにより、地域の課題を解決し利益が還元される事業となるためのローカルビジネスとしても代表成功事例と言えるのではないだろうか。地域のステークホルダーと協働しており域学連携が実践されている。
・「域学連携」の成功事例のひとつといえる。10年以上にわたって、大学生(教員・実践型教育助手)が地域と向き合い、市民や事業者とともに多様な分野における成果を生みだしてきている点を評価。
・大学の取組としては組織的かつ継続的に地域の伴走支援を行なっている点を評価。
・域学連携の理想的なかたちであり、地域経済循環にも貢献している。
・協働性、継続性、効果を評価。特に学生と地域住民がローカルビジネスを育てる仕組みを評価したい。
・売電事業にとどまらない成果があり、今後の継続・発展に期待が持てる。


高橋克法総務副大臣から賞状授与


ポスター展示


事例集に掲載された活動紹介


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活動事例集

令和7年度ふるさとづくり大賞事例集(33~34ページ掲載)は上記のPDFをご確認ください。


地球温暖化防止全国ネット主催の脱炭素チャレンジカップ2026で受賞については後編で紹介します。
是非、ご覧ください(後編記事)。


Welcome Lounge大宮に展示している「龍谷大学のあゆみ」は、本ページでもご覧いただけます。現地では、大宮キャンパスの建物で使用しているアーチ窓をモチーフにしたデザインで展示をしています。是非、足を運んでみてください。

龍谷大学のあゆみは、龍谷大学の歴史を5つの年代に区分して紹介しています。

 

1639~ 度重なる逆境を乗り越え強い土台を築き上げた
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1876~ 海外の英知がこの学舎へ新たな挑戦が始まる 
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1922~ 名称を「龍谷大学」に 新時代を切り開く 
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1989~ 仏教系大学初の理工学部を設置 さらなる進化を遂げる
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2020~ 受け継がれてきた「建学の精神」 持続可能な社会を創造する人材を育成する 
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2020 「まごころ~Magokoro~」ある市民を育む大学へ

2020年度、創立400周年を迎える2039年度末までの長期計画「龍谷大学基本構想 400」を始動。その中で、構想400の基調にも据えている行動哲学「自省利他」とは、利己的な自己をたえず見つめ、自己中心性をつねに解きほぐしつつ、他者を思いやり、他者の悩みや苦しみをわがこととして受け止め、他者の幸福のために行動することを意味する。この理念を象徴する取り組みが、コロナ禍において全学をあげて実施した学生応援プロジェクトである。食支援プロジェクトをはじめ、学生のニーズに寄り添ったさまざまな支援が行われた。

 

 


 

2022 龍谷大学カーボンニュートラル宣言を発出

温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」社会の実現に寄与すべく、創立400周年を迎える2039年までに各キャンパスのカーボンニュートラルを実現し、「ゼロカーボンユニバーシティ」を目指す宣言を発出。環境に関わる社会課題を解決する担い手育成に注力していく。2023年6月には、電力需給契約への切り替えを段階的に進めた結果、西日本の大学で初めて3キャンパスすべての使用電力が100%再生可能エネルギーとなった。

 

 


 

2024 龍谷大学ネイチャーポジティブ宣言を発出

人間の諸活動により、生物多様性が急速に失われつつある状況に鑑み、地球の豊かな自然を次世代に継承し、持続可能な社会に向けて行動していくことを内容とするネイチャーポジティブ宣言を発出(日本の大学初)。学外組織との連携・共創を通じた活動を推進し、自らの行動を常に省みながら、自然と共生する社会の実現に向けて、新たな挑戦を開始した。

 

 


 

2027 コレクティブインパクトプラットフォームを掲げ、さらなる進化へ

2027年度から、社会課題の解決を推進するために、新たなキャンパスコンセプト「コレクティブ・インパクト・プラットフォーム」を掲げる。これに伴い、3つのキャンパス名称を変更し、多様な人々が集い、共創と挑戦が生まれる場となることを目指す。深草キャンパスは「京都深草キャンパス」、大宮キャンパスは「京都大宮キャンパス」、瀬田キャンパスは「びわ湖大津キャンパス」へと名称を改める。特に、びわ湖大津キャンパスでは、同年度に実践的に社会課題の解決に取り組む次世代の環境人材を育成することを目指す環境サステナビリティ学部や「実践力」と「応用力」を備えた情報人材の育成を目指す情報学部の新設を皮切りに、新たなキャンパスコンセプトの実現を先導する。

 

 



 

2028 JR京都駅近くにイノベーションハブ拠点「共創HUB京都(仮称)」を開設

大阪ガス都市開発、京都信用金庫、龍谷大学の3者で構成する「共創HUB京都コンソーシアム」は、 2028年春、JR京都駅の近くに、産学金連携と住居を備えたイノベーションハブ拠点「共創HUB京都(仮称)」を開設予定。共創HUB京都は、京都信用金庫の支店機能や、龍谷大学のサテライトキャンパス、交流型の学生寮及び賃貸マンションなどを備え、「学ぶ」「挑戦する」「住む」の3本の柱を据え、社会課題解決に繋がる産業創出やコミュニティ形成、人材育成などを推進する。「誰もが、社会をよくする力を持っている」をコンセプトに、誰もが持つ「きづき」を起点に、社会課題解決や価値創造に繋げていく施設をめざす。

