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本学における新型コロナウイルス感染者の発生状況についてお知らせします。

2022.2.25確認者数
学 生  13名
教職員   1名

※ 当該学生及び教職員のうち4名は、学内に入構していますが、既に、濃厚接触者は特定
されています。
※ 感染が確認された方の一刻も早い回復を念じております。
※ 感染者やそのご家族の人権尊重・個人情報保護にご理解とご配慮をお願いします。
※ 本学では、引き続き感染予防の啓発と全学的な感染防止対策を講じてまいります。


 暴漢の凶弾に斃れた元ビートルズのジョン・レノンさん(1940~1980)は、名曲「イマジン(Imagine)」のなかで「想像してごらん、国境なんてないんだ」と歌っています。
 歴史地図を見ると、国境線を引いて国が色分けされていますが、しかし、その形は時代ごとに変わっています。1989年11月、第2次世界大戦後の東西ドイツの分断を象徴するベルリンの壁が崩壊したように、国境こそ人間の欲望が作り出した虚構だと言えるでしょう。
 1992年9月、日本人として初めてスペースシャトルに搭乗した毛利衛さん(1948~)は、宇宙飛行を終え、帰還後の会見で次のように語っていました。

 地球には、本当に国境なんかないし、日本だけを見ようとしてもすぐほかの国が見えてきてしまう。地球を全体として見ることができるのは、人類の進化といっていいのではないか。

 地球は国境のない一つの共同体であることを、宇宙空間から証言した名言です。それでも人類には目に見えない越えがたい壁が横たわっていることは確かです。政治、経済、宗教などが複雑にからんだ国家間の対立、民族間の紛争は21世紀に入った今も、昔と変わらず起きています。

 遠くインドではブッダ(釈尊)の晩年に、釈迦族が滅亡 するという一大事件が起こりました。釈迦族の人たちから、母の生まれを侮辱されたことに怨みを抱いた隣国の王が、その報復として大虐殺を行なったのです。このような悲惨な出来事が、現在も跡を絶ちません。平和を願われたブッダ(釈尊)は次のように語っておられます。

 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの止むことはない。怨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理である。(『ダンマパダ(法句経)』第5偈)

 怨みの連鎖は苦悩を深めるだけです。決して安らぎをもたらしません。しかし、だからといって怨みを捨てることも容易なことではありません。
 この言葉によってブッダ(釈尊)が伝えようとしたのは「慈悲」の大切さです。立場も考え方も違う者、ましてや敵対する者が自己主張を繰り返すだけでは、相手に理解されることはありません。他者を慈しむ心を自らに育んでいく行為によって怨みを超えて平和を実現していく道が開かれます。
 ブッダの教えを今に伝える「建学の精神」は、そのことを私たちに語りかけているのです。

(写真はドニエプル川)

リンク:龍大はじめの一歩 龍谷大学「建学の精神」


本学における新型コロナウイルス感染者の発生状況についてお知らせします。

2022.2.24確認者数
学 生  14名
教職員    1名

※ 当該学生及び教職員のうち6名は、学内に入構していますが、既に、濃厚接触者は特定されています。
※ 感染が確認された方の一刻も早い回復を念じております。
※ 感染者やそのご家族の人権尊重・個人情報保護にご理解とご配慮をお願いします。
※ 本学では、引き続き感染予防の啓発と全学的な感染防止対策を講じてまいります。


日本で最初の人権宣言と言われる全国水平社宣言から今年(2022年)で100年になります。水平社宣言は「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ」と呼びかけ、差別と闘うことを決意した人たち自らが高らかに掲げた歴史的な文書です。しかしながら、2016年に施行された部落差別解消推進法に「現在もなお部落差別が存在する」と明記されているように、宣言から100年を経た今日も部落差別は私たちの社会に根強く残っています。龍谷大学においても、かつて差別発言や差別落書きなどの問題が発覚し、そのたびに差別の解消に向けた学びに取り組んできました。
龍谷大学は、人権に関する基本方針の前文で、「無知や無関心、そして多数者への迎合による無意識の差別について、その自覚と克服の努力が必要」と述べています。
水平社宣言100年を、部落差別や様々な人権課題が私たち自身の問題であることに気づき考えるための機会としたいと考えます。

龍谷大学人権問題研究委員会

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部落問題・同和問題とは何か?