 

 



1989 瀬田学舎を開設

創立350周年記念事業の一環として、滋賀県や大津市から支援を受け瀬田学舎を開設。理工学部と社会学部を設置。

 


1989 仏教系大学で初の理工学部を設置

仏教系の大学として自然科学系の学部設置に対して反対の声もあり、賛否が激しくぶつかり合いながら検討が進められた。結果、議論を重ねる中で理解が深まり、科学と人間の調和を重視し、理工学部の設置が決定した。これにより、龍谷大学は理系を含めた総合大学に発展した。

 


1991 本学の重要な使命「エクステンション」の活動拠点として龍谷エクステンションセンター「REC」を設置

本学は教育・研究・エクステンション(普及)を重要な使命として位置づけ、その活動拠点として、瀬田学舎に「龍谷エクステンションセンター(REC)」を設置した。産官学連携や地域連携、生涯学習事業を通じて、社会に貢献する活動に取り組んでいる。

 


1994 瀬田学舎に礼拝堂「樹心館」を建立

樹心館は、もとは明治期に建てられた大阪南警察署の庁舎。それが1908年に本学の大宮図書館に生まれ変わり、学友会事務所、西本願寺宗務所と役割を変え、ついには瀬田学舎の礼拝堂として再生した。3学舎全てに礼拝堂が整った。

 


2011 龍谷ミュージアムを開設

大学博物館の枠を超えた街に開かれた仏教総合博物館として西本願寺の前に開設。学芸員課程で学ぶ学生の実習の場としても活用している。

 


2013 日本初の地域貢献型メガソーラー発電所「龍谷ソーラーパーク」を設置


地域公共人材・政策開発リサーチセンターの1つの研究ユニットの成果として日本初の地域貢献型メガソーラー発電所「龍谷ソーラーパーク」が誕生した。これにより学内の省エネルギーへの取り組みは新たな段階へと進んだ。また、学生活動支援制度「龍谷チャレンジ」は、龍谷ソーラーパークの事業主からの寄付金を原資としている。

 


2015 仏教系大学で初の農学部を開設

理工学部に続き、仏教系大学で初となる農学部を開設。学部がある瀬田キャンパスの近くに、実習用の牧農場と研究用圃場の堂農場を整備した。日本の大学で35年ぶりに設置された農学部であった。

 



1922 大学令に伴い「龍谷大学」となる

文部省(後の文部科学省)の通達により、大学は宗教・宗派の名称を付してはならないことになり、従来の「仏教大学」の名称を改める必要が生じたので、熟慮の上、「龍谷大学」と定めた。龍谷大学は、旧制の私立大学にあたる。(同時期に認可されたのは全国で約30大学ほど)「龍谷」という名称は、親鸞聖人の廟地「大谷」の別字である漢字「谷龍」という一語を2つの漢字に分けたものである。ちなみに西本願寺の山号は「龍谷山」という。

 


1943 戦局の悪化に伴い学徒出陣が始まる

第二次世界大戦時、西本願寺にて第1期出陣学生(360名)の壮行会が行われた。参加した学生の大部分が戦地で命を落とした。参加者の中には特攻隊として亡くなった者もいる。わが国がどうして戦争への道を進んだかは問い続けねばならない。

 


1949 新たな時代の幕開けに 新制大学として文学部を設置

第二次世界大戦後、学校教育法の施行により新制大学としての設置が認可され、文学部(4年制)を設置した。その後、短期大学部の設置をはじめ学部の増設を進め、戦後の新時代を切り開いていった。

 


1960 深草学舎を開設

米軍の駐留地を取得し、これが深草学舎となった。翌年度には新学部として経済学部を設置し、その後、経営学部と法学部を順次設置した。

 


1969 学内紛争が勃発

東京大学で始まった全共闘運動は1969年には全国に広がり、本学においても2千人規模の学生によるデモや、深草学舎が全共闘により50日間封鎖された。


1984 深草学舎に礼拝堂「顕真館」を建立

本学の建学の精神を具現化する建物で、各種宗教行事が行われている。正面の陶板画は、平山郁夫画伯の「祇園精舎」と題される釈尊説法図をもとに、平山画伯の監修により大塚オーミ陶業が制作した。

 


1985 国際時代を見据えて龍谷洋上セミナーを開催

第1回龍谷洋上セミナーを開催し、約600名の学生が船で中国・上海に渡り、現地の5大学との交流が行われた。国際時代を生きる学生に、国際的な広い視野と感覚を身につけさせることを目的とした。

 



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