龍谷大学経営学部准教授  妻木 進吾

2016年12月、「部落差別の解消の推進に関する法律」が成立し、施行された。これは、「現在もなお部落差別が存在する」との認識のもと、「部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現すること」を目指す法律である。
部落差別は、昔に終わった話ではなさそうである。

近世の日本社会では身分秩序の最下層に「えた」と蔑称される賤民身分が置かれた。1871年、明治新政府が賤民の身分・職業を平民同様とする「解放令」を布告するが、形式的なものにとどまり、かつて賤民身分だった人々と、後に被差別部落や同和地区と呼ばれるその居住地に対する差別(部落差別)は、解放令以降も厳しく存在し、人々の暮らしはかえって苦しくなりさえした。1922年には、被差別の当事者が部落差別の撤廃を求め、全国水平社を結成する。京都で開催された設立大会で読み上げられた、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で終わる宣言は、日本最初の人権宣言と呼ばれる。これらは、中学・高校の歴史の授業で習ったことがあるという人も多いだろう。

その後も部落差別は根強く残り、厳しい暮らしも続いた。部落出身であることを理由に安定就業から排除される。その結果、貧困から抜け出せず、子どもの学歴達成は低位なままとなる。不利が不利を呼ぶ連鎖に部落差別がドライブをかけ、他方で貧困や低学歴などの地域的集積は差別の根拠とされる。こうした差別や不平等、それらが相互に原因・結果として結びついた諸現実は、部落問題・同和問題と呼ばれる。

やがて、被差別部落の劣悪な生活実態そのものが差別であるという論理により行政責任を追及する部落解放運動の高揚と、それを受けて本格化した同和対策事業によって地域の姿は変貌する。1969年の同和対策事業特別措置法以降33年間、住環境の改善などの特別対策事業が行われた結果、たとえば関西の都市部の部落では、老朽木造密集住宅街から中高層の公営住宅が多くを占める地域へと、その風景は一変した。日本全体の経済成長もあり、低学歴や不安定就業、貧困など、部落外との格差は残りつつも概ね縮小していった。しかし、近年、日本社会全体の不安定化傾向に加え、同和対策の特別事業が2002年に終結した影響もあり、被差別部落の生活実態は再び不安定化・貧困化しつつあるとの指摘もある。なお、2010年に大阪市内のある被差別部落で実施された訪問面接調査は、こうした近年の実態を知る上で重要な調査のひとつであるが、この調査には龍谷大学の学生十数人も参加しており、彼/彼女らは一軒一軒の住宅を訪問し、住民から生活実態を聞き取っている。

では、差別についてはどうだろうか。部落解放運動や同和行政の粘り強い取り組みもあり、部落差別はかつてに比べればずいぶんマシになった。しかし、冒頭の法が指摘しているように、なくなってはいない。事件化されることは少ないとはいえ、部落出身であることを理由として結婚に反対される結婚差別はそれほど珍しいものではない。2011年に発覚した、身元調査を主な目的として東京の法務事務所が全国3万件の戸籍謄本等を不正取得した事件は、部落出身者を忌避する人々が存在していればこその事件である。また、大阪府民対象の意識調査(2010年)では、「結婚相手が同和地区出身者かどうかが気になる」割合が2割に達することが明らかにされている。2016年には、インターネット上に同和地区の地名リストが公開される問題なども起こった。被差別部落の出身というアイデンティティが、その人を構成するアイデンティティの一つとして当たり前に受け止められる社会を作り上げていくという課題は、まだ私たちに残されている。
(人権パンフレット「共是凡夫」より転載)

水平社宣言100周年「柳原銀行記念資料館に行ってみた」(宗教部)




図書展示

「水平社宣言100周年のあゆみ」(図書館)

関連情報

人権に関する基本方針
龍谷大学人権問題研究委員会2019年度研究プロジェクト報告書
 「改良住宅」の暮らし-京都・崇仁地区の記憶と記録ー(PDF)



